第三章ー3:幽玄
「准麗。華羊妃は、幽玄となったはずだったな? 彼女の家族への手厚い処遇を考えなければ。ああ、そうだ、私は幻を見たのだ。白龍公主への怒りがそうさせるのか」
光蘭帝は愛用している武器を拾い、再び一振りして見せた。歴代の皇帝が国を奪取するたびに、増やしてきた紅鷹国の国家秘宝。それをしっかりと握ると、光蘭帝は武道場を降りてゆく。
「光蘭帝さまの願う貴妃は幽玄に入っていませんよ」
声に振り向くが、その主は見つけられなかった。光蘭帝は錯乱の域かと疑う程、武器を振り回して、紅月殿に突っ込むように走り込んでゆく。気づけば武器を投げ出していた。光蘭帝の姿は瞬く間に消え、准麗のため息だけが残る。
―――――遥媛公主さまは何を考えているのやら。
(光蘭帝さま…)
一方で、対角の柱の陰で見ていた蝶華が小さく呟いた。幽玄になった貴妃を光蘭帝が追い求めているのは明らかだ。白龍公主さまだけではない。あの小羊は何もしなくとも、光蘭帝の寵愛までもを手中にしかけている。それが悔しくて、自分の袖を引きちぎりたい思いに駆られた時、ふわりと雅な香が鼻を掠めた。
「白龍公主さま!」
女官を片手にしたまま、白龍公主が冷淡な眼を上げて見せる。邪魔だと女官を振り払うと、白龍公主は蝶華の頬をゆっくりと撫でた。
「浮かない顔だな」
「契約は、果たすわ。光蘭帝の子供を宿して見せるから。だからお願いですわ!わ、私をもう一度、白龍公主、さま?」
白龍公主の瞳に自分は映っていない。また、白龍公主も光蘭帝と明琳のみを追い求めているのは明らかだった。
(どうして明琳ばっかり……!)
何かが狂いそうな。
そんな生ぬるい風が吹きすさぶ。冬の終わりは嫌いだ。
寒いの? 暖かいの? どっちつかずの大気は人を更に恨めしく思わせる。
(許さない、許さないわ明琳。何としても追い出してやるわ)
「白龍公主さま、御前失礼致します。蝶華にはやるべき事が出来ました」
「蝶華。俺に隠し事は無意味だ。俺が読心術を心得ているのを忘れるな? 蝶華、いや、呂后よ」
―――――そうか、おまえは呂后美という名か。似合わないな。蝶のように艶やかなおまえは蝶華でいいだろう。その名は俺が預かろう。愛している、蝶華―
過去の優しい笑みを思い出し、蝶華は頭を振った。
「何故その名前で呼ぶの? どうして明琳なの」
「おまえの心? あァ知っているさ。おまえの心は素通しだから。それが何だ」
「お、お慕いしているって知っててどうしてあたしだけは抱いてくれないのよ?」
白龍公主の顔が見る見る間に見て取れるほどに嫌悪の態になる。ガラスのような冷たい瞳は確実に自分を拒絶し始めた色だ。
蝶華は唇を噛みしめ、すり足でその場を離れ、自身を抱きしめた。
心に入るどころか、あんな酷いガラスの軽蔑の瞳。
見たくなかった。あんな顔は見たくなかった!
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