第三章:留まるところを知らない皇宮遊戯

第三章ー1:遥媛公主のお誘い

 後宮暮らしが始まって、早くも一週間が過ぎた。まだ冬の最中の後宮は少し肌寒いので、准麗に用意してもらった温石を膝に乗せて、文を綴っている。



『おばあちゃんへ。こんにちは、明琳です。わたし、何故か後宮で暮らしています。おばあちゃんがあんなにも望んだ後宮にだよ?そして、光蘭帝さまの貴妃になりましたが、お声がかからず、毎日何も出来ずに日々を過ごしています。

 ねえ、おばあちゃん。こうして見るとね、日々の生活って不満だらけだったけど、何かと幸せでした。明琳は今になって、御饅頭作りがしたくてたまりません。

 光蘭帝さまが褒めてくれました。美味しかったって。でも、あれからわたしは後宮を怖くて歩くことが出来ません。白龍公主芙君という怖い人に危険な目に遭わされてから……』


 ぐしゃりと紙を握りつぶした。いくら天国に書くとしても、こんな愚痴をおばあちゃんは読まないだろう。もう一度筆を握って、文を認める。


 温石が温くなり、一気に冷えてきて、瞬く間もなく寒さを感じる。真冬の紅鷹国は過酷だ。後宮の作りはしっかりとしているから、崩れることはないにしても、回廊を歩いていると、積雪が突然屋根から落ちてきて、人が生き埋めになってしまったりする。


 まだこの紅月殿はいい方だと言う。遥媛公主の力が火に属するため、雪を溶かしてしまうのだと。


「明琳、いるかい」


 光蘭帝からは「幽玄」扱いされ続ける明琳に、遥媛公主は物珍しいお菓子や本を差し入れに来ては、可愛がってくれていた。その為明琳は大人しくはしていても、遥媛公主に懐いている。


 欲を言えば、光蘭帝に逢いたかった。だが、相手は皇帝で、蝶華妃という天宮の美姫が控える以上、貴妃として出来ることは何もなく。


 それでも明琳は明るさを忘れずに笑顔で居続けることにした。家には帰りたい。それでも、心配する遥媛公主や准麗、星翅と…光蘭帝さまにいつ出会っても最高の笑顔を見せたい…後宮に閉じ込められた明琳はそれだけを心の支えに生きている。


「は、はい…公主さま」


 あたふたと手紙を押し込めて、筆を仕舞う。


「今から光蘭帝と准麗が武道をやるそうなんだが、出られないかな?」

「え、でも…」


 明琳の顔が曇った。あの白龍公主に襲われて、明琳は遥媛公主から女性であるが故の危険さを教え込まれた。


 遥媛公主は笑顔で明琳の手を掴んで「さあ、ゆくぞ」とばかりに空に飛び上がってしまった。喝采が聞こえる上をふわりと飛び越して、黄鶯殿の天守閣に近づいてゆく。金の龍の上に積もったままの雪を指で払うと、明琳をすとんと置いて、自分はふわりと浮かんで見せた。


「高いところは大丈夫か?どうも地上に足をつけているのが苦手で……足の裏から何やら伝わって気分が悪い。白龍公主なら、光蘭帝にしこたま怒られて、幽閉されていると聞く。もう君を襲わせるような事はしないから、安心していい。たまには外に出ないと、気分が悪いよ」


「遥媛公主さま…お、お気遣い頂いたのですね…!」


 母親のような笑顔。だが、肌はひんやりと冷たい。その冷たさから白龍公主を思い出して、明琳はそそっと逃げて、また小さく頭を下げた。遥媛公主は白龍公主のような卑怯ものではないと分かっているのに。


 今は華仙人が怖いのは仕方が無いこと。遥媛公主はただ微笑んで、目下を閉じた芭蕉扇で指した。


「そら、始まるぞ」


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