第二章ー9:捕獲された子羊
「皇帝さま…?」
昼間の道を慎重に辿って、時折夜風がイタズラする草の音に吃驚しながら、明琳は夜の後宮を速足で急いだ。
胸に潜めた饅頭はまだ温かい。大丈夫、と言い聞かせて手紙を手に、進んでいたところで、
「~♪ お?」
昼間に麻袋を運んでくれた武官に偶然出会った。
「昼間は大変だったな。貴妃。鍵はあいてる。皇帝さまが命じたからな。俺も、光蘭帝さまは大好きだ。じゃあな」
変なの。
明琳は首を傾げると、そっと扉を一度押してみて、また引いた。開いている。二度目は両手で押し開けて、小さな東屋に足を踏み入れる。後ろから差し込む銀色の耀が明琳を照らす。明かり取りがない……
(こんな真っ暗。鼠がいそう)
「光蘭帝さま……明琳です~……」
その時、扉がガシーン!と閉じた。明琳は咄嗟に振り向き、更に真っ暗になった中で肩を震わせた。その時ぬっと手が出てきた。
腕をねじり上げられる!
「小 羊 捕 獲 」
明琳の瞳に命の火のない、恐ろしい程綺麗な仙人の瞳が飛び込んだ。まるで狩りの獲物を捕まえたかのように、白龍公主は明琳を掴みあげ、自分の目線まで持ち上げた。
「簡単に来やがる。罠のはりがいがねぇっての。面白くない。ほら」
ち、と舌うちした白龍公主が手を離し、明琳は慌ててドアに両手を添えて押したが、びくともしない。
「あ、開かない!」
「さっきパシンて音、聴こえなかった? 結界。張ったから。まあ、俺の気が済んだら出してやる。たまにはふくふくの小羊でも食ってやるかと思って」
暗い中で、明琳は手を壁に沿え、逃げ回った。白龍公主はほらほら、というように足を進めて追い詰めて来る。とうとう壁に行き詰って踵を壁にぶつけ、飛び上がった。
冷たい指が蛇が這うように、頬を撫で上げる。
「い、嫌っ」
「大人しくしてな。食い尽くしてやるから」
有無を言わさず伸し掛かられて、首を振る。
「光蘭帝とはもうやったのか?」
「や、やった?」
曇っていた空が晴れ、明かり取りの窓から、月光が差し込んだ。
きょと、と白龍公主の瞳が静止し、明琳をしばらく睨む。やがて彼の笑い声は高らかに響いた。
「あっははははは! こりゃいい! じゃあなおさらだ、小羊ちゃん?俺と遥媛の遊戯に参加したからには、もうちょっと成長しないとな?」
「よ、寄らないで」
「っは。可愛い。そんなに震えちゃって……そういうの見てるとさ、もっと震えてみろよって言いたくなる……ここもそれなりに大きい……」
むにゅ。
(御饅頭がつぶれた!せっかくあっためてたのに!)
明琳はかっとなって、力いっぱい白龍公主を突き飛ばして、ドアに向かったが、苛ついた白龍公主は髪を引っ掴み、床に押し倒し、ぎらぎらと獣の眼を光らせて、唸った。
「貴様…後悔するなよ! よくも俺を突き飛ばしたな! この小羊が!」
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