第8話
「78人」
カウントが続く。その声に苛立ちが募った。そして、その戦い方にも。
あいつらは後ろを振り返らない。ただ前だけを見て、僕に向かって肉壁を押し崩していく。だが、その連携は見事の一言だった。何度危機を迎えようとも、崩れることがない。
「79、80人」
今も、芦原光樹に対して、二人の男が飛び掛った。でも、その二人を両脇から跳び込んできた高浦と先生が吹き飛ばす。
「81人」
そして、後ろを一切気にすることなく、芦原光樹が正面に立ち塞がった男を薙ぎ倒した。
「くそっ」
それが、その戦い方が、なぜか苛立たしい。
いや、なぜなんてことはない。理由は分かっている。こいつらが相手を信じきっていることに苛立っているのだ。3日前に少女の答えもそうだ。
信じているから。
その理由はなんだ。信じられる奴なんて誰一人としていない。信じたところで、相手が返してくれるものなどないのだ。応えてくれることなどないのだ。
しかし、目の前で繰り広げられる戦いは、それを覆した。こいつらは、背後を気にしない。背中の死角を完全に無視している。それが成せるのは、信頼しているから。
「そんなわけないだろうっ」
自ら達した結論に、吐き気がした。信頼だと……。ばかばかしい。あり得ない。そこまで他人を信じることなど、できるわけがない。最後には必ず、裏切られる。
「82人」
しかし、カウントは続いていく。それは、止まらない。
信じるとは、なんだ。裏切らないと決めることか。裏切られないと思うことか。応えようと努力することか。応えてくれると期待することか。
「83人」
どれも違う。
裏切らないと決める。裏切られないと思う。応えようと努力する。応えてくれると期待する。そのすべてには、猜疑心が付き纏う。
裏切らずにいられるだろうか。裏切られたらどうしよう。応えていけるだろうか。応えてくれなかったらどうしよう。
その対象は相手だったり自分だったりするが、そこには必ず疑いが潜む。一切疑うことなく相手に自分を預けることなど、できはしないのだ。
いつかは必ず、反故にされるのだから。
どこかで、泣き声が聞こえた気がした。
「84人」
カウントが止まらない。
芦原光樹が、高浦が、先生が、それぞれがそれぞれの四肢を振るい、立ち塞がる男たちを叩き伏せていく。薙ぎ倒していく。その数は、もう二割以下にまで減っていた。
「85人」
しかし、その残りも着実に削られていく。
「86人」
高浦が、振り抜いた右手の甲で、男の顎先を弾いた。
「87人」
先生が、深く身を沈め、突き上げるように鳩尾を貫いた。
「88人」
芦原光樹が、円を描くような軌道で放った踵が、男のこめかみを穿った。
「89人」
続いていく。
「90人」
流れるような連携を持って、壁が確実に削られていく。
「91、92、93人」
複数で取り囲んでも敵わない。
「94人」
止まらない。止められない。
「95人」
寄せ集めじゃない。少しでも腕の立つ者を集めた。
「96人」
それでも、敵わないのか。
「97人」
こいつらは、いったいなんなんだ。
「98人」
一切振り返らず、背中はがら空きなのに。
「99人」
なぜこいつらを止められない。
「100人」
いつの間にか、その場は静寂に包まれていた。
そして、軽く胸に衝撃を感じる。
「届いた」
見れば、芦原光樹の拳が添えられていた。
「行くぞ、弘也」
笑うでもなく、怒るでもなく、その表情は微かに緩められている。
「芦原ぁぁぁぁっ」
イラつく。腹立たしい。理解できない。それに、苛立ちが募る。
いいだろう。聞いてやる。応えてみろ。僕に、その答えを、聞かせてみろ。
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