第7話

 私は跳んだ。目の前に迫るのは、芦原の背後に迫る青年だ。その青年目掛けて、左腕を突き出す。

 私たちは振り向かないと決めた。仲間に背を預ける。だから、すれ違う芦原は私を見ない。ただ前を向いて、ひたすらに前へと跳んでいく。でも、意識していないわけではない。その証拠に、私たちは目だけを合わせて頷き合う。

 身を跳ばした先で、伸ばした左手が青年の襟元を掴む。そのまま引き寄せて、前のめりになった青年の腹部に膝を突き入れる。息を詰まらせた青年は、そのまま地に伏した。


「38人」


 背後で、芦原が数える声が聞こえた。


「39人」


 肉を打つ音共に、その数が増えていく。

 高速で進行する戦闘のすべてを、芦原は観察しているのだろう。相変わらず、凄まじいまでの洞察力だ。自分が倒した相手だけでなく、私や高浦が倒した相手までその数に含めているのだから。


「よっと」


 今度は、高浦の声が聞こえてきた。

 こいつは曲者だ。さすがと言うべきか、喧嘩慣れしているだけあってその一撃には重みがあった。二手、三手は打たない。立ち塞がるすべてを、一撃で沈めているのだ。そして、体のバランスもいい。相手の攻撃を避けるために崩した体勢を、そのまま自らの攻撃に転換する。その崩れから来る攻撃に相手は追い付けない。おそらく、見えてもいないだろうな。そして、高浦自身も相手の結末を見ることもなく、次の相手目掛けて跳び出していく。敵に回すと恐ろしいが、味方でいてくれる現状は、頼もしい限りだった。


「40人」


 そして、高浦が倒した相手を、芦原が数えていく。

 そういう芦原も、その活躍には目を惹くものがあった。

 高浦に比べると一撃の重みには欠ける。しかし、その洞察力がそれをカバーしていた。相手の動きをすべて観測し、分析し、予測を立て、完璧に見切るのだ。相手が左右に跳ぼうとすればそれより速く相手の進路へ跳び、打撃を放とうとすればそのすべてを完璧なタイミングで受け流していた。そうして叩き込まれるカウンターは、寸分の狂いもなく相手の急所を的確に突いていく。


 その二人の背後を跳び回りながら、私は思う。心強い仲間を得たのだと。

 私には、高浦のようなパワーも芦原のような洞察力もない。だから、これだけの人数に囲まれてしまえば、渡に届くことなく沈められて終わるだろう。でも、今はこうしてまだ跳ぶことができている。それは素直に、二人がいてくれるおかげだ。振り返ることなく前だけを見て戦えるのは、二人がいるからだ。だから私も、二人の信頼に応えられるように、食らいついていく。二人に迫る手を払い除け、その行く道を確保する。


「41人」


 また、芦原の数える声がした。

 一人で背負う必要はないと言ったのに。本当に、律儀な奴だ。

 そんな高速で進んでいく戦場の向こう側。いまだガードレールに座ったままでこちらを眺めている渡に、視線を向けた。


 渡。こいつらは、お前に伝えたいことがあるそうだ。面白い奴らだぞ。そして、頼りになる奴らだ。こいつらは、一人じゃないと言ってくれた。私にだけじゃない。お前にだって、そう言ってくれる。だから、聞いてやってくれないか。私も、お前に伝えたいんだ。お前は一人じゃない。そんな苦しみを抱える必要はないんだ。

 だから行くよ。私は、お前の元まで辿り着く。私たちが全員揃って、お前のところに行く。だから、もう少しだけ待っていてくれ。


「42人」


 芦原のカウントは進んでいく。

 その数だけ、私たちはお前に近付くんだ。

 私の掌底が、芦原の背後に跳んだ男の顎を打ち抜いた。


「43人」


 カウントは続く。

 あと少しだ。あと少しで、私たちの手はお前に届くんだ。必ず届く。届かせる。私はお前に手が届くまで、前進を止めないぞ。だから、そこで待っていてくれ。諦めないと、そう決めたのだから。

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