第6話

 どこに行ったんだろう。

 そんなことを思いながら、モノクロに染まった世界を歩く。


「きっと今日で最後だ。だから、もう好きにすればいい」


 そう言って、彼は出て行った。きっと、帰ってくるつもりはないのだろう。その背中は、すぐに見えなくなってしまった。

 追い付くかどうかは分からない。でも、このまま彼を行かせてしまったら、彼はずっと一人のままだ。誰とも分かり合うことができないまま、落ちていくことになる。

 それはダメだと、そう思った。根拠はない。そう思った理由も分からない。でも、たった一人でいなくなることだけは、ダメだと思った。


「そんなの、悲し過ぎるよ」


 声に出して呟く。

 冬の夜風が体を容赦なく冷やした。指先の感覚は、もうどこにもない。つま先はジンジンと痺れるように痛む。稀に吹く強い風に足を止められることもある。それでも私は、前へと進んだ。行く先は、最後に彼の背中が見えた方角だ。そこに向けて、ひたすらに歩いていく。きっとこの先に、彼がいる。そして。


「光樹」


 最後に頼る存在の名を呼んだ。

 悲しいことがあったとき。寂しさを抱えてしまったとき。そうやって立ち止まって、どうにも足を踏み出せなくなってしまったとき。光樹はいつでもそばにいてくれた。私の隣で、ただそこにいて、私の代わりに前を向いていてくれた。私が下を向いているとき、光樹だけが急かすことなく隣にただ立っていてくれた。


 そういうとき、周りは誰も私に気付かない。誰も彼もが、行こうと言って私の手を引こうとする。でも、私は動けないのだ。手を引かれても、歩くことができない。それをやんわりと止めてくれるのが光樹だった。普段は誰とも話せないくせに、そういうときだけは私を連れて逃げ出す。


 本当は自分でどうにかしなくちゃいけないんだろう。でも、そうして一緒に逃げてくれることが、私には嬉しかった。私が立ち止まっているときに、隣にただ立ってくれていることが嬉しかった。


「光樹」


 だから、どうしようもなくなったとき。私は光樹の名を呼ぶのだ。光樹なら、なんとかしてくれるから。

 名前も知らない彼の傷を、私は癒すことができなかった。そこにある闇は深くて、私には手出しができなかった。その片鱗にすら、手を触れることができなかった。だけど、光樹ならなんとかしてくれる。根拠もなにもないけど、どうしてかそう信じることができた。

 だから、彼がいろいろな話をしてくれたとき、自然と光樹の名が出てきた。彼に、光樹ならその答えをくれると、そう言った。その言葉に偽りはない。


「光樹っ」


 三度、呼んだ。

 この向かう先には、光樹もいる。きっと、彼と戦っている。だから、歩くのだ。歩けるのだ。彼を一人にしないために。光樹が彼の戒めを解いて、闇を照らすための手掛かりをくれる。それがいつか、闇を払う大きな光になるのだ。そのためにも、私は行かなくちゃいけない。歩かなくちゃいけないんだ。


「待ってて」


 私は見届ける。彼と光樹の戦いを。そして、光樹が伝える、彼の答えを。だから、歩くのだ。

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