第73話消えていた男
「何っ。生贄が消えただとっ!」
怒鳴り声が響き渡る。
豪華なシャンデリアに金刺繍が入った絨毯。その絨毯が伸びる先には王座があり、そこに一人の男が腰かけている。
「しかもドラゴンまで消え失せたとは、いい加減な報告を持ってきおって!」
怒鳴りつけたのはラフィエット王国が誇る近衛騎士団団長ピーター。彼は今にも剣を抜きそうな雰囲気を漂わせ、報告の兵士を睨みつけていた。
「よせ、ピーター」
「し、しかし国王」
ピーターは振り返り、国王の顔を見る。
「貴様に一つ聞きたいことがある」
「はっ!」
国王から発せられる重い声に兵士は当然だが、ピーターまで冷や汗が流れた。
「その男は確かにお前たちの前から消え失せたのだな?」
「は、はいっ! まるで煙のように……。ほ、他の人間もその男を目撃しておりますっ! 決して、私だけの見間違いではありませんっ!」
生贄を取り逃がした兵士の末路は死刑と決まっている。
必死な様子で訴えかける兵士に、
「ふははっは、そうかそうか。生きておったか」
国王は嬉しそうに笑い声を上げるのだった。
「それで、説明をしていただけるのでしょうか?」
兵士が去り、国王と二人っきりになったピーターは先程の様子について問いただした。
「うむ、今から22年前になる。このラフィエット王国に【転移魔法】の使い手が現れたのだ」
国王は髭を撫でるとピーターに説明を始めた。
「転移魔法といえば、どこか違う場所へと瞬時に移動するという伝説の魔法ですか!?」
ピーターの言葉に国王は頷くと、
「いかにもその通りだ。今から22年前、私の妹が街の外で他国の人間から襲撃を受けたことがある」
それは自分が国王を継ぐためにラフィエットから離れることが出来ず、王女を外交のため、諸外国にやっていた最中だ。
襲ってきた賊たちは手練れで、王女についていた護衛は半分まで数を減らされていたらしい。
「相手の人数が多く、このままでは全滅させられるというときにそいつは現れたらしい」
ちょうど争っている真ん中に現れた人物。その男は振り返ると「助けが必要ですか?」と王女に質問をした。
「妹が身分を明かすと、その男は妹たちを連れてその場から転移魔法を使ったのだ」
次の瞬間、自国の街の外に立っていた王女はその時初めて転移したことを悟った。
「それから、妹は男を命の恩人として国に滞在させた」
貴重な転移魔法の使い手ということもあったが、王女と懇意ということもあり、周囲の人間は男を歓迎した。
「やがて、男は俺の妹と恋仲になってな。結果として一人の男の子を授かった」
だが、それが不幸の始まりだった。
「妹は身体が弱くて、その幼児を産んですぐに命を失った」
それからしばらくは平和な時間が流れた。
男は生まれてきた子を大切にし、周囲の人間もそんな二人を見守っていた。
「ところが、しばらくして男が国を出ると言い出したのだ」
爵位を与え、何不自由ない生活を与えてきた。それだというのに男はラフィエットから去ろうとしたのだ。
「俺を含む貴族連中は男を説き伏せた。男には貴族令嬢をあてがい懐柔しようとした。だが、男はとうとう首を縦に振ることはなかったのだ」
それから先は大事件になった。
貴族の一部が幼児を誘拐し、プリストン王国へと連れ去った。
元々、現国王と反りが合わず、機会を伺っていたようだ。
潜在的に転移魔法を使える人間として捧げることでプリストンで貴族に取り立ててもらうつもりだったのだ。
「俺たちも国のメンツがあるからな。即座に赤子を奪還すべくプリストンへと向かった」
そして、悲劇が起きた。
「赤子は転移魔法が使えない魔法陣に幽閉されていた。そして単身プリストンに乗り込んだ男はこの国の貴族によって捕らわれたのだ」
転移魔法を使わせまいと、赤子と一緒に幽閉されたらしい。
「俺はプリストンにつくなり、前国王と面会をして話を付けて地下室に向かった」
「ど、どうなったのですか?」
ピーターは息を呑んだ。
「転移魔法を使えないはずの魔法陣、そこには血だらけになった男の死体があったのだ」
格子が嵌められた牢屋のような場所。国王は鍵を奪い取ると中へと入った。
だが、そこには男の死体が転がっているだけだった。
「それから、国中を探し回ったが、赤子は見つからなかった」
ラフィエットもプリストンも真偽の魔法を関係者に使い、確認をしたが誰も赤子を連れ去っていなかった。
「恐らく、男が自分の命を使ってランダム転移魔法を使ったのだろうな」
「それは、どのような魔法で?」
「知っている場所に逃げたところで俺たちに見つかると思ったのだろう。ランダム転移魔法は恐ろしい魔力を消費する代わりに本人が行ったこともないような場所に転移させられる魔法だ。男は赤子の将来を憂いてこれを使ったに違いない」
「すると、その赤子を発見することは不可能だったわけですね?」
何処に飛ばしたか聞こうにも魔法を使った男は物言わぬ屍になっている。ラフィエットもプリストンもそう結論付けるとこの件から手を引いた。
「ああ、発見することは不可能だったな。先程までは」
ラフィエット国王の目が輝きを増す。
「ま、まさか……」
「その場から姿を消した男。それは俺の妹の息子。つまり俺の甥に違いない」
国王はピーターに命じる。
「なんとしても、あいつを俺の前に連れてくるのだ!」
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