第72話寄付する男
「うわっ……寒っ!」
流れてくる冷気に思わず身体が震える。
地上ではドラゴンが氷漬けになり、その周囲の壁も霜が付き白く染まっていた。
「き、貴様は何者だっ! ここで何をしているっ!」
宙に浮かぶ俺を見て、兵士が叫び声をあげる。
魅音さんが逃げ出さないように外で見張りをしていた兵士に違いない。異変を感じて入ってきたらしい。
彼らからすると、異常事態を感じ、洞窟に入ってすぐの場所でドラゴンが氷漬けになっていたのだから驚くのも無理はない。
近くに不審な人物がいるなら情報を得られるかもしれないと思って話し掛けるのは当然だ。だが……。
「こんなところにいたら風邪ひいてしまう。一旦帰るとするか」
親切に説明してやる義理はない。ここで俺を逃せば兵士たちは上から叱責されるかもしれないが、それこそ知ったことではない。
「な、何とか答えたらどうだっ!」
何人もの兵士が現れ、俺を警戒している。
「き、貴様っ! 妙な動きをするなよっ!」
俺は手のひらをドラゴンへと向ける。
転移のゲートをドラゴンの足元に展開させると、その巨体は穴を通り移動した。
「ば、馬鹿なっ! ドラゴンが消えたっ!」
動揺し、騒めく兵士たちをよそに、俺は転移魔法を使い現実世界側へと戻った。
★
「えっと、ここは……?」
見渡してみると、そこはマンションのリビングのようだった。
大型液晶のテレビに、ガラスのテーブル。コの字に置かれたソファー。天井から照らすLED照明。
この数カ月、目にすることがなかった物たちが次から次へと視界に入ってきた。
「ミオン、良かったですわ」
「わっ!」
衝撃と共にカタリナが飛び込んできた。
「本当に、無茶ばかりしてっ!」
目に涙を浮かべてくるカタリナ。私はそれが虚像ではないと確信すると、
「こっちこそっ! あなたが急にいなくなったと聞いて、私がどれだけ心配したか分かっているの? 反対派に監禁されているのかと……」
もしくはそれ以上の目にあわされているのではないかと心配していた。
「サトル様が助けてくれました!」
「えっ? どういうことなの?」
混乱していると、セーターを身に着けトレイを持った女の子が部屋に入ってきた。
「も、もしかして……湯皆……翼ちゃん?」
テレビで見ない日がないアイドルの姿に私はますます状況がわからなくなる。
あまりにも非現実的な光景に、ここが天国だと言われたら信じてしまいそうだ。
「カタリナさんも落ち着いて。魅音さんは疲れているんだから」
そう言ってテーブルにティーセットを並べていく。私がじっと見ていると、翼ちゃんは笑顔を見せた。
「色々混乱しているかと思いますが、まずは落ち着いてください。悟さんから魅音さんのお世話を頼まれていますから。ここは安全ですから」
「悟君から?」
「ケーキもあるのです!」
「リリアナちゃん、落ち着いて」
ケモミミ少女が尻尾をパタパタさせて喜びを表現していた。
翼ちゃんと仲が良いようで、お互いに笑顔を向けている。
翼ちゃんはリリアナと呼ばれたケモミミ少女を抱きしめながら、真剣な表情を浮かべると、
「ひとまず私が悟さんに変わって、現在の状況を説明します」
そう口にした。
「なるほど、それでこっちの世界に転移したカタリナを保護したと」
一連の流れが大分見えてきた。
私をドラゴンの生贄にする計画に反対していたカタリナがいなくなったことで、強硬派により生贄計画が実行されたのだが、まさかカタリナがこっちの世界に来ていたとは……。
「それで、私がサトル様にミオンを救って欲しいとお願いしたのです」
こっちに来てからというもの、カタリナは片時も私から離れない。今もドレスを強く掴んでいた。
「そうだっ! 悟君平気なの!? 結局、私たちだけ安全な場所に送って、ドラゴンが相手なんだよ!?」
「それに関しては大丈夫かと思います。なにせ、サトル様は転移魔法の使い手です。ドラゴンの巨体ではあの動きを捉えるのは不可能ですから」
カタリナは自信満々に言い放つと紅茶を口にした。
「そのために殿下から強力なモンスターの魔石も譲り受けていたのです。あれを使えばいちころなのですよ」
リリアナちゃんも信頼しているのか余裕を浮かべていた。
「それに、言っても聞かない人ですから。そんなところが魅力なんですけど……」
「んんっ?」
頬を染める翼ちゃんの態度に、私はとある可能性がよぎる。いや、よぎるなんてものではない。どう考えても翼ちゃんは悟君のこと好きなんじゃ……?
私はそのことが気になり、こんな時だというのに翼ちゃんを追求しようかと思っていると、空間に亀裂が入り、そこから悟君が現れた。
「あっ、お帰りなさい悟さん。お茶淹れますね」
「お帰りなさいなのです、サトルさん!」
立ち上がる翼ちゃんとリリアナちゃん。悟君に怪我はないようだ。
「さ、悟君。平気なの?」
「ああ、魅音さん。改めて無事でよかったです」
私を見るなり笑顔を向けてくる悟君。
「ド、ドラゴンはどうなったの?」
私が疑問をぶつけると……。
「あれなら氷漬けにしてとある研究施設に寄付してきたところだよ」
あっさりとそう答えるのだった。
★
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