第70話一人残る男

「キサマ、ジブンガナニヲイッテイルカワカッテイルノカ?」


 ドラゴンの瞳が俺を射抜く。

 片言の日本語を操っているので聞き取りずらいが、怒りだけは伝わってきた。


「何をもなにも、取引だろう? 俺たちをこのまま見逃す代わりに命を見逃す。対等だと思うが?」


「…………フザケルナッ! カトウナイセカイジンメッ!」


「ひっ!」


 ドラゴンの叫び声に魅音さんは目を瞑りよろめいてくる。俺は彼女の肩を抱いた。


「マサカモウヒトリイセカイジンガイルトハオモワナカッタ、キサマハナブリゴロス」


 目に憎悪を滾らせたドラゴンは俺を睨みつけると大きな口を開く。

 鋭い牙が目に映り、目の前の生物が伝説の存在ではなく現実に存在することを強く意識させられた。


「交渉決裂……ってことでいいのかな?」


 念のため、俺はドラゴンの意思を確認するのだが、


「サイショカラコウショウナドナイ。キサマラニンゲンハワレノカテナノダ」


 もはや会話をするつもりはなく、俺と魅音さんを食い殺そうとドラゴンが迫ってくる。


「サ、サトル!?」


 魅音さんは目を瞑り俺に抱き着いてきた。


「よし、リリアナ・カタリナいまだ」


「やるのですっ! エクスプロージョン!」


「わ、私だって! ダイヤモンドダスト!」


 二人の声とともに、ドラゴンの両側から同時に魔法が放たれた。


「ナンダ……グアアアアアアアアアッ!」


 半身を焼かれ、半身を凍らされドラゴンが悲鳴を上げた。


「まだまだなのですっ! アースウエイク!」


「こ、こっちだってですわ! ウインドスラッシャー!」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 ドラゴンの叫び声が洞窟に響き渡った。その音に俺は眉をひそめると両手で耳を塞いだ。


 ドラゴンのいた場所に岩が落ち風が切り裂く。


「二人とも降りてこい」


 既にドラゴンの身体は岩に埋もれてしまったので生きているかもわからない。


「はいなのですっ!」


「わかりましたっ!」


 ほどなく二人が下りてくると、


「えっ? カタリナ……なの?」


「そうですわ。魅音! あなたを助けにきました!」


 カタリナは杖を胸に抱き、目に涙を浮かべる魅音さんへと近づいた。


「良かったです。間に合って本当に……」


 勢いのままに魅音さんの胸に飛び込む。


「サトル……これってどういうことなの? 何故カタリナがここに?」


「その話は長くなるからとりあえず後にしよう。リリアナ、ドラゴンは倒せたか?」


「リリーとカタリナの渾身の魔法をまともに受けたのです。あれで生きていたら本物の化け物なのですよ」


 確かにすさまじい威力だった。普段は喧嘩ばかりしている二人だが、コンビを組めばここまでになるとは……。


「さあ、サトルさん。リリーを褒めて頭を撫でて欲しいのです。戻ったらミオン奪還の祝勝祝いなのですよ!!」


 耳をパタパタさせながらすり寄ってくるリリアナを抱き止め頭を撫でてやる。

 それと同時に膨れ上がる嫌な予感に備えていると……。


「ガアアアアアアアアアアアア」


 岩の隙間から突如白い光が迫ってきた。


「なっ! 何事なのですっ!」


 俺は全員を守る範囲にゲートを展開するとその光をこの洞窟の上空へと逃がす。

 今頃外では兵士たちがおびえているだろうが自業自得だ。


「ま、まさかまだ生きているのですか?」


 カタリナが魅音さんを庇うように前に出て杖を再び構えた。


「コノテイドデワレガシヌワケナカロウ」


 岩の間からドラゴンが這い出してきた。


「リリーとカタリナは全力でやったのです。これ以上は手がないのですよっ!」


 リリアナの全身が震えている。生物としての本能が相手との力量差を感じ取ったようだ。


「モハヤユルサヌ。コノクニゴトホロボシテクレル」


 明確な殺意が俺たちに向けられる。


「リリアナ。カタリナと魅音さんを連れて避難していろ」


 俺は背後にゲートを開くと、三人をそこに押し込んだ。


「さ、サトルさんはどうするのです?」


「俺か?」


 リリアナの悲壮な顔が目に入った。俺はリリアナを安心させるように笑みを浮かべると、


「俺はあいつを倒してから戻るから」


 次の瞬間ゲートが閉じると、俺は目の前のドラゴンと対峙した。

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