第69話不敵な笑みを浮かべる男

          ★


 星明りが輝き、周囲からは冷たい風が吹きつける。


 窓一つない馬車に乗せられ連れてこられたせいで魅音にはここがどこだか分らなかった。


「この洞窟の奥にドラゴンがいる。妙な気を起こすんじゃないぞ」


 逃げ出そうにも周囲を囲まれている上、武器を持っている。魅音はうなずくと、


「逃げませんよ」


 ここで逃げたところで自分には戻る場所がない。


 唯一良くしてくれたカタリナも姿を消してしまい、魅音が生贄になるのに反対する者はいなくなってしまった。


「では、奥まで進むんだ。俺たちはここで待つからな」


 兵士たちに緊張感が漂っている。洞窟の中から恐ろしい生物の気配が漂ってくるからだ。


「わかりました。では私はこれで失礼しますね」


 魅音は表情を変えることなくそう言うと洞窟へと入っていった。




「寒い……」


 洞窟の中は薄暗く、肌を冷気が撫でる。


 禊を済ませた魅音は純白のドレスに身を包んでいるので寒さで両腕を掻き抱いた。


 自分はこれからドラゴンの生贄になる。


 異世界に召喚されてからというもの、周囲から同情されそれなりに自由に過ごしてきたのだが、とうとう覚悟を決めなければならない。


「まさか、私の最後がドラゴンに食べられて終わるなんてね……」


 異世界に来てしまった時から覚悟はしていた。


 元々この世界では異世界人を召喚して生贄にしていると聞く。


 これまではカタリナが守ってくれたお陰で助かっていたのだが、そのカタリナも行方不明になった。


「あの子、無茶してないといいんだけどな」


 カタリナは「いつかミオンを元の世界に戻して見せますわ。それが私の責任の取り方です」と言っていた。


 その為に張りつめていて、帰還の魔法陣を動かすための手掛かりを求めて隣国にも出向いていた。


 そんなカタリナの真剣さが魅音には眩しく映った。


 自分よりも4つ年下にもかかわらず、しっかりとしている少女。もし彼女がいなければ魅音は異世界に対し嫌な記憶しか残らなかっただろう。


「最後に逢いたかったかな……」


 次々と顔が浮かび上がる。


 遠い世界に置いてきてしまった両親。カタリナ……そして……。


「結局サトルは私と同郷だったんだよね? 本当に日本に戻ったのかな?」


 一緒に戻ろうと手を差し伸べられた時には迷いもした。


 だが、自分が生贄から逃れたらウィレット家に批難が向かう。


 異世界に来てからよくしてくれたのはカタリナだけ。魅音にとってそれだけは避けたい事態だった。


 考え事をしながら歩くこと十数分。思っていたよりも足場が悪く、魅音はうっすらと汗をかき始めていた。


 緊張が高まり表情がこわばってくる。


 それというのも、洞窟の奥から漏れてくる鼻をつく獣臭と呻き声に心臓が激しく脈を打ったからだ。


 やがて、その歩みは緩くなり、魅音は唐突に開けた場所へとたどり着いた。


『グルルルルルルル。フシュウウウウウウウ』


 空間の中心には巨大なドラゴンが伏せた状態で目を閉じている。

 息を立てるたびに風が発生して魅音はその強風に思わずスカートを抑えた。


「こ、これが……。ドラゴン」


 数十メートルは離れているのに随分とでかく見える。魅音がドラゴンの存在に足を動かすことができなくなっている

 金色の瞳が動き、周囲を見渡す。そして広場の入口に立っている魅音を発見した。


『オマエガコンカイノイケニエカ?』


 聞き取りづらいが、日本語でドラゴンは問いかける。


「ええそうよ。あなたが私を欲したドラゴン?」


 ゴクリと喉を鳴らした魅音は口の中が乾くのを感じながら聞き返した。


『イカニモ。オレガコノドウクツニスムドラゴンダ』


 のそりと身体を起こし首を魅音へと突き出す。


『アワレナイセカイジンヨ。ワガカテトナルノダ』


 大口を開けるドラゴン。魅音の前に鋭い牙が映った。


 牛を一頭丸飲みできそうな大口だ。嚙みつかれた瞬間、魅音の命は散ってしまうだろう。


 迫ってくる牙にこれまでの生贄は動くことができずそのまま食い殺されてしまった。だが……。


「一つ約束してほしいの」


 魅音の言葉にドラゴンの動きがぴたりと止まる。


『ナンダイセカイジン? サイゴノコトバヲイウガイイ』


 50年待ったのだから少し我慢するぐらいはかまわない。むしろじらされた方が美味しくなるとばかりにドラゴンは機嫌よく魅音の言葉に耳を傾けた。


「生贄だけど、私で最後にして欲しいの」


 魅音は胸に手をやり訴えかける。


『ワハハハハハハハ!!!』


「な、なにがおかしいのよっ!?」


『ワラワズニハイラレヌ。ソレヲウケルコトデワレニナンノリテンガアルノダ?』


「そ、それは……」


 ドラゴンにとっては願いを聞く必要性がない。黙っていればまた50年後に御馳走にありつけるんだから。からかうような態度に魅音は唇を噛んだ。自分の命以外に差し出せるものはないのだから……。


『ナニモカンガエテナイ? オロカナ。キサマノハツゲンニキブンヲガイシタゾ。ドウクツカラデテマチヲヒトツホロボスカ?』


「そっ、それだけは止めて頂戴!?」


 悲痛な面持ちで叫ぶ魅音に、


『ダメダナ。マズハオマエヲクッテ、ソトニイルニンゲンヲコロス。ソノアトハマチニヒヲツケル』


「そ、そんな!?」


 魅音の顔が青ざめた。


「私が余計なことを言ったばかりに……」


 町の人たちの顔が浮かぶ。魅音はよろけると何かに背中をぶつけた。


『デハサッソクキサマヲ……オマエッ! イツノマニッ!』


 魅音を食べようとしたドラゴンだったが、警戒心を引き起こした。


「えっ? サトル?」


 後ろを振り返った魅音は大きく目を見開く。


 そこには最後に逢いたいと願った悟の姿があったからだ。


「ギリギリ間に合ってよかったよ」


 悟は魅音に笑顔を見せるとドラゴンに向かった。


「そこのドラゴン。俺と取引をしないか?」


『ナン……ダト?』


「俺たちを見逃して今後一切町に手を出さないと約束しろ」


『ナニヲオロカナ。ソノムスメトオナジダ。キサマニハサシダセルモノガナイダロウ?』


 愚者を見るようにドラゴンは冷たい瞳を悟へと向けた。


 あまりにも静かな殺意。生物としての本能が告げ、魅音は身体を震わせる。だが、悟は不敵な笑みを浮かべると、


「その代わりにお前を殺さないでおいてやるってのはどうだ?」


 そう提案するのだった。

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