第66話羊羹を食う男

「それで。問題無くやってるのか?」


 シリウスが書類仕事をしながら聞いてくるので俺はむっとした顔をして答える。


「まあ仲良くはやっているな」


 リリアナとカタリナは事あるごとに喧嘩をするのだ。

 当人たちは本気で喧嘩しているようだが、傍から見ているとじゃれ合っているように見える。


 それだけならば俺も気にしないのだが、あいつらは事あるごとに俺を巻き込みに来るのが厄介だった。


「それで、あとどれくらいかかりそうなんだよ?」


 こちらに落ち度が無いのは間違いないのだが、結果としてクリフ氏の孫娘を預かっている。

 当人の溺愛っぷりを考えると少々胸が痛まなくも無いのだが……。


「まあぼちぼちだな。優秀な密偵に探らせてるからな。定期連絡では館に変化は無いらしい」


 そう言ってスマホを取り出してメッセージをチェックしている。

 ファンタジーの衣装で文明の利器を使いこなしている様に違和感を覚える。


「そんなに罪悪感を感じる事はねえんだぞ」


 シリウスは俺の表情を読み取ると、現在俺が抱えている気分を的確に見抜いた。


「そもそもサトルがいなければこっちの世界に戻すって話自体が不可能なんだ。礼を言われる事はあっても恨み言を聞く筋合いはねえよ」


 そんな真面目な顔をしてフォローをするシリウスに――


「なあ、本当にドラゴンの生贄なんて事してるのか?」


 俺にはカタリナやクリフがそんな事をしているとは思えない。少ししか話したことが無いが、あの二人が良い人物なのは解る。


「それは間違いねえ。過去の裏付けは取ってあるからな」


「だとしたら魅音さんがいつ生贄になるかわからないんじゃないのか?」


 交渉するのは良いが、そうこうしている間に生贄に捧げられてしまえば見殺しだ。最悪の事態だけは避けなければならない。


「それなら平気だぞ。ラフィエットにもまともな人間はいるようでな、反対する派閥があって粘ってるらしい。そいつらが睨みを利かせている間は生贄にならないって話しだからよ」」


 時間を稼げている今の内に交渉を終わらせるつもりだとシリウスは言い切った。


 ――コンコンコン――


「入れ」


 ドアが開き、ティーセットを持ったクリスティーナさんが入室する。


「そろそろお疲れかと思いましたので、お茶を用意しました」


「ん。貰うわ」


「サトル様も如何ですか?」


「じゃあ頂きますね」


 俺の返事を聞くとクリスティーナさんはポットを開ける。そして魔法でお湯を作り出すと中へ注いだ。中から緑茶の香りが漂ってくる。

 急須と湯のみを使わないのは文化の違いだろうか?


「こういうところは魔法の方が便利なんだな」


 現実世界でお湯を入れるにはお湯を沸かす必要がある。だが、こちらの世界なら魔法で必要な分だけ出す事も出来るのだ。


「どちらの世界にも優れた部分があります。サトル様のおかげで二つの世界が繋がったのです。これからはどんどん便利になると思いますわ」


 シリウスと総一郎氏が色々共同でやっているので近い将来に科学革命や魔法革命が起きそうな雰囲気だ。

 例えばシリウスが使っているスマホだが、電力ではなく魔力で動いているのだ。


 両方の世界の技術者が交流する事で、恐ろしいスピードで開発が進んでいる。国と大富豪という組み合わせでなければここまでスムーズでは無かっただろう。


「ちょっと疲れたから甘いものが食べたいところだな」


 書類を片付け終わったシリウスがぽつりとつぶやく。


「あらっ、では何か取ってきますね」


 そう言って腰を上げようとするクリスティーナさん。


「いや、今からだとお茶が冷めるでしょう」


 俺は手で待ったをかけると転移魔法を使う。


「確か買い置きの羊羹があったはず……」


 現実世界のマンションの戸棚へとゲートを開き漁ると、翼が好きな有名店の羊羹があったので手に取る。


「お茶には羊羹だろ」


 そう言って袋から二つだして皿に乗せる。そして爪楊枝を刺して二人に差し出した。


「へえ、ヨーカン? まだ食った事ねえな」


「私もです。宜しいのですか?」


「ええ。上品な甘さでお茶にあいますよ」


 二人は爪楊枝を摘まむとじっくり味わう様に羊羹を食べると、


「なるほど。食感と味、両方を楽しめるな」


「ええ。サロンで出したいぐらいですね」


 どうやら満足してもらえたようだ。

 俺も手を伸ばして羊羹を食べる。偶に食べると止まらないんだよな。


「こりゃ料理人も何人か派遣すべきかもな」


「そうですね。以前伺った際のワショクもまた食べたいです」


 和やかなムードが流れる。最近はお子様達にまとわりつかれたのでこうした落ち着いた雰囲気は貴重だ。


 俺はお茶を飲むと和み始めるのだが…………。


 ――ピロリン――


「ん、部下からの報告だな」


 シリウスが懐からスマホを取り出す。


「そうだ。また落ち着いたらあっちの世界を案内させてくださいよ」


「ええ。是非」


 などとクリスティーナさんと会話をしているのだが……。


「サトル。問題が発生した」


 シリウスが険しい顔つきでそれを中断した。


「ん、どうした?」


 俺が聞き返すとシリウスはこういった。


「生贄反対派のトップが瓦解したらしくてな、交渉につく前に生贄が実行されるようだ」

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