第62話孫に「バカ」と言われて泣く男

「それで総一郎さん。要件というのは?」


 先程、総一郎さんより呼び出された俺は転移魔法を使い、総一郎さんの元を訪れた。


「わざわざよく来てくれたのぅ……って、どうして翼はワシを睨んどるんじゃ?」


 呼ばれた事を伝えた際、翼は「私も行きます」と言って付いてきたのだが、親の仇でも見るかのように総一郎さんを睨んでいる。


「…………お祖父ちゃんのバカ」


「なっ!」


 翼の呟いた一言に総一郎は顎が外れそうなほど大きく口を開いてショックを受けている。そしてこの世の終わりに遭遇したような青ざめた顔を俺に向けると。


「何故じゃ悟君っ!」


 涙を流しながら俺の服を掴んできた。


 俺は何と答えるべきか判断を下せずに。


「あははは。さて、なんでですかね?」


 翼の威圧感に耐えながら苦笑いをするのだった。




「それで来てもらった要件なんじゃが……」


 あれから総一郎さんは何とか翼の機嫌をとる事に成功すると俺達を呼び出した理由について話し始めた。


「昨晩の話なのじゃがな。実はこのビルの隔離区画で事件が起こったのじゃ」


「このビルでですか?」


 ここ『ウイングヒルズ』は湯皆総一郎さんが持つ個人資産のビルの集まりだ。

 四方に並び建つ四つのビルとその中央に建つ一際巨大なビル。


 現在俺達が居るのは中央のビルで、総一郎さんの個人宅がある区域になる。


「お祖父ちゃん。大丈夫だったの?」


 事件と聞いて黙ってられなくなった翼は心配そうに総一郎さんを見る。


「うむ。問題無い。その事件というのはシークレット区域に侵入者が入り込んだだけじゃからな」


「それって大事じゃないっ!」


 翼が驚くのも無理はない。このウイングヒルズのセキュリティは世界最高峰を誇る。

 許可無き者はセキュリティにはじかれてしまい侵入する事は出来ない。あまつさえそれを突破したとしても総一郎さんが住む階層近くまで登るには警備が厳しすぎるのだ。


 そんな中で侵入をしてくるのだから相手は余程のプロなのかもしくは…………。


「もしかすると転移魔法ですか?」


 俺が呼ばれた理由はそれだろう。総一郎さんは暫く俺と目を合わせていると。


「恐らく……じゃな」


 妙に歯切れの悪い返事をする。


「なにそれっ! 悟さんがその侵入者に協力したって言うつもり?」


 総一郎さんの言葉に翼は信じられないという表情を浮かべる。どうやら俺が疑われていると思い、憤慨してくれているようだ。


「落ち着け翼」


 俺は翼の肩に触れると諭そうとする。


「だ、だって悟さんが疑われてるんですよ。そんな事する人じゃないって私信じてるのに!」


 真剣な表情で瞳が潤んでいる。無垢な信頼を寄せてくれる翼を安心させるつもりで俺は頭を撫でると。


「仕方ないって。同じ状況なら俺でもそう考えるからな」


 改めて詳しい話を聞いた後で弁解をすればよい。転移魔法を使える事でアリバイなどが成立しないが覚えがないのは確かなのだ。

 総一郎さんも話せば分かってくれる。そう俺が考えていると……。


「まてまて慌てるでないっ!」


 そう言うわりに慌てた様子で手を振る総一郎さん。


「ワシは別に悟君を疑ってはおらぬ」


「ではどうして?」


 俺は総一郎さんに続きを促すと。


「その侵入者なんじゃが……今は部屋を用意して眠っておる。とりあえず付いてきてくれんか?」


 そう言うと総一郎さんは歩き出した。




「ここに例の侵入者がおるのじゃ」


 総一郎さんが案内したのは頑丈なドアのついた部屋の前だった。

 なんでも、外からしかロックがかけられ無いらしく脱出は不可能との事。


「大丈夫なんですか? 転移魔法があれば中から抜け出せるんじゃあ?」


 俺の質問に総一郎さんは。


「問題無い。今は眠っておるからのぅ」


 そう言ってパスコードを入力して施錠を解除した総一郎さんは部屋へと入っていく。

 俺と翼はその後に続くと――。


「彼女が例の侵入者じゃよ」


 総一郎さんが掌を向けたその先には一人の少女がベッドに横たわって寝ていた。

 フランス人形のように白く美しい、ドレスを着た少女――


「えっ? どうして……ここに?」


「悟さん?」


 咄嗟に漏れてしまった声に翼が反応する。


「やはり警察に届けなくてよかったのう」


 二人の言葉が耳から抜けて行く。俺は見間違いでは無いかと思い、ベッドへと近寄っていく。

 胸元が呼吸にあわせて上下する。どうやら本当に眠っているようだ。


 俺はその姿をまじまじと観察すると。


「一体どうやって来たんだ?」


 目の前の少女――カタリナへと問いかけた。


 


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