第61話ノックをしない男

「ふーむ。これはやはりなのです……」


 リリアナは魔導グラスを調整するとぶつぶつと呟く。

 目の前には悟が撮ってきた魔法陣の写真が引き伸ばされて置かれている。


「リリアナ。首尾はどうだ?」


 いつの間にかシリウスが入ってきてリリアナへと話しかける。


「で、殿下っ! ノックぐらいしてくださいなのですよ」


「別に構わんだろうが」


「構うのですっ! 乙女の部屋に入るなら気を付けて欲しいのですよ」


 耳をピコピコとさせながら憤慨するリリアナをシリウスは鼻で笑う。


「なっ、なんなのですかっ!」


「いやな、ちょっと前まではガキだと思ってたのにいっちょ前に女の面構えになってるじゃねえか」


 悟と出会うまではリリアナはただの気弱な子供だった。だが、悟に出会ってからは見る見る間に成長し、女性としての魅力を備えてきた。


「そうなのです。もしリリーが着替えていたらどうするのですか! リリーの裸を見てよいのはサトルさんだけなのですよっ!」


 そう色気づいたセリフを言うと、言っていて照れてしまったのか、それとも悟に裸を見せた時を思い出したのかリリアナは顔を赤くする。


「へーへー。分かった分かった。それで、解析は出来たのか?」


 シリウスが真剣な顔で質問をするとリリアナは冗談はここまでとばかりに頷いた。


「はいなのです。これは召喚の魔法陣で間違いないのですよ」


「……なるほどな。ラフィエット王国ウィレット領。は本当という事か……」


 隣国ラフィエットでは100年に一度『迷い人』が召喚されると聞く。その事に関してこれまでは噂として他国に流れていたのだが事実らしい。


「この魔法陣は最近使われた形跡があるのです。殆ど魔力が空っぽなのですよ」


 リリアナが魔法陣を指差すと確かに淡い光を放っている様子が写されていた。魔力が薄いと光も薄くなるのだ。


「つまり、何者かがこの魔法陣を使って召喚を行ったってことだな?」


「その通りなのですよ」


 異世界から迷い人が来るケースはシリウスが把握している限り三つある。


 ひとつは次元の狭間にとらわれて迷い込むケース

 ひとつは召喚の魔法陣を使って召喚するケース

 最後には悟が転移魔法を使って移動するケース


「つまり現在のラフィエット王国には迷い人が居るってわけだな……」


「恐らくはサトルさんが出会ったミオンさんという方だと思うのです」


 悟から連絡は受けている。タイミングから考えると恐らく間違いは無いだろう。シリウスが考えていると。


「殿下。もう一つ気になる事があるのですよ」


「ん。なんだ?」


 思考をそがれたシリウスはリリアナが指差す場所を目で追いかける。


「魔法陣の真ん中に補助の魔石が入っているのですが……」


 魔法陣を使った魔法というのは大規模なものが多い。なので、補助の魔石を用いる事で必要な魔力を減らしたり、威力を高めたりする事が多いのだ。


「ふーん。見たことが無い魔石だな。お前、これが何か解るのか?」


 シリウスの問いにリリアナは金眼を輝かせると写真をみる。


「恐らくは『幻獣ラプラスの魔石』だと思うのです」


「なんだと? 何の為にそんな魔石を?」


 時間を司る幻獣ラプラス。魔石とはフルに魔力を補給する事でその存在と同じ力を振るうことが出来る。

 召喚をするだけならばラプラスの魔石を選択する事はあり得ない。


「恐らくはなのですが…………」


 リリアナが憶測を口にしようとしたところ――


「シリウス王子。ラフィエット王国のクリフ=ラフィエット様がお見えになりました」


 隣国よりの訪問者によって遮られるのだった。

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