第59話手伝う男

「それで、その女の子にお願いしてきたんですか?」


 サラサラとペンを走らせると翼は手をクイクイさせる。


「ああ。その街でもっとも影響力がある貴族らしいからな、そのうち多分見つかると思うぞ」


 俺はテーブルの上にそれを置くと、依頼をしたカタリナの自信満々な姿を思い浮かべた。


「ふぅーん。でも、他にやり方なかったんですかね?」


 翼はこちらに話しかけつつも次から次へとそれにサインを書き込んでいく。器用な奴だな。


「まあ、出来なくは無いけど、これが一番確実だったしな」


 そういってスライドさせてくるのは翼の水着のブロマイド。そこには手書きでサインが入れられていた。

 今度出すCDの特典らしく、俺はその手伝いをしている状況だ。


「例えば、魅音さんの写真をコピーして張りまわったらあっという間じゃないですか?」


 当然のような調子でそのような発言をする。


「いや、それは無いだろう」


「なんでですか?」


 サインに納得いかないのか、ブロマイドを眺めつつ聞いてくる。

 この辺の考えは芸能人と一般人の差なのだろうな。


「まず、異世界で顔写真が入ったカラー印刷なんてみせたらそれだけで注目を浴びちまう事」


「それは確かに……」


「次に、本人がそれをみて隠れてしまう可能性もある」


 元々、異世界に残るなんて言い出す人だ。追手が迫ってるとわかれば逃げるかもしれない。


「それもありますね」


「そして、もし悪意ある人間の手に渡った場合、魅音さんが別な事件で狙われる可能性もある」


 変わった方法で捜索するという事は悪人に勘繰られてしまう可能性がある。

 そうなると先に確保しようと妙な事を考える奴が出ないとは言い切れないのだ。


「それに本人の許可もなしにするのはマナー違反だしな」


「ふーむ。なるほど」


 どうやら納得したのか、それともサインに夢中で聞き流したのか、翼はブロマイドをみて唸る。


「つまり。悟さんは顔が出回ると魅音さんが危険になる可能性があるから穏便に捜索したいと」


「そうだぞ」


「カタリナとかいう子に会いに行く口実では無いというわけですね?」


 疑わし気な視線。一体何が気に食わないのやら……。


「当たり前だろ。それ以外になにがあるってんだよ」


 俺は目を逸らさないで返事をする。翼はしばらく俺をじーっと見ると。


「ところで悟さん。私もこうしてブロマイドをばらまいてるんですけど、心配にならないんですかね?」


 そう言って自分をクイクイと指さすのだが、


「それはお金もらっての事だしな、ファンサービスなら仕方ないんじゃねえの?」


 先程からサインが終わったブロマイドを纏めつつ、次のブロマイドを翼の手元に置く作業をしてるのだが、グラビア写真やらなんやらで気合が入った写真が多い。


「そ、それはそうなんですけど……もう少し私について何か無いんですかね……魅音さん程じゃなくても」


 そう言ってなにか良くわからないアピールをしてくる。そんな翼を見ていると、


「ああ、なるほど」


「えっ? なになに? なんですか?」


 俺はブロマイドをみて翼が言って欲しいことを察した。


「綺麗に撮れてるじゃん、これならファンも喜ぶぞ」


「そういう事じゃ無いんですよっ! 馬鹿っ!」


 どうやら間違えたらしく翼は不機嫌になるのだった。






「ふぅ。やっと終わりましたよ」


 ペンをテーブルに投げて伸びをする翼。

 CDに挟み込むためとはいえ2000枚もサインをしたのだ、相当疲れているのだろう。


「お茶淹れてやったから飲めよ」


「ありがとうございます。悟さん気が利きますね」


 そう言って嬉しそうにお茶を飲む。そして――。


「今日はまだリリアナちゃんは戻って来ないんですか?」


 ふと思い出したように聞いてくるので。


「ああ。なんでも問題が起きたらしくてな、今日はあっちに泊るらしいぞ」


 シリウスから招集が掛かったらしく、慌てて出掛けて行ったのだ。


「つまり。この後ずっと二人っきりって事ですよね?」


 翼の雰囲気が変わる。先程までのだらけた様子から小悪魔のような笑みを浮かべて俺に近寄ってくる。


「つ、翼……?」


 俺の肩に手を置くと顔を近づけて耳元でそっと囁く。


「悟さんだけのブロマイド、撮らせてあげますよ?」


 艶めかしい声が耳を打つ。心臓が高鳴り、翼の唇から目が離せなくなってくる。


 俺が何と答えてよいのかわからないでいると……。


 ブルルッ


 スマホが振動した。


「わ、悪い。……って総一郎さんか」


 俺はナイスタイミングと思いつつ電話にでるのだが、


『唐山君かね?』


「ええ。どうかしましたか?」


 やや焦った声の総一郎氏。


『今すぐこっちへ来てくれんかのう』


 緊急招集の依頼をされるのだった。





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