第57話 代わりに魔力を補充する男

 あれから。俺は再びカタリナの家を訪れた。

 クリフ氏から「お礼に食事を御馳走しよう」と言われたからだ。


「おひさしぶりですね。サトル様」


 ここはカタリナの部屋で、ソファーに向かい合って座っている。

 ちなみにクリフ氏は仕事があるからと言うと席を外してしまった。


「といっても1週間ぐらいしか経ってないけどな」


 まるで何年も会わなかったかのような焦がれた表情をする。


「うっ……そ、それはそうなんですけど」


 カタリナは顔を赤くした。俺はそんなカタリナの表情を見ると思い当たる節があるので微笑ましくて笑う。


「なっ、なんで笑うのですかっ!」


 そんな焦る様子のカタリナの内心をこれでもかというぐらいに的確に読み取ると、


「残念ながら。今日はカップ麺のお土産はないんだ」


 申し訳なさそうに告げた。


「はっ? えっ……あっ! サ、サトル様は私がそのような物を期待していたと思っていたのですかっ!」


 言葉の意味を理解したカタリナは一変。怒りを浮かべると俺を睨みつけてきた。


「あれ? 違ったのか?」


「ち、違うに決まってますっ! 私はただ。サトル様にまた会えてうれしか――」


「なんだ。嬉しかったのか?」


 バッチリ聞こえたその言葉を捕まえると、


「うーうー。サトル様なんて知らないです」


 クッションに顔を埋めると恨みがましい声を放つ。その様子が年相応で可愛らしかったので。


「そっかー。じゃあ、このお菓子もいらないのかー。美味しいと評判の店でわざわざかってきたんだけどなぁー」


 鞄の中から取り出したのは都内でも評判の店のお菓子だった。


「えっ! そ、それって……!」


 カタリナの視線がお菓子に釘付けになる。


「しかたないなー。これは持って帰るとするかー」


 鞄にしまおうとしたところでカタリナの視線がついてくる。

 俺はわざとそのままの状態を保っていると、カタリナの視線が俺に向いた。


「あっ」


 視線が交差する。俺に見られていると気付いたのかカタリナは気まずそうに顔をそらすと――


「もっ、もうっ! 知りませんっ! とっととしまえば良いじゃないですかっ!」



 ★


「それで。頼みたい事と言うのはなんでしょうか?」


 幸せそうな顔でお菓子を食べるとカタリナは紅茶を飲む。

 元々、お菓子はカタリナに頼みごとをするために用意した。

 その事を話してお菓子を渡したところ、あっさりと機嫌を直してくれたのだった。


「実は探してる人がいるんだけど。この街を一人で探すのは骨が折れるんだ」


 少なくとも誰かと一緒に探した方が時間を短縮できる。


「なるほど。人探しですか……それなら確かに当家を頼ったのは良い判断ですね」


 真面目な顔のわりに、手で菓子の包装を剥がして出てくるチョコレートを食べている。


「ですが、本日はこのあと屋敷の施設に魔力を補給して回らなければならないのです」


 カタリナはこの世界で膨大な魔力を保有しているらしい。なのでこういった仕事も彼女の役割なのだろう。


「だったらそれ俺がやろうか?」


 一応俺も色んなところで噂になっているしな。魔力タンクだの、大賢者の再来だの。代わりは務まるだろう。


「よろしいのですか?」


「構わないって。食事を御馳走になるんだし、少しぐらいは働かないと居心地が悪いし」


 カタリナは透き通った目で俺を見ると、


「ではお願いします。私は早速、捜索の手配をしてまいりますので」


 そう言うとカタリナは部屋を出ていった。


 ★


「ふぅ。これで9か所目か……」


 目の前には魔法陣が描かれており、中心には拳サイズ程の魔石がはめ込まれている。


「お疲れ様です。お客様」


「次で最後でしたっけ?」


 あれから俺はカタリナがつけてくれたメイドさんの案内で屋敷の中にある施設に魔力を補給してまわっていた。


「ええ。それにしても本当に凄い魔力なのですね」


 目の前にある魔石は虹色を示している。

 魔石の虹色は最大まで魔力が補充されている状態のことだ。


「この魔法陣が各部屋の魔石と繋がっていて自動的に魔力を供給するんですよね?」


「はい。そうなります」


 魔道の力は凄いようだ。ここの魔法陣に補充をすることで、各部屋の水が出る魔道具や明かりをつける魔道具などに自動的に魔力が送られる。

 もっとも、これを保持できるのはそれなりに裕福な家らしく、一般家庭ではそれぞれの魔道具に直接魔力を補充する必要がある。


「それにしても、御嬢様でさえ普段は紫までしか補充しませんのに……虹までやっていただけるなんて」


 メイドさんから尊敬の眼差しを感じる。

 ギルドで魔力を補充した時もそうなのだが、魔力は有用な動力なのだ。


 こっちの世界に完全に根付いているので、ふとした生活でも必要となる。これ程の屋敷の魔力を賄うとなると掛かる費用はばかにならないらしい。

 カタリナが膨大な魔力を秘めているお陰で維持できているのだと道すがら聞いていた。


「ま、まあ、あと少しぐらいなら何とか補充できるので、最後の場所に案内を――」


 視線に気まずさを感じた俺は次の場所に案内してもらおうと促すのだが。


「ここにいたのですね」


「メイド長。何か用事でしょうか?」


 先日泊った際にも部屋を訪ねてきた中年の女性――メイド長が話しかけてきた。


「ええ。仕事をお願いしたかったのだけど、今忙しいようですね」


 そう言ってチラリと俺を見る。


「あっ。はい。お客様に魔力の補充をしていただいてまして、案内をしてる最中です」


 メイドさんは事情を説明する。


「お急ぎの仕事ってなんでしょう?」


「実は、夕食の際に良いワインがなくて。あなた良い仕入れ先を知ってたみたいだからちょっと行ってきて欲しかったの」


 どうやら俺の為の夕食の用事らしい。俺は二人に話しかける。


「次で最後なんで行ってきてもらって良いですよ」


「えっ? でも……」


 戸惑うメイドに。


「慣れてきましたからここからは一人でもできますし。俺の案内で仕事の邪魔をしてしまっては申し訳ないですから」


 メイド長も「御配慮ありがとうございます」と頭を下げると出て行った。


 ★


「これでラスト」


 目の前には虹色に輝く魔石がある。あれから最後の魔石に魔力を注ぎ終えた俺は充足感に浸っていた。

 転移魔法でそれなりになんでもできるつもりはあるのだが、こうして直接的に役に立てるのは嬉しかったりする。


「これでこの屋敷も当分は魔力補充しなくて良いだろう」


 カタリナの負担が減るのは良い事だ。俺自身はこれだけ魔力を放出したところで疲労を感じないのだから。

 休憩を終えて客室に戻ろうとすると――


「ん。あそこに何か……」


 違和感を感じると壁の間に隙間があるのを発見した。スマホを取り出しライトで先を照らすと、


「へぇ。隠し通路か?」


 先の方に通路があり、階段が見える。


「多分どこかにスイッチでもあるのか?」


 周囲を見渡すが、どれが通路を開くスイッチなのか解らない。


「まあ、転移があるから問題ないけどな」


 そう言うと俺は転移魔法を実行すると、


「うん。無事すりぬけ成功」


 一度見た場所ならば移動可能なのだ。俺はワクワクすると明かりを照らしながら奥へと入っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る