第56話お年寄りを介抱する男

『M☆I☆O☆N』と書かれた壁掛けのノブを捻る。

 ドアが開くとお洒落な内装を彩った部屋が視界に飛び込んできた。


 やや大型のデスクにはハイスペックのパソコンの他に大きなタブレットが置かれている。

 確か、液晶タブレットと言って絵を描くのに特化した道具だったはずだ。


「リリアナめ。良くもやってくれたな……」


 出て行く瞬間にウインクをして何かを伝えようとしたあいつを俺は許さない。

 初対面の人の前で恥かかされたからには後でそれなりに仕返しをするつもりだ。


「それよりも押し入れだっけ?」


 ここまでの代償を払ったのだ。何も収穫が無ければ意味が無い。

 他人の部屋に黙って上がり込む罪悪感を押し殺した俺は、部屋の奥の襖を開けるのだった。


 ★


「さて。どうするかな」


 先日。音無さんの実家を訪れた俺は、そこで音無さんの秘密を知った。

 これを使えば彼女を元の世界に戻す事も出来ると思ったのだが…………。


「肝心の本人がどこにいるのやら?」


 『また会おう』と言いつつも連絡先を交換していない。それどころか、何処に住んでいるかも知らないのだ。

 取り合えず異世界に渡った俺は、以前遭遇した付近でばったり出くわさないかと街を歩いているのだが。


「ううう……」


「大丈夫ですか?」


 何やら道端で蹲っている老人を発見した。

 額から汗をながしている様子は傍から見ていても気分が悪そうで、心配になる。


「取り合えず少し動けますか?」


 日射病の疑いがある。取り合えず何処か日陰で休ませようと思うのだが、老人は首を横に振る。


「少し。失礼しますね」


 動けないようなので俺は老人をおんぶすると木のそばにあるベンチを目指した。



「水です。飲んでください」


 俺はコップを取り出すと、元の世界の湧き水を注ぐ。

 一応県内で湧き水10選になった、料亭の人間が毎日山奥まで車で汲みに行く程の水だ。


「んぐんぐ……ぷはぁ」


 老人は水を飲むと一息吐く。


「すまなかった。助かったよ」


「もう平気なんですか?」


「ちょっと日光にやられただけだ。散歩に出かけるものでは無かったな」


 そう言って笑って見せるのだが、完全に治っているわけでは無いのかまだ辛そうだ。


「心配なので、家まで送らせて貰えませんか?」


 このまま離れて何処かで倒れられては困る。魅音さん探しも大事だが、当てが無い訳でもない。

 俺の提案に老人は驚きの表情をすると。


「君は実に好青年だな」


 そう言うと笑顔を向けてきた。




「そうなんですか。年頃のお孫さんが居るんですか……」


「この街で一番の器量よしでな。私の自慢なんだよ」


 どの老人も自分の身内の事となると機嫌が良くなるようだ。俺は老人を家に送りがてら話を聞くのだが、先程からしきりに相槌を打つのだった。


「思えばあの子には家の都合で無理をさせてな。国の命令とはいえ、幼き頃から随分と無理をさせたものだ。物心つく頃から勉強と魔法の訓練。同い年の子供と遊ぶ所を見たことが無い」


 英才教育というやつなのだろうな。俺達の世界でも一部の金持ちの子供は幼少より様々な勉強を強いられているらしい。


「もし良かったらうちの孫とも仲良くしてくれたまえ」


 そう言って暖かな目を向ける老人に。


「俺で良ければ是非に」


 話を聞く限りリリアナとそう変わらない年齢のようだし、アイツを連れてきて遊び相手にするのは良いかもしれない。



 それから暫く歩くと大きな屋敷が立ち並ぶ区域に入り込む。

 この辺は先日俺も訪れた場所だ。老人の案内に従って歩くと見覚えのあるような風景が広がる。

 似たような風景が多いのか、俺もこちらの世界に歩きなれてきた証拠なのか、近視感が沸き起こる。


「もうすぐ着く。わざわざ送ってくれてすまんな」


「いえ。こっちの目的とも一致してるんで手間では無かったので」


 元々、こちら側に来るつもりだった。俺が魅音さんを探す当てとして考えていたのが、この街で有力者のカタリナに協力を求める事だ。

 魅音さんの居場所が解らなくても、探す手を借りる事は出来るはず。なので、俺は老人の件が無くともこっちに来ていたのだ。

 老人を送る事が出来て、目的地にも近づく。一石二鳥と言うわけだ。


 そんな事を考えていると――。


「探しましたわ。お爺様」


 背後から声を掛けられる。


「おお。体調を崩していたところをこの若者に助けられてな。ここまで送ってもらったのだよ」


「それは。お礼をしなければなりませんね」


 振り返ってみると。


「私は、そちらのクリフ=ウィレットの孫娘で…………えっ?」


 胸に手を当ててお辞儀をする。その優雅な動作の途中で動きを止めた彼女。


「よう奇遇だな」


 俺は片手を上げると。


「サトル……様?」


 この領の領主の娘であるカタリナ=ウィレットは目を丸くして驚くのだった。


 

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