第54話託される男

 ――帰れない理由がある――


 魅音さんは不安そうに胸元で手をぎゅっと握るとそう言いだした。


「それってなんでですか?」


「実は……借金があるの」


 予想外な答えに俺は目を大きく見開く。


「それは……」


 ゴクリと喉を鳴らす。シリアスな空気に充てられてか魅音さんも真剣な瞳で俺の次の言葉を待つ。


「現代に戻ると借金取りに追われるから戻れないという事ですか?」


「へっ?」


 ハトが豆鉄砲を食らったかのように口を開くと、徐々に魅音さんの顔が真っ赤に染まる。そして――。


「違うわよっ! ばかぁぁぁーーー!」


 その日最大の声で罵倒されるのだった。





「それで。どういう事なのか教えて貰えませんかね?」


 叫んだことで注目を浴びた事と、息を乱していたので整うまで数分を要した。

 改めて、俺は魅音さんに質問をする。


「こっちの世界に借金があるのっ! それを返すまでは帰れないのっ!」


 そう必死に訴えかける彼女に。


「元の世界に帰っちゃば払わなくても済むんじゃないですか?」


 俺は悪魔の提案を持ち掛けるのだが。


「しないよそんなのっ! こっちの世界に来た時に世話になったんだもんっ! そんな裏切るようなこと出来る訳ないでしょっ!」


「ふむ。確かに」


 俺が魅音さんと同郷だと知った時の心配の仕方からして悪い事を出来るとは思っていなかったが……。


「そうだっ!」


「何です?」


「サトル。あっちの世界に戻れるんだよね?」


「そう言いましたよね?」


 その切り返しに気まずそうにする。

 よくよく考えるとこれは俺が悪い。迷い人と呼ばれるこの世界の召喚者に対していきなり現れて「元の世界に戻して上げます」これでは誘拐犯と同じぐらい胡散臭い。

 魅音さんは警戒しているのだろう。


「本当にあっちの世界に戻れるんだとしたら。出来ればで良いんだけど、私の部屋の押し入れの奥にしまってある段ボール。中身を見ないで焼却処分してくれないかな」





「それで。そのまま戻ってきたんですか?」


 翼は呆れた声で俺を見る。


「なんだ。何が言いたい?」


 あの後、迎えの人が来たとかで魅音さんは連れて行かれた。最後に「絶対に中身は見ないでね」と念押しした上で。


「悟さんなら借金を肩代わり出来たんじゃないですか? そうすれば一緒に連れて帰れたんじゃあ?」


「いや。いくらあるかわからない借金を肩代わりは出来ないし」


 そもそも、本当に借金があるのかどうかも怪しい。

 そうであるならもう少し俺に頼る方法もるのだろうし。


「まあまあ。サトルさんにはちゃんと考えがあるのですよ」


 リリアナは三人分のお茶を持ってきた。緑茶なのだが、自分の飲む分だ少し温めにしている。


「ふーん。私は悟さんがその音無さんと異世界でデートしてた方が気になるんですけど」


「ちょっと観光名所を一緒に回っただけだぞ」


 話しやすい年上の女性という事でリードしてもらった感はあるけどな。


「それよりも。気になりますね」


 翼は真剣な顔をする。やはりこいつも好奇心が強いんだな。


「ああ。彼女がそこまでして俺に処分を託した段ボールだろ? 中身はなんなんだろうな?」


「違いますよ。私が言ってるのは戻れない動機の方ですよ。いくらお人よしとはいえ、誘拐されたような形で異世界に居るんです。借金云々より、普通は身の安全でしょう」


 翼はそう主張するのだが。


「サトルさんはこの件から手を引くのですか?」


 リリアナが「よいしょ」と隣に座り身を寄せると聞いてくる。


「そりゃ。本人が帰る気が無いなら俺が動いても仕方ないだろう?」


 もしかすると異世界の方が居心地が良いのかもしれない。こっちの世界で人間関係とか社会に疲れて向こうに召喚された可能性もある。

 そうであるなら、連れ戻す事が一概に正解とは言えないのだ。


「もし仮に。私やリリアナちゃんがあっちの世界に召喚されたらどうします?」


「リリアナは元々あっちの世界の人間だけどな」


「細かい事は良いんですっ! で。どうしますか?」


「そりゃ……何としても連れ戻すよ?」


「どうして?」


 そんなの決まってる。


「大事な…………」


 何なんだろう?


「今サトルさんが思った事。それと同じ想いを感じている人がこっちの世界に居るはずです。最終的にどちらを選ぶかは音無さんが決めるにしても一度は戻るべきです」


 確かにその通りだな。俺は真剣な目を向けてくる翼の頭に手を乗せる。


「ありがとうな。確かにその通りだ」


「べ、別にこのぐらい。悟さんらしくない行動だったから咎めただけです……」


 顔を赤らめて照れた様子を見せるが動く事は無い。暫く撫でてやる。暫くして手を離す。


 他人の事だからとドライに考えすぎたかもしれない。異世界とこっちの世界を繋ぐ。

 それは俺にしか出来ない事なのだから、もっと逃げずにやるべき事をやるべきだった。


「だけどどうするかな……?」


 現状。説得しようにも本人が乗り気ではないように見える。再度話し合った所で説得できなければ意味が無いのだ。


「だったらリリーに良い案があるのです」


 横からリリアナが抱き着いてきた。


「良い案?」


 俺が聞き返すと、リリアナは自信満々に言った。


「まずは敵状視察するのですよ」 

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