第53話年上の異性を『お姉さん』と呼ぶ男

「どうして……私の名前を……?」


 呆けた様子で見てくる魅音さん。さて、なんと事情を説明した物か。

 ひとまず俺は聞いてみる事にした。


「音無さんはどうしてこの世界に来たんですか?」


「えっ、えっと……何か足元が光って魔法陣みたいなものが現れて――」


 彼女はそう言うと慌てながら説明を開始した。


「――それでね。召喚されたみたいで。私には特殊な力があるから助けて欲しいって。私も何が何だかわからなかったんだけどね」


「……なるほど」


 彼女から話を聞き終えると頷く。要約すると彼女は異世界に召喚されたらしい。

 なんでも、古来より伝わる伝説の魔法陣があるらしく、これを制御する事で異世界から人間を召喚する事が出来るらしい。


 時期的に見ても行方不明になった頃と一致しているので間違いはなさそうだ。

 今後について何から話をしようか悩んでいると――。


「ねえ。サトル……?」


 服の裾を摘まみ、黒い瞳を潤ませて見上げてくる魅音さん。先程までのお姉さんのような振る舞いはなり潜め、今では捨てられた猫のような瞳で見てくる。


「なんでしょうか?」


「サトルもその……日本人なんだよね?」


 期待に満ちた目をしている。俺は首を縦に振ると。


「そうですよ」


 次の瞬間。柔らかい感触が身体中を包み込む。


「音無さん?」


 彼女が唐突に抱き着いてきたのだ。彼女は震えている。無理も無いか。変える事も出来ない異世界で一人ボッチだったのだから。

 俺はそんな彼女を慰めようと言葉を発しようとした所――。


「もう大丈夫だよ。私が付いていてあげるから。寂しかったでしょう?」


「えっ?」


「不安だったよね。ここがどんな場所か解らなかったよね? でも安心して。これからは私が守ってあげるから」


 その言葉で理解した。どうやら彼女は自分の心配ではなく、俺の心配をしてくれていたのだと。

 何て良い人なのだろうか。俺は不覚にも感動すると。


「あの……音無さん」


「魅音でいいよ。私もサトルの事呼び捨てにするし」


「じゃあ。魅音さん」


「むっ……」


 呼び捨てにしなかった事で頬を膨らませる。至近距離でやられると可愛いとしか思えないのが難点だな。


「あまり密着されると胸が当たってますけど」


 先程から俺の胸のあたりでムニュムニュと柔らかい物が動いている。こうやって指摘すれば批難しつつも離れてくれると思ったのだが。


「いっ、いいの!! 今は大変だったサトルを労って上げてるんだからっ!」


 そう言いつつも目が光速で泳いでいて耳まが赤らんでる。その仕草が妙に可愛いなと思ってじっと観察していると。

 ピタリと止まる。そして顔を上げて自分の胸を見て「ううう」と顔を真っ赤に染めると――。


「その……おっぱい揉んでみる?」


 そう提案してきた。


「何故そうなる?」


「だって、男の子を慰めるのには自分のおっぱいを差し出すのが有効だってSNSで流れてたし」


「それは創作の話なんで。俺はそう言うの要らないんでお気遣いなく」


 後々気まずくならない様に俺は平静を装ってきっぱりと拒絶して見せる。全く。無知と言うのは恐ろしい物だ。

 もしここにいるのが普通の男だったら魅音さんの返事を待つまでもなく胸を揉みしだいているに違いない。紳士な俺に感謝すべきだろう。


 そんな事を考えながら、魅音さんの方を見ると、黒い瞳に涙を溜めながらプルプルと震えると。


「……バカ」


 ポスッと俺のお腹に拳をぶつけてきた。






「それで。今後についてなんですけど」


「ふーん。知らないんだから」


「あの……機嫌直してくれません? 魅音さん」


 何故だか離れた後から機嫌が悪い。同郷に会えた嬉しさで泣いてしまったのを気にしてるのだろうか?


「お姉さん」


「えっ?」


「私の事はお姉さんと呼びなさい。そしたら許してあげるから」


 真剣な瞳で見上げてくる。姉弟ゴッコをしたいなんて余程異世界生活が辛かったのだろう。

 まあ、話を聞いてもらうのだから仕方ない。


「わかったよ。姉さん」


「ん。宜しい」


 威張るような口調だけど、蕩けそうな笑顔を見せてくれる。


「それで。今後についてだっけ? サトルさえよければ私が世話になってる屋敷に行こうと思ってるんだよね」


「屋敷って姉さんを召喚した人間のところ?」


「うん。私を召喚する為に人生の大半を費やしたらしくてさ。抜け出してきちゃったから怒られるかもしれないけど。こうしてサトルに会えたんだからまあ良いよね」


 そう言って手を握って「えへへ」と笑う。


「それなんだけど。俺とこのまま元の世界に戻るって選択肢もあるんだぞ」


「どういう事?」


「俺の能力は転移魔法。ゲートと言う空間を繋ぐ入り口を作って移動する力なんだ。それを使えば姉さんは元の生活に戻る事が出来る」


 元の世界に戻る際に色々問題があるかもしれないが、その辺については総一郎氏にお願いすれば何とかしてくれるだろう。

 俺は早速戻った後で総一郎氏に電話をする算段を考えていると――。


「このままじゃ戻れない」


 なにやら厄介事の気配が漂ってきた。




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