第52話年上女性に膝枕をして貰う男

「いつも出迎え御苦労じゃな」


 ゲートを開くと、その入り口から総一郎氏が笑顔で出てくる。


「今日の会談も上手く行ったんですか?」


「お陰様でな。現在はお互いの世界の交流について色々話合ってる最中なんじゃよ」


 なんでも、世界同士の交流という事もあり、慎重にやりたいらしい。

 以前に、総一郎氏に聞いた話だと貧困問題や経済問題等など、歴史を紐解くと色々難しい点が多いらしく、異世界交流の軋轢をなるべく最小限で進めるには事前の準備が大事らしい。


 もっとも、ただの大学生の俺にはその説明がかなり難しく、ほとんど相槌を打つしかなかったわけだが……。


「時に。翼とデートをしてきたそうじゃな?」


 先週。俺が異世界で遊んでいた事実を口止めしてもらう為に、翼とリリアナの我儘を聞いた。その時にカフェ巡りに付き合ったのだが、その事を言っているのだろう。


「まあ。あれをデートと呼ぶかは微妙な所ですけどね」


 何せ途中から翼の機嫌が悪化したのだ。映画を見たり、ショッピングの際にも顔を赤くしていたし。明らかに怒っていた。

 そのくせ手を放そうとはしなかったのでこっちとしては困惑したものだ。


「そういえば、その時の話をしとった翼の顔が赤かったが……まさか翼を辱めるような行為をしておらぬよな?」


 咄嗟に、【タピオカチャレンジ】がよぎる。

 あの日、翼のチャレンジを見ていた女子大生達がおかしそうにSNSに何かを書き込んでいて、翼が悔しそうに俯いていたが……。


「ええ……してませんよ?」


「何故に目を逸らす?」


 俺は真実を告げる事で翼の名誉が傷つくのを避けた。


「っと……戻ってくるなり電話じゃな」


 幸いな事に、総一郎氏の追及は電話によって中断された。


「……なんと。そうじゃったか。解った」


 電話が終わると。


「どうかしたんですか?」


「うむ。事業計画が見直しになっての。大量の小麦を抱えてしまった。個人的な資金じゃったから婆さんにバレると不味いし……どう誤魔かすかのう」


 聞いてみると、俺みたいな一般市民には及びもよらない金額の損失だった。まるでギャンブルで小銭を失ったかのような態度に、金銭感覚の違いを実感させられた。










「さーて。今日から観光するか」


 予定が合わずに延期していた異世界観光を再開する事にした。


「流石は異国。プリストンとは違う賑わいを見せてるな」


 国が変われば文化も変わる。露店で売られている果物も見たことが無い物があるし、暖かい気候のせいか服装も薄い布地が目立つ。

 俺は目についた露店で適当に買い食いをしながら街並みを歩いていると……。


「ちょっと。離してよっ!」


「ん?」


 通りの裏路地。そこで手首を掴まれているドレスを着た黒髪の女性と、粗暴な男達がいた。


「いいから。ここじゃなんだからよ。連れ合い宿まで付き合えよ」


「はあっ!? あんた達みたいなのの相手なんて絶対にお断りよっ!」


 わかりやすいトラブルが起きている。女の方は俺と同年代か少し上程度か?

 男たちはいかにも汚い恰好なので年齢は解らない。


「嫌がってるんだからやめたらどう?」


 いずれにせよ、目に入ったからには見過ごせない。


「何だてめぇはっ!」


「すっこんでやがれっ!」


 一斉に向き直る男が4人。俺はある物を取り出すと……。


「今なら見逃してあげるけど?」


 最終通告をだすのだが。


「ふざけやがって! どれだけ自信があるのか知らねえがこの人数だ。やっちまうぞ!」


「くっ!」


「がっ!」


「いぎっ!」


 その言葉を聞くと同時に後ろの三人が崩れ落ちる。


「なっ! おまえらっ!」


 何の事は無い。ちょっと痺れさせただけだ。

 転移でゲートを開いて背後からスタンガンを押し付ける。知らなければ無防備に受けるしかないし、知っててもそうそうに避けられるもんでもない。


 こっちの世界の人間が肉体的に強くても構造は変わらないからな。人間は電気に耐えられるようには出来ていない。


「どうする。まだやる?」


 俺の二度目の確認に……。


「おっ! 覚えてろよっ!」


 男は逃げ出した。






「助かったわ。本当にこっちの世界って嫌になる……」


 路地から女性を助けると、不満げに呟いた。


「ああいう裏路地はあんまり行かないほうがいいですよ」


 洗練された雰囲気を持つ。何というか、こっちの世界ではあまり見かけないタイプだな。黒のロングヘアーに黒い瞳。完璧なスタイルを保持した美女が目の前にいた。


「うっ……しっ、仕方ないじゃない! あまり街に出ないんだからっ!」


 顔を赤くして睨みつけてくる。ドレス姿とか考えると箱入りのお嬢さんなのかもしれない。

 俺は目の前の美女を観察する。初めて会った気がしないのだが、こんな美人を見たことがあるのなら忘れ無さそうなんだよな。気のせいか?


「何。もしかして君もナンパ目的だったの?」


 じっと見ていたので誤解されたのか、腕を抱くように一歩下がって警戒する。


「いや。どっかで見た顔な気がしたんだが。気のせいかな?」


「それ。もろにナンパの手口だから。ふーん。私に興味があるんだ?」


 別にそんなつもりは無かったのだが、否定しても聞き入れてくれなさそうな顔をしている。

 彼女は俺の顔をジロジロと見ると。


「割と可愛い顔してるわね。まあいっか。君がいれば安全そうだし。今日一日付き合ってあげるわよ」


 勝手に納得すると俺の手を引いて歩き出す。





「ちょっ……ちょっと待って!」


「何? もう疲れたの?」


「もうって……結構歩いてますよね?」


 あれから、彼女に引っ張られて色んな場所を巡った。有名な観光地もいくつかあるようで二人で巡っては異国の景色に感動した。


「仕方無いじゃない。こういう楽しいの久しぶりなんだし。君は楽しく無かった?」


 そう言って斜め下から見上げるようにほんのりと笑って見せる。自分が可愛い事を認識している人のそれだ。


「……ノーコメント」


 実際楽しかったけど。それを言うとこの相手が調子に乗ると思ったので答えない。


「そろそろ少し休憩しましょうよ。そこに公園もある事だし」


 そう言って急かすように中に入っていくと。


「ははーん。そういう事ね。君も男の子って事か」


 何やら悪戯な笑みを浮かべる。どういう事かと思い、周りを見てみると。

 周囲はカップルだらけで、芝生の上では女が男に膝枕をしていたり、ベンチではお互いの身体をくっつけて座ってイチャイチャしている。


 どうやらここはカップル御用達のデートスポットのようだ。


「ほら。膝貸してあげるから横になりなさい」


「何故にそんな結論になった?」


 唐突に宣言をする美女に俺は質問をする。


「だって。ここってそういう事する為の場所でしょ?」


 彼女もここがどういう場所なのか気付いているようで、俺をからかうつもりなのだろう。そう提案してくる。


「いや……そんなつもりは毛頭無いんで――」


 咄嗟に断ろうと思ったのだが。


「良いから早くっ!」


 痺れを切らしたように頭を抱えられると強引に膝枕をされた。

 目の前には目を細めて笑う女性と、タピオカチャレンジをクリアできそうな胸が映る。頬には柔らかな太ももの確かな暖かさがある。


「ふふふ。私ね。本当は弟が欲しかったのよね」


 そう言って頭を撫でられた。悪戯っぽく触れてくるのだが、くすぐったい。

 何処か母性的なその行為に俺の中で心がほぐれて行くのがわかる。これが年上の包容力という奴なのだろうか?

 あまりの心地よさに抗うことが出来ない。


「だから君みたいな素直な子を見るとついつい構いたくなるのよねー」


「俺は弟じゃないんですけどね……」






「うーん。今日は楽しかったー」


 彼女が伸びをすると巨大なたわわがブルンと揺れる。


「君も楽しかったよね?」


 そのままの体制で首を傾けて下から覗き込んでくる。そんな屈託のない笑みに釣られそうになりながらも。


「こっちもまあまあ楽しかったです」


 俺はそう答えた。


「素直じゃないなぁ。そんなんじゃもう遊んであげないぞ?」


 すっかり姉が板についたのか頭を撫でられた。何故だろう。その仕草に抵抗が出来ない。


「それじゃ、私はそろそろ帰るけど……ところで今更だけど名前何だっけ?」


「本当に今更っすね」


 とはいっても名乗るタイミングが無かったわけじゃない。ただ……。


「俺はサトルです」


 こっちの世界では変わった名前なので、どうしようか悩んでいただけだ。

 俺の名乗りに対して女性は目を大きく開く。そして笑みを浮かべると――。


「ふーん。サトル……ね」


 そう言って口元に手を当てて考える。その時の真面目な顔を正面から見据えた時――。


「まあいいわ。私の名前だけど――」


 自然とその名前が浮かび、口にしてしまった。


「音無魅音さん?」


「えっ……なんで?」


 困惑する声に俺が驚く。こんな偶然があるのだろうか?


 戸惑いを浮かべる彼女の様子を俺はよく観察した。間違いない。










 彼女こそが、テレビを賑わせている行方不明の女子大生だったのだから……。


 

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