第51話無謀な挑戦を勧める男

『…………さんが行方不明になってから一ヶ月が経ちました。警察は目撃者の情報を募っていますがこれと言った情報は寄せられていないようです』


 テレビでは朝のニュースが流れている。一ヶ月前からお茶の間を賑わせている。今も行方不明者の顔写真が映し出されていた。


「サトルさん。そろそろ出掛けないと不味いのですよ」


『続いて家族の方の――』


「ん。もうそんな時間だっけ?」


「はいなのです。翼さんからはくれぐれもサトルさんが遅刻しない様にと言われてるのですよ」


 俺はテレビを消すとソファーから立ち上がった。


「分かったっての。隣に住んでるんだから一緒に出ればいいのに……。待ち合わせとか面倒だぞ」


「……それ。翼さんに聞かれたら怒られるのですよ」


「……行ってくる」


 リリアナの冷たい目を避けるように俺は家から出るのだった。






「遅いですよっ!」


 待ち合わせ場所に着くと、頬を膨らませて怒っている翼が居た。


「ちょっと遅れただけなんだが……」


 時間にして二分を過ぎた程度。誤差の範囲ではなかろうか?


「待ってる間にナンパされちゃったんですからねっ!」


 大層不満そうな顔をしている。だが、こればかりは本人の自業自得だろう。


「だから言ったろ。一緒に出掛ければ良いって。お前可愛いんだからそうなるに決まってる。自覚しろよな?」


 あまり理不尽に切れられても堪らなかったので、俺は翼に言い返した。


「うっ……、そんなナチュラルに……不意打ちはずるいです」


 そう言って俺の袖を摘まんでくる。顔を赤らめて上目遣いに睨みつけてくる。余程怒りが収まらないらしい。


「と、とにかくっ! 遅れたんだから今日は悟さんの奢りですからねっ!」


 翼はそう言うと俺から逃げるように前に出ると歩き出した。心なしか足元が弾んでいるような……。





「それで。なんでカフェなんだよ?」


 あれから翼に先導されるように歩いた俺達はカフェに来ていた。

 お洒落なパンケーキを出すことで有名な店らしく、周りの客は女子高生や女子大生など。ほとんどが女のようだ。


「今。女子高生の間では休日のカフェ巡りが流行ってるんです。有名な人は毎日でも巡ってるんですよ」


「なんだそれ。毎日カフェって……。何処でも同じだろう」


「そんな事は無いです。この人とか一ヶ月前から更新が止まってますけど、それまでは毎日のように自作のケーキやら店の紹介をしてたんですからね」


 そう言って一つのアカウントを見せてくる。ここ一ヶ月更新していないというのは逆に飽きてやめた証拠じゃ無いかと思うのだが……。


「それで。1時間も待たされてようやく入れたわけだが。何を注文するんだ?」


「それは当然ここのパンケーキですよ。SNSで投稿されてるの見て気になってたんですよね」


 そう言って見せてくるのはSNSのページだ。


「これです」


 スマホを操作して見せてきたのはパンケーキを三つ重ねて上からクリームやらブルーベリー。シュガーパウダーをちりばめた写真だった。


「取り合えず悟さんにはこれを頼んでもらうとして……」


「おい。俺の勝手に決めないで欲しいんだが……」


 こんなの簡単に食いきれなさそうだぞ。


「折角並んで入ったんですよ。どうせなら色んな味を試したいじゃないですか。私はこっちです!」


 改めて見せられたのはこれまた凄い。パンの上にこれでもかと言うぐらいクリームが出来られていて輪切りにしたバナナと上からチョコレートシロップがたっぷりだ。


「こんなの食べたら確実にカロリーがやばいんじゃ?」


 女の子はそういうの気にすると聞いたのだが……。一説によると彼女たちにとっての目的は美味しいパンケーキと言うよりも栄える写真を撮影する事らしい。

 他のテーブルでは、少し口をつけた上でパックに詰めているのも見られる。恐らくは家で誰かにわけたりするんだろうな。


「さて、飲み物を頼んじゃいますね。ここは定番という事でタピオカミルクティーで。悟さんも良いですよね?」


「なんか知らんが任せた」





「うわぁー。写真以上の栄え具合です。まだ食べちゃダメですからねっ!」


 そう言うと翼は写真を撮り始めた。SNSに上げるつもりらしい。こういうところは今時の女子高生――いや、今は女子大生だった。

 ぬるぬるとスマホを動かすと嬉しそうにSNSに投稿している。その間暇だったので周囲の客を見ていると――。


「これで良し。お待たせしましたさあ早速食べましょう……って何見てるんですか?」


「あれは何をしてるんだろうかと思ってな」


 翼の疑問に俺は他のテーブルを指さす。

 テーブルに座っているのは胸の大きな女子大生だ。そのメロンの上にドリンクを乗せてストローで加えてバランスを取っている。

 その仕草をもう一人が撮影している所だった。


「……あれは今はやりのタピオカチャレンジですね」


「は? 何をチャレンジしてるって?」


 順番が変わってそこそこ育っている胸の女子大生が今度はミルクティーを胸に乗せてバランスを取っている。先程よりも辛そうだが、口に力を入れる事で何とか倒れないで維持している。


「ああやってカップを乗せる事で、スマホを操作したり出来るんです」


「何故にそんな事を……?」


 女子の考える事はいまいち理解できない。このタピオカにしても流行ってるらしいのだが……。


「い、良いじゃないですか。それはそれとして早く食べましょうよ」


 そう言いつつ、フォークを持つ翼。俺はそんな翼に質問をする。


「やらないのか?」


「何をですか?」


 パンケーキを切ってる翼は聞き返す。


「タピオカチャレンジだよ。流行ってるんだろ?」


 俺が不思議に思って訊ねると、何故だか翼がすっごく嫌そうな顔をした。それから溜息を吐くと。


「も、もちろんやるつもりでしたよ」


「お、おおそうか……」


 何やら焦る様子が俺まで伝染する。


「じゃ、じゃあ悟さん。私の姿を撮ってください。これもSNSに投稿するので」


 その時。俺は勘違いしていた。女子高生達がやっている事だから翼も流行りに乗っかるのだろうと。

 だが、【チャレンジ】といっている時点で気付くべきだったのだ。


「行きますよ……」


 ストローを加えて胸にミルクティーを乗せる。そして翼が手を離すと――。


 ――ストン――


 ストローが抜け。ミルクティーが入ったカップがテーブルの上でカタカタと揺れる。

 周囲に静寂が訪れる。誰しもが翼を見ていて、ひそひそと会話を交わしていた。


「えっとだな」


 翼はストローを加えたままプルプルと震えている。そう、このチャレンジをするには一定の条件をクリアしていなければならなかった。

 その事に俺は遅まきながらも気付いたのだ。その条件とは――。


 目に涙をためて悔しそうにしている翼に俺は言ってやる。


「まだ成長するかもしれないし頑張れよ」


「悟さんの馬鹿ーーーーー!!」



 



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