第49話寝室で貴族の令嬢にあーんをする男

「ふぅ。疲れたな」


 あれから、風呂から上がった俺は寝室へと案内された。

 流石は貴族の屋敷だけはある、見栄え良く映るように計算された調度品に絵画や剣などの装飾品。フカフカとしたベッド。

 更には、ご自由にお飲みくださいとばかりに棚には様々なお酒の瓶が並べられている。


「それにしても何だったんだ?」


 部屋に案内されてから暫く、やたらと多くの人が出入りをしていた。

 年端もいかない見習いのような幼女や、色気を漂わせたエロイメイド。果てには皺だらけの風格あるメイド長さんまで。

 カタリナなりの最大限の歓迎なのか、かわるがわる現れては俺の世話を焼いてくれた。


 一つ気になったのはいずれの人物も、部屋の中にいる時は熱い視線を俺に向けてきて、出て行くときは残念そうな顔をしていた事ぐらいか。

 お陰で、消耗してしまった俺は、こんな時間だというのに何か食べたくなってしまったのだ。


「持ってきてよかった」


 俺はカップ麺の蓋を開けるとお湯を注ぐ。

 元々、泊まるつもりは無かったのだが、何となく用意しておいたので幸いだ。

 俺はスマホのタイマーをセットすると、箸を上に置いて暫く待つことにした。


 ―コンコンコン―


「はーい」


 返事をする。また新しいメイドさんが入ってくるのだろう。


「失礼しますわ」


 だが、入ってきたのはカタリナだった。

 滑らかのシルクのワンピースで、身体のラインがくっきりとあらわれてしまっている。恐らくはパジャマなのだと思うのだが……。


「夜分遅くに失礼します」


「俺は別に構わないぞ」


 泊めて貰ってる立場だからな。だが、婚姻前の貴族の令嬢がそういった格好でこんな時間に訪ねてきてよいものなのか疑問が浮かぶのだが、よく考えるとリリアナとか湯皆もそういう格好でよく部屋に入ってくる。

 案外俺の考えすぎだったりするのだろう。


「……すんすん。何やら良い匂いがしますね」


 部屋から漂う匂いにどうやら気付いたようだ。


「ああ。それはだな……」


 それと同時にスマホのタイマーが鳴った。蓋を開けて割り箸を割ると麺をほぐして備え付けの調味料を入れてやる。


「これは…………食べ物……ですね?」


 俺が一連の作業を進める間、カタリナの視線は手元にくぎ付けになっていた。


「初めてみる料理ですね。一体どのような…………」


 ぶつぶつとしゃべる。


「気になるのか。少し食べてみるか?」


「宜しいのですかっ!?」


 目を見開いて驚くカタリナ。まあ、俺はこんなのはいつでも食えるしな。

 それよりも、そんなもの欲しそうな顔されていたら食べ辛いし。


「いいさ。ほら」


 そう言うと、カップと箸を渡してやる。


「……頂きます」


 カタリナはごくりと生唾を飲み込むとお礼を言った。


 ところが――。


「あっ、ちょっと……うぬぬ……」


 何度やっても食べられなかった。箸が上手く使えないのか、持ち上げている途中で落としてしまうのだ。


「……あと少し……あっ。……またっ!」


 悔しそうにするカタリナ。


「貸してみろ」


「えっ?」


 俺はカタリナからカップと箸を取り戻す。

 取り上げられたのかと思ったカタリナは悲しそうな顔をしているのだが。


「ほら。口を開けて」


 俺は麺を箸で掴むとカタリナの口に向けて差し出した。


「えっ。でも……えっと」


 何やら頬を赤くして左右を見る。髪を指でくるくると絡めては恥ずかしそうに俺を見てくる。

 やがて、カタリナは覚悟を決めたのか、俺の方を向くと、口を開けて目を閉じた。


「……美味しい。ですね」


 麺を咀嚼し終えたカタリナは目をパッチリ開くと声を漏らした。


「今まで味わったことが無い味なのですが、とにかく美味しいです」


「そうか。そりゃ良かった」


 俺からすると晩御飯に出してもらった御馳走の方が美味かったのだが、そこは普段味わって無い物への過大な評価だろう。

 結局、俺が食べてはカタリナに食べさせるという一つのカップ麺を交互に食べる事になった。


「んぐんぐ……」


 最後のスープは飲みすぎると健康に良くないので残していたのだが、カタリナが飲みたがったのであげたら凄く嬉しそうに飲んでいる。


「……じー」


 食べ終えて暫くは放心していたカタリナ。カップ麺でそこまで感動すると吃驚なんだが。今は俺を観察している。


「なんだ?」


「サトル様の持つ数々の道具や料理は興味深いですね」


「そうか?」


「ええ。こう言っては何ですが、ファンタジー小説に出てくるような不思議な道具です。明らかに魔導の域を超えておりますから」


 その冷静な考察に俺はなんと答えるのが正解なのか?


「結局。サトル様は男が好きなのでしょうか?」


 話が急激に飛ぶ。


「……どうしてそんな話になるんだ?」


「いえ。来客をもてなすのは主人である私の役目。この屋敷におります女性を順番に差し向けたのに誰にも手を出さなかったので。ひょっとして男なら良かったのかと思いまして」


「俺にそんな趣味は無い」


 単に意図が読めなかっただけだ。まさか幼女や老婆までもそういう対象として差し向けられるとは考えないぞ普通。


「そうでしたか……。では余程紳士なお方なのですね」


 そう言うと、とても好意的な目で見られる。カップ麺で餌付けができてしまったのか?


「ところでサトル様。一つお聞きしたい事があるのですが」


「なんだ。なんでも言ってみろ」


 俺の言葉にカタリナは緊張をした様子で口元をキュッと引き締める。そして――


「サトル様はではありませんか?」


 カタリナの質問が放たれた。

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