第46話何故か子供に関心を持たれてしまう男

 目の前を緩い速度で風景が流れていく。俺は揺れる車内でそれを見ながら微睡を覚えていた。

 それと言うのも久しぶりに訪れた静かな時間を満喫したかったからだ。


 最近。どうにも俺の周囲が騒がしくなっていた。

 総一郎氏やシリウスは意図的なのかそうでないのか、打合せの時間以外でも何故か俺に色々と聞いてくる。


 好きな料理だったり、好きな女優だったり。好みの女性の年齢だったりと。アンケート方式で5000問も解かされたりした時はどうしようかと思った。


 更には湯皆やリリアナもそんな二人に何かを吹き込まれたのか妙な感じでまとわりついてくる。

 外でも内でもベッタリなので気を休める暇が無かった。


 そんな訳で、今回の件に至った。

 シリウスや総一郎氏との約束は無く、リリアナや湯皆が起きてくるよりも早い時間。

 俺は書置きをして出掛けた。


 普通に出掛けたら乙女の勘ともいえるレーダーに引っかかりあっという間に捕獲されるだろうが、俺には転移魔法がある。


 二人の魔の手の届かない場所。つまり、異世界への避難を実行したのだ。


 シリウスや総一郎氏には異世界に行くときは護衛をつけるようにと言われているのだが、毎回付けられる案内役と観光するのは正直面倒くさい。何処に行くにも安全を確認されたり、少しでも危険な可能性があると遠ざけられるのだ。

 何気なく遊んで夜にはしれっと帰れば問題無いだろう。俺だってこっちの世界を自由に動きまわる権利があると思う。


 そんな訳で乗ったのがこの【魔導列車】という乗り物だ。


 元の世界ではガソリンを使って自動車やバイク。飛行機などを動かすのに対し、こちらの世界では動力源に魔力を使う。

 

 こちらの世界では魔力は誰でも持っているものらしのだが、これだけ大きな乗り物を動かすとなると生半可な魔力では出来ないらしい。


 なので、稼働するにあたっての賃料は高額となり、魔導列車に乗れるのは余程裕福な者と決まっている。

 そんな訳で、豊富な金に物を言わせた俺は優雅に四人掛けの席を借りて車内ランチをオーダーして楽しんでいたのだが……。


「何か用か?」


 いつの間にか隣には女の子がちょこんと座っている。

 ロングの金髪にぱっちりとした碧眼。高級そうなドレスはいかにも育ちが良いといった感じの中学生から高校生程度の女の子。


 俺が暇つぶしにスマホをポチポチと操作していると横からひょっこり覗いてきた。

 ちなみに、ネット回線については電波が通る程度のゲートをこっそりと開けているので問題なく使えている。


「そのツルツルしたプレートはなんです!」


 そう言って指さすのは俺が手に持っているスマホだ。彼女はそれを興味深そうに眺めている。


「これはだな。ちょっとした魔道具だ」


 取り合えず魔道具と言っておけば間違いない。この世界で不思議な事を出来るのは大体魔道具なんだから。

 俺は丁度起動していたチェスのアプリを閉じる。


「わっ。絵が動きました」


 余程驚いたのか、距離を詰めた彼女は俺の横からぴったりとスマホの画面を覗き見ると。

 パーソナルスペースを侵食された俺は若干居心地が悪い。


「親御さんが心配するんじゃないか?」


 金持ちが乗る列車だ。身なりの良さからして保護者が居るだろう。今日は一人でいたい気分なので子供の面倒を見たく無かった。


「平気です。護衛にはついてこない様に言い含めてますから」


 それって護衛の仕事放棄だよね。せめて他の客の所に行って欲しいんだが……。


「そっちのそれは何です」


 だが、俺の祈りもむなしく、女の子は更なる俺の荷物に目を付けた。

 暇つぶし用にあっちの世界から色々持ってきたのが災いした形だ。結局、それから暫くの間。俺はこの女の子の質問に応えさせられるのだった。






「おっ。スピードが落ちて来たな。次の町か?」


 乗り始めてから3時間程。今から2時間前にも一度スピードが落ちて停車していた。恐らくは途中の街に着いたのだろう。


「いえ。次の町まではまだかかる筈ですよ?」


 眉を潜めてそう答える女の子。どうでもいいけど完全に懐かれたのかぴったりと引っ付かれている。

 俺が持ってきた道具や遊具に対して説明をするたびにこの子は「凄く便利です」「斬新な遊びです」と目を輝かせて喜んでいたからだ。


 そうこうしている内に列車は停止してしまったのだが……。


「おいっ! 何をしているふざけるなっ!」


 一人の客の怒鳴り声がする。品の良い礼服に髭を蓄えた中年の男が苛立ちを浮かべていた。


「御乗車のお客様。申し訳ありません。現在、魔法陣に欠損が発生いたしました。修復を行っておりますので今しばらくお待ちください」


 どうやら、何か不具合が起きてるらしい。


「こういう事ってよくあるのか?」


 俺はすっかり隣に居ついている女の子に聞く。


「いいえ。これは貴族や大商人等の上客が乗る列車です。本来なら不備が起きないように注意している筈です。このような事が起きる訳がないのですが……」


 どうやらかなり珍しいトラブルらしい。もしかすると俺の日頃の行いが悪いから神様が意地悪をしたのでは?

 リリアナや湯皆から妨害電波でも受信したのだろうか。そんな事を考えていると。


「どうやら魔法陣の修復が出来たようです。ですが、次の街へ到着するまでの魔力が足りません」


 その言葉に周囲の人間の表情が険しくなる。


「ど、どなたか魔力を注いで頂くことは出来ないでしょうか?」


 その言葉に率先して前に出る人間は居ない。


「なんで誰も動かないんだ?」


 少しずつでも魔力を注げば街まで持つんじゃないのか?


「ここにいらっしゃる方々はそれ程魔力を持っていません。それでなくとも魔力は温存すべきですから。有事の際に魔力が無ければ何もできませんし」


 ここ世界はモンスターが居る世界だ。いざモンスターと遭遇した時に魔力が無ければ魔法はおろか、スキルを使う事も出来ない。

 そう言った事情から外出時は魔力を温存するのがこの世界の人間のルールなのだ。


「ど、どなたか協力して頂ける人は居ませんか?」


 運転手は呼び掛けるが周囲は動く気配はない。このまま予定を押してしまうと帰宅時間に影響がでるな。仕方ない……。


「じゃあ、俺が魔力注ぐから」


 まだ魔力に余裕はある筈だし。街まで繋ぐ程度なら問題無いだろう。


「えっ?」


 その言葉に俺の隣から驚きの声が上がった。



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