第45話小さな女の子にギャン泣きされる男
急ぎ足で街中を歩いている。先日。今回の件のお礼と言う事でシリウスや総一郎氏からディナーの予約をしてもらった。
リリアナと湯皆と三人で楽しんでくるようにと笑顔で言われたのだが……。
場所は都内の一流ホテルだ。大学の講義を受けてからでも十分に間に合うと踏んでいた俺は、フォーマルスーツを用意して豪華なディナーへと思いを馳せていた。
だが、今日に限って講義が終わらず、実に30分の延長に突入した所で教授がペンを置いてくれた。
そんな訳で、急ぎで待ち合わせのレストランへ向かっている。
湯皆やリリアナからは「絶対に遅れないでくださいよ」と念押しされている。
あの二人も妙にそわそわしているかと思うと「ここが勝負所ですね」とか「翼さんに負けないのですよ」とバチバチと目を合せるとそれぞれのドレスコートに専念していた。
恐らくだが、一流ホテルのディナーが俺以上に楽しみで仕方ないのだろう。
そんな訳で、湯皆達には遅れる旨を連絡したいのだが……。
スマホを取り出すと充電が完全に切れており、真っ暗な画面が映るだけ。先日充電器にセットしていたのだが、コンセントが抜けていたのか充電されなかったようだ。
お陰でどちらにも連絡を取る事が出来ず、こうして急いでいる訳だ。
「このまま走ればどうにか間に合うか?」
待ち合わせ時刻まであと5分。公園を横切る際に時計を確認した俺は、ショートカットの公園を全力で走るのだが……。
ふと足が止まってしまう。
「あーーーーん。おがぁーーざーーーん」
それと言うのも、迷子の女児を目撃してしまったからだ。
泣く子と鬼には勝つことが出来ない。俺は目の前で無く女児に足を止めさせられてしまった。
「いや。今からなら間に合うんだ」
俺が何もしなくても他に通りかかる人が何とかしてくれるさ。公園内にそれ程人が居ないとはいえ、ここは都内だ。
すぐに人が通りかかって女児を保護するだろう。
俺はそんな事を考えて目の前の女児を振り切るように通り過ぎた……………………。
「おい。そこの子供」
「ふぇっ?」
俺が声を掛ける事でその女児は一瞬泣くのを止める。そして声を掛けたのが母ではなく知らない男だと認識すると。
「おがぁああーーざーーーん。しらないおにーぃぢゃんがぁぁーーゆーーーかーー」
「ちょっと待て。こっちを見ろっ!」
突然誘拐犯扱いされかけた俺は掌を前に突き出す。そして女児がそれに注目すると……。
(
心の中で物体を取り寄せる。
「ほら。俺は怪しいもんじゃない。通りすがりの手品師だ」
転移魔法を使って引き寄せたおもちゃ。それを女児にプレゼントしながら諭す。
「凄いっ! なんで。どうして。魔法みたいっ!」
目をキラキラさせて喜び始めた。魔法なんだけどね……。
落ち着かせたとはいえ、時間があるわけではない。迅速に説得しなければ。
「お前。迷子なんだろ?」
「う。うん…………」
自分の境遇を思い出したのか、女児が目元を潤ませ始める。このまま泣かせたら先程の二の舞。俺は先手を打つと。
「すぐそこに交番がある。俺が連れて行ってやるから」
そういって手を差し出すと女児は素直に握ってくる。
色々てこずったがこれで安心だ。目的のホテルのちょっと前に交番があるのは確認済み。
後はそこで迷子を押し付けてしまえば俺はスッキリした状態でホテルのディナーへと向かう事が出来るのだ。
俺は歩みが遅い女児の歩幅に合わせると交番を目指した。そして…………。
「パ、パトロール中?」
交番は施錠された状態で誰も居なかった。
「……おまわりさん。居ないの?」
状況が解ったのか女児も不安そうな顔をしてみている。
俺は焦りを浮かべていた。このままこの女の子に「ここで待ってればそのうちおまわりさんも戻ってくるからね」と言い含めて立ち去るのはたやすい。
ここなら女児の親が警察を頼って訪ねてくる可能性もあるだろうし、天下の代紋の前で不埒な行為を働く人間も早々に居まい。
俺の仕事はここまでで十分役割を果たしていると言える…………。
脳裏に楽しそうに準備をしていたリリアナが、湯皆の姿が浮かぶ。
あいつらをがっかりさせる訳には行かないのだ……。
「あーっ! もうっ!」
「お。お兄ちゃん?」
俺が叫び声を上げると、びっくりした様子で目を丸くする。
「まだ少し歩くけど平気か?」
「う。うん」
こうなったら歩き回って探すしかない。スマホの電池も切れているし、残されたのは足で探す方法だけ。
俺は女児から来た方向を教えて貰うとそれを遡るように道を歩いていく。
女児は駅側から来たようで、丁度戻っていくようなルートだ。
この時点で約束から10分が経過している。だが、一度関わってしまった以上、俺には女児を放り出すことは出来なかった。
結局、女児の親が見つかったのは1時間が経過した頃だった。
あちらも女児を探し回って右往左往していたらしく、遭遇に時間が掛かってしまったのだ。
泣きそうになる女児にジュースを与えたり、お菓子を与えたりしていたおかげか最後には母親と会えて笑顔で手を振って別れた。
そんな俺はとぼとぼと歩くとようやく目的のホテルへと到着した。
恐らくだが、湯皆もリリアナも時間的にデザートを食べている所だろう。だが……。
「えっ? どうしてここに?」
俺の予想とは裏腹に、リリアナと湯皆は外で俺を待っていた。
「迷子の子供の親見つかりましたか?」
「見つかったけど……。どうして知ってる?」
俺の言葉にリリアナが答える。
「見てたのですよ」
なんでも、俺がホテルの前まで来るのを二人は目撃していたらしい。
「だったらどうしてここに? 先に入って食事してたんじゃないのか?」
俺が迷子を連れて引き返したのは知っているはず。俺が間に合わないと知っているのなら二人でディナーを楽しめばよい。
「そんなの放っておけないからに決まってるじゃないですか」
湯皆が交番に残って母親らしき人物が現れるのを待っていたらしい。リリアナは俺を追いかけつつ、自身も探していたらしい。
そのお陰で無事に母親に会えたのだが……。
「二人ともすまん」
「えっ?」
「どうして謝るのです?」
俺の謝罪に二人は目を丸くすると。
「だって、二人ともこのディナーを楽しみにしてたんだろ?」
シリウスも総一郎氏も三人が仲良くと言っていたのに。これでは仲良くするどころか亀裂が入ってしまう。
頭を下げる俺にリリアナが。
「リリーはむしろ嬉しかったのです」
「えっ?」
「そうですよ。唐山さんならそうするんじゃないかと私も思ってましたからね」
「お前ら何を……」
「サトルさんはいつもそうやってリリーの事も大切にしてくれたのです」
「そうそう。何気なく優しい顔であの女の子の頭を撫でて上げた時なんて、相手が小さい子なのに嫉妬しちゃいましたよ」
二人は笑顔を向けるとまったく同じ言葉を言った。
「「そんな唐山(サトル)さんが好きですよ」」
「結局、ファミレスになっちゃったな……」
予約時間に入れなかったせいで店に入れなかった俺達は夕飯を帰宅途中のファミレスで済ませていた。
二人は笑って許してくれたが、どうにも申し訳ない気分だ。
「あれだけ楽しみにしていたディナーなのに本当にごめん」
「もうっ。あれだけ謝ったじゃないですか」
「そうなのです。これ以上は聞きたく無いのですよ」
「だけど、こんないつでも来れる店で三人仲良くって」
総一郎氏やシリウスの趣旨とも反すると思うのだが……。
「わかってないですね。唐山さん」
「そうなのです。サトルさんは誤解しているのですよ」
「俺が何を誤解しているって?」
これまた疑問を浮かべていると。今度も二人揃って言う。
「「何処で食べるかじゃなくて、誰と食べるかで美味しさは変わってくるんです」」
そう言われてぱくついた料理は確かに普段に比べて美味しく感じられたのだった。
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