第44話居なくても悩ませる男

「それで。唐山君の待遇についてじゃったな」


 お互いの世界の流通に関する打ち合わせは済んだ。まだ最初の取引を終えただけで、それぞれの世界で価値がある物の見極めは出来ていない。


 だが、今後を考えると最初の取引は悪くない感触で終わった。


「ああ。ある意味この件については早急に決めておく必要がある」


「それはどういう事なのかのう?」


 総一郎は右手で顎に触れる。


「あいつは俺達の世界を繋ぐ唯一の存在だ。もしあいつに死なれでもしちまったら二つの世界は永遠に閉ざされるだろう」


「なぜじゃ?」


 事が魔法による案件だったので総一郎はピンと来なかった。


「他に魔法を使える者に引き継がせる訳には行かないのかのう?」


 魔法という事なら同じ転移魔法を使える人間を連れてくれば良い。総一郎は安易に提案したのだが。


「そいつは無理だな。転移魔法はこっちの世界でもSSランクに相当するレアスキルの一種だ。俺が知る限り歴史上で100人も存在してなかった筈だ」


 最後に確認されたのは今から十数年前。帝国カーバンクルで発見された転移魔法能力者は過酷な逃走の末にシリウスの国でロストしたらしい。

 そしてそれ以降、転移魔法能力者は見つかっていないのだ。


「なるほど。そうすると転移魔法の持ち主が見つかるのを待ちつつ唐山君に依頼する事になるのじゃな」


 実際。シリウスも転移魔法のスキルを持つ人間を探してはいるが、各国が奪い合う人材を簡単に見つけられるとは思えなかった。仮に見つけたとしても……。


「半分正解だな」


「という事は半分は外れておると?」


 その問いにシリウスは頷く。


「転移魔法はにしか移動できねえんだ。つまり、悟が没した後で能力者が見つかった所で手遅れってわけだ」


 両方の世界を結べる転移ゲートを開けるのは二つの世界を合せても悟だけ。その言葉に総一郎は再び考え込む。


「じゃとするとおかしい。唐山君は何故こちらの世界と行き来が出来るのじゃ?」


 その問いにシリウスは「あくまで推測だが」と告げると。


「こっちの世界には時折、が紛れ込む事がある」


 記憶が曖昧で異なる言語を話す人種が現れると古くから伝えられている。

 シリウスは王族だ。他国を訪問した際にそのを遠目に見た事がある。そして、その者たちの特徴はこちらの世界で見た人間に一致していた。


「だったら、その逆が起こってないと言い切れる根拠は無いからな」


 シリウスの世界でも人間が突如消えたという昔話は少ないながらも存在している。


「つまりシリウス殿は、唐山君は元々そちらの世界の人間と思うておるという事じゃな?」


 その言葉にシリウスは頷く。


「ああ。アイツはこっちの世界の人間と比べて髪も顔も違う。どちらかと言うと俺の世界に多く存在するような髪と顔をしてやがるからな」


 推測にはなるが、恐らく帝国に追われた転移魔法能力者には子供がいたのだろう。そして一緒になのか途中ではぐれたのか解らないが、悟はイレギュラーによりこちらの世界へと渡ったのだろう。


「確かに。ワシの調査では彼は捨てられている所を拾われて孤児院で育ったそうじゃ」


 それはシリウスの説を補足する言葉だった。


「正直今ならまだ間に合うんだ。お互いの世界の話も俺達と極一部しか知らねえんだからな」


 今ならば自分達だけが呑み込めば元の状態に戻せる。だが、時間を経つにつれて流通が始まる。そうするとそこに利益が生まれ、更なる需要が高まるだろう。

 その状況でお互いの世界の入り口が閉鎖された場合、今まで手に入った物が手に入らなくなる。


 そうなれば少ない残りの物資を巡って争いがおこるのは明白だ。


「じゃがワシらも引く気は無い。既に未知の道具に対する期待をしてしまっておるからな」


 シリウスが言う事については理解できる。彼が総一郎の記憶を消そうとしたのは自らの身の安全よりもまず悟の安全を確保したかったからだ。


「転移能力者の不足に関しては理解したのじゃ。それで具体的な案はあるのか?」


 悟一人という絶望的な状況にも関わらず、シリウスに慌てた様子はない。恐らく何か策があると総一郎は踏んだのだが。


「…………ある。まあ、今も実行中なんだけどよ」


「ふむ。その方策とは?」


「こっちの世界では優秀なスキルを持つ人間同士が子を成した時、親と同種のスキルを得られる事があるんだ」


 それは優秀な遺伝子同士をかけ合わせる事でより優秀な子孫が生まれるという生物の本質に迫る内容だった。


「つまり。優秀な人物と唐山君を結婚させて子作りをさせる。その子供に転移魔法が発現すれば現状を脱却できるという事か」


 その言葉にシリウスは頷く。


「となるとその相手と言うのはリリアナちゃんという事じゃな?」


 先日の婚約者発言と合わせて考えると理解できる。なるほど、シリウスも既に手を打っていたのだ。

 安心した表情を見せる総一郎に。


「ところがだ、肝心のサトルの奴なんだが、一向にリリアナに手を出していないみたいなんだよ」


 温泉旅行の際にも話をしたのだが、どうやら悟にとってはリリアナは恋愛対象と言うよりも保護すべき対象らしく。強精効果の強い食材のポンッス料理を食べさせても欲望に耐えきる程だった。

 リリアナの容姿は飛びぬけている。元の世界でなら既に嫁いでいてもおかしくない年齢であり、事実、好色な貴族からの打診もあった程なのだ。


「それはもしかするとこっちの世界の成人が二十歳からと言うのがあるのかもしれんな」


 悟はリリアナに対してお酒を飲ませない。あっちの世界では成人しているのだが、悟の基準では未成年扱いなところがあるからだ。

 更に言うと悟は幼少期を孤児院で過ごしている、孤児院では年長として幼子に懐かれては頭を撫でたりというスキンシップを頻繁にとっていた。年下に対してそう言った邪な気持ちを抱かない様に心をセーブしていてもおかしくはない。


「それは……あるのか……だとすると……」


 リリアナが気長に成人するまで待つつもりはシリウスにもない。こうなったら他の人間、少なくとも悟と同年齢以上を用意しなければならないと考えていると。


「その子作りの件じゃが、片方の世界でと言うのはバランスが悪いと思わぬか?」


「……どういう事だ。総一郎」


 その言葉にシリウスは考えを中断する。


「転移魔法に関する遺伝の継承。それが必要なのは理解したのじゃ。じゃが、その継承権を片側の世界だけで持ってしまった場合、継承が成功したとしても遠い未来に争いが起きるのではないか?」


 極端な話、能力を保有している側が首を横に振れば断交する事が出来てしまう。それでは一方的な取引が発生してしまう事になる。


 お互いにフェアな立場を貫く観点からも、能力を獲得する観点から見てもより安全に事を進めるに越したことはないのだ。

 シリウスは総一郎の言葉が一理あると頷くと。


「候補はあるのか?」


 シリウスの了承にも似た言葉に総一郎は頷くと。


「うちの孫娘じゃよ。傍から見ていても解るが、恐らく唐山君の事が好きなんじゃろう」


 祖父としては応援してやるつもりだった。自分の娘にしてしまった仕打ちに対する贖罪もある。何としても翼には幸せになって貰いたい。


 その為に、総一郎と雪乃は翼が連れてくる相手を全力で肯定するつもりだったのだが。ここにきて逃がすわけにはいかない理由も追加された。


「……あの天然め。俺の事で文句言うくせにやる事やってんじゃねえか」


 人にケチをつける癖に自分にも隙が大きい友人にシリウスは怨嗟の声を漏らした。


「問題はじゃ。どうやって唐山君をその気にさせるかじゃな」


 あれほど愛らしいリリアナを目の前にしての鉄の精神力を誇るのだ。

 総一郎達がごり押しした所で即座に頷くとは限らない。


「ひと騒動起こして揺らしてみるのはどうじゃ?」


 例えばリリアナと翼にお見合い話を持ってきてそれをぶち壊すために悟が奮起する。

 お見合い会場に乗り込んできた悟の本心を問うて、「二人を愛している」と言わせてみのハッピーエンドを演出する。


「ふーん。良く出来てるじゃねえか。総一郎はそっち方面も得意だったのか」


「いんや。良くありがちなドラマの展開じゃ」


 そんな総一郎の言葉にシリウスはこの作戦が有りか無しか考えるのだが。


「それやると後で三人から睨まれないか?」


 演技とはいえリリアナに見合いの通達を出すのは絶望の表情をさせるに等しい。

 総一郎にしても過去に娘にされた悲しい顔を思い浮かべると恐ろしい程に胸が痛み始めてストレスで胃酸がではじめた。


 リリアナと翼の悲しそうな顔が二人の脳裏をよぎる。次の瞬間二人は――。


「なしじゃな」


「ああ。止めておこう」


 そういって自分たちの作戦を撤回した。


 結局、触らぬ悟に祟り無しと判断を下した二人は。

 リリアナと翼には今後それとなく釘を刺す機会を設ける事にしてその日の会議をお開きにした。


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