第43話密室で二人きりの秘密を共有する男

「はえー。私が卒業旅行してる間にそんな事になってたんですか」


 茶碗を片手に湯皆が感心そうな声を上げる。


「お前。そうなるって解っててあの宿を紹介したんだろ?」


 じゃなければ、偶々宿泊した場所で総一郎氏と出くわすわけがない。こいつなりに意図があったに違いない。


「でもお陰でこっちの世界とあっちの世界の架け橋が出来たんですよね。これって私のお陰じゃないですか」


 そういってご機嫌そうにご飯を食べる。その様は「してやったり」という感じで掌で踊らされたようで若干むっとする。


「まあ確かにな。俺も頼まれてた件が片付いたから良かったけどよ」


 元々シリウスに頼まれていたのはこっちの世界の偉い人を紹介して欲しいという話だった。

 この場合、偉いの条件は政治を取り仕切るでは無く、どうやらあらゆる意味で融通が利く、秘密を守れる、等の条件に当てはまる人物を指していたらしい。


 総一郎氏がその条件に当てはまっていた為、俺に対する依頼は今回で完了となった。


「だったらもっと私に感謝してもいいんじゃないですか?」


 異世界との交流は慎重に進めたいらしく、シリウスも総一郎氏もこれまでより一層の注意と協力を俺に促してきた。

 あまりにも真剣な態度だったので俺も出来る事があるなら積極的に協力はしていくつもりだ。


「それとこれとは別問題だ」


 湯皆は先程までの機嫌のよさそうだった表情をなり潜めると。


「どうした?」


「そんな事よりも祖父と祖母が無事で良かったです」


 肺の奥から息を吐きだすと心の底から安堵している様子を見せた。


 湯皆にはこうなった経緯を話してある。その際に、総一郎氏の誘拐事件についても触れていた。


「そっちの方は湯皆の手柄でもあるな。もし俺達が居なかったら今頃どうなってたか」


 こうして食卓を囲むことが出来なかったのかもしれない。俺は湯皆とリリアナが居るこの食卓が気に入っている。誰かが犠牲になっていた場合この光景は恐らく実現しなかっただろう。


「リリアナちゃんも有難うね」


「ほぇ? どういたしましてなのですよ」


 リリアナはもぐもぐと咀嚼すると良くわかってないようだが返事をした。


「それよりお前。良いのか? そろそろ入学式の時間だろう?」


 清潔な白のフリルのシャツに黒のフレアスカート。椅子には同色のスーツとバックが置かれている。

 今日は湯皆の大学の入学式だ。


「うへぇ。面倒なんですよねぇ。唐山さん付いてきてくださいよぉ。今日はオフなんですよね?」


 確かに。俺の大学も今日が入学式なので休みではある。だが…………。


「無理だな。この後総一郎さんをあっちの世界に送らなきゃならないからな」


 総一郎氏もシリウスもとにかく予定が過密だ。毎日文通宜しく二人の間でやり取りはしているのだが、こうして纏まった時間が必要らしく、本日はゲートを開いて欲しいと前々から頼まれていた。


「いいなぁ。こんな事になるなら私も入学式に出ないでおけば良かったです。絶対ファンに囲まれますもん」


 アイドルだからな。

 薄っすらと化粧をしており普段より大人びて見える。普段見慣れないスーツ姿という事もあいまって直視できないレベルの眩しさを湯皆は放っていた。


 俺ですらこれなんだからファンたちが見たら気絶するか大挙で押し寄せて身動きが取れなくなるんじゃないか?

 俺がそんな疑問を浮かべると。


「警備をお願いしてるのでそこら辺は大丈夫だと思うんですよね」


 そう言いつつも不貞腐れた様子をする湯皆に俺は根負けすると。


「解ったから。今度また連れてってやるからよ」


「本当ですかっ!? 言質。取りましたからねっ!」


 指をぴっと立てるとウインクをするのだった。







  ☆




「ふーむ。それぞれの文明レベルを比較すると、うちの研究所のコンピューターで計算した所、と出ておるのう」


「ああ。こっちも魔法で解析してみたが、進化の方向性が違うだけで同じ速度で進化しているようだぜ」



 王城の一室。シリウスが極秘の話をする際に使用する魔法的セキュリティが完備されている部屋で二人は対談をしている。

 この部屋は魔法自体を無効化する魔法陣が使われていて、悟の転移もその例外ではない。


「取り合えず試しで取引できそうな道具となるとこの辺とこの辺か?」


 それぞれが持つ紙束にはお互いに入手して渡せる文明の利器が注釈付きで書かれている。


「それにしてもこのトランスレーションリングは便利じゃな。相手の言葉を直接脳で変換して聞き取り、相手に伝える時も自動で変換してくれる。脳に直接作用するという機能だけとっても他に利用できそうじゃ」


 対談の際に言葉が通じるようにと翻訳リングを渡されている。

 魔道具の素晴らしい性能について総一郎が褒めると。


「そっちもだな。このパソコンもそうだが、スマホやプリンター。映像を記録する魔道具や魔法が無いわけじゃねえが、こうも簡単な操作で誰でも使えるとなると利用価値は計り知れないぜ」


 決して出来ない訳では無い。魔法陣を展開して映像を記録する事も中空に映し出す事も可能ではある。だが、緻密な魔法陣を書くのも、そこに魔力を通すのも優秀な人材と費用が掛かりすぎるので多用出来ない。


 上空から撮った映像を軍全体でプロジェクターで共有する。それだけとっても軍事的に圧倒的優位になるし、トランシーバーを使えば魔力を感知される事無く情報のやり取りを行え、連携のとれた軍事行動が可能になる。

 秘密裏に行うという前提なのでこれらの他、地球の武器などは流出の制限を設けているが、もしこれらが手に入るとなるとこちらの世界の戦争に革命が起きかねない。


「こうなると、本当に個人的に使うぐらいか、それぞれの技術を上手く取り込んだ新技術を確立するしかないのう」


 お互いの技術がそれぞれの理論で解明できないのだ。ブラックボックスを便利だからとそのまま利用する事になればいずれ手痛いしっぺ返しを受ける事になる。

 性急な融合はお互いの世界に良くないとの見解が総一郎とシリウスの間で一致している。なので……。


「当面は少しづつお互いの世界の道具を渡して研究する形だな」


 食料なんかについても何が害をなすかもわからない。アレルギーから疫病まで様々なケースが考えられるのだ。慎重に進めていくしかない。


 取り合えず、本日持ってきたパソコンとスマホ。発電装置等など。これらをシリウスが使いこなせるようになれば政務が楽になる。

 聞けば国を運営する書類関連にしても、全て紙でのやり取りなので税金の集計やら領地の管理やらで資料を引っ張り出して見直すだけでも一苦労だとか。


 総一郎も若い頃はパソコンが無かったのでその苦労は良く知っている。なので、そう言った文明の利器の使い方を教えるのもまた楽しみの一つであった。


「こっちも服を一度に八着も入れられる魔道具は便利じゃな。防弾チョッキやらをいれておけばこの前のような事件でも助かるからの」


 新しいおもちゃを手に入れたように総一郎も魔道具を喜んでいる。お互いが、新しい文明の利器に頬を緩めていたのだが……。


「さて。今日の所はこのぐらいか。次はいつになるのかのう?」


 要件が済むと次のスケジュールについて考えなければならない。時間を掛けて交流とはいえ、総一郎は年なのだ。

 自分が生きている内に出来る限りを進めておきたい。


「それなんだが、俺達には優先して解決しなきゃいけない問題が一つある」


「ふむ…………。あの件かのう?」


 総一郎も考えついたらしい。お互いに一人の人物を思い浮かべると…………。


「唐山君の待遇についてじゃな」


「サトルをどうするかについてだ」


 二人の言葉で部屋を静寂が包む。どうやらまだ極秘会議は終わらないようだ。


 

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