第42話嘘を言わない男

 外では趣のある京の都の景色がせわしない速度で流れていく。

 シリウスとクリスティーナさんはその風景を物珍しそうに窓に張り付くと眺めては俺を間に挟み二人で何やら話をしていた。


 聞こえてくる内容は自分達の世界の道や建物の作りの違いや、材質。人々の表情に至るまで様々だ。


 先日。総一郎氏による「見せたいものがある」との発言を受けた。

 シリウスは俺の能力と自分たちの素性を知る人間が増える事を警戒しており、記憶を消そうとした。だが、総一郎氏の言葉に興味を惹かれたのか、その決断を一時保留にしたのだ。


 とはいえ、総一郎氏を一人にするわけにいかず、結局両者の希望によりリリアナが見張り役として総一郎氏に同行する事になった。


 そんな訳で現在はリリアナは別行動をしている。


 朝起きると、総一郎氏の使いの人間――恐らくホテルのチーフなのだろうが、俺達をレストランに案内すると食事を運んできた。

 それは俺が今まで見た事のない程豪華な食事で、普段から王族専用の食事をしているはずのシリウスとクリスティーナさんもこちらの食事に感銘を受けていた。


 特にシリウスは次から次へと運ばれてくる食事を食べるとお替りまで要求する始末だった。


 そして食事を終えて休んでいると再びチーフが現れて、「外にハイヤーをまわしてあります」と言ったのだ。


 現在の俺達はそれに乗って移動をしている最中だ。


 新幹線でもそうだが、シリウスは異世界旅行を余すことなく堪能するつもりらしく何を見ても興味が尽きないようだ。

 クリスティーナさんも旅行中は時折メモを取っており、俺にはこの二人が本当に新婚旅行で来ているのか、視察旅行で来ているのか判断がつかなくなっていた。


「おう。サトル」


「なんだ?」


「まだ着かねえのか?」


「数十分って言ってたからもう少しじゃないか?」


「……そうか」


 何やら気難しい顔をして押し黙る。そして再び窓を見る。

 そしてさらに数分が流れると。


「……ぉう。……サトル」


「だから何だ?」


 俺は会話が無かったのでスマホで湯皆の相手をしている最中だったのだが、シリウスが青ざめた顔を向けてくる。

 何か問題でも発生したのか?


「実はだな」


「うん」


「何か凄え気持ち悪くなってきたんだが……」


「あんだけ飯食って車ではしゃげばそうなるだろうよ」


 まさかの車酔いのようだ。新幹線では平気だった癖に変な奴だ。俺がその事を指摘すると。


「いや。新幹線は速度が早くて自然の景色しかなかったから良かったんだが、街並みをこの速度で走ってるとみる物を全部目で追っちまうんだよ」


 流れる景色をすべて追いかけていたら酔ったと宣言される。


「こういう時こっちの世界じゃどうするんだよ?」


 元々俺も乗り物にそれ程乗ったことがある訳じゃない。俺は少ない乗車経験の中で乗り物酔いした人間の対応を思い浮かべると。


「この袋を持つんだ」


「うん。持ったけどどうする?」


 素直に俺の言う事を聞くシリウス。


「吐き気が堪えられ無かったらそれに吐け。そしたら楽になる」


「ほ、他に方法はねえのかよ?」


 まあ本当は転移で一度戻すとか外の空気を取り込むために窓を開けるとかあるのだろうが。それをすると運転手に色々見られてしまう。


「ないな。我慢しろ」


 俺の宣告にシリウスは顔をますます青ざめると覚悟を決めて耐え始めた。






「クリス。回復魔法をかけてくれ」


 何とか吐くことなくハイヤーから降りたシリウスはクリスティーナさんに魔法をねだっていた。


「シリウス様。回復魔法では恐らく治らないかと思います。あれは体力を回復させたり怪我を治したりするものです。あちらの世界でも馬車酔いするものはおりましたが、錬金術師が調合した薬でなければいけませんよ」


「なん…………だ…………と」


 絶望的な顔をする。そんなシリウスを見ていると。


「あっ。サトルさん達なのですよ」


 リリアナの可愛らしい声が聞こえてきた。


「リリアナか。迷惑はかけなかったか?」


 名目的には二人の見張りだが、俺としては保護者として確認しておく必要がある。


「はいなのです。リリーは良い子にしていたのですよ」


 嬉しそうにじゃれついてくる。ケモミミと尻尾は無いが、あればパタパタと動かしている事は想像出来た。

 俺はリリアナの頭をわしゃわしゃと撫でていると。


「御足労頂いたようじゃな」


 総一郎氏が現れた。






「それで。爺さんよ。ここは何なんだ?」


 案内されるままに建物の中を歩いている。俺達は入場の際に首からぶら下げるゲストカードを渡されている。


「ここは、ワシが個人で所有している研究所じゃ」


 なんでも、湯皆グループの研究とは別に総一郎氏が個人的に欲しい物を研究させる施設とのこと。


 国内外の博士号持ちの優秀な科学者が日々総一郎氏の欲求の為に研究を行うのがこの施設らしく、それを語る総一郎氏はどことなく誇らしげであった。


「おっと。ここじゃここじゃ」


 いくつの部屋を通り過ぎると、総一郎氏はスリットにカードを通すと部屋へと入っていく。


「ここに何があるんですか?」


 俺は気になって聞いてみる。目の前には台座があり上にはデザインの良いサークレットが三つ並んで置かれている。


「これが爺さんが言っていた見せたいものか? 中々良いサークレットだが、贈り物なんかじゃ俺様の考えは変わらないぜ」


 車酔いから大分回復してきたのかシリウスが総一郎氏に問いかける。


「贈り物? これはそう言った物ではないぞ」


「じゃあ何なんだ?」


 シリウスの問いに。


「これは身に着けた人間の脳波の状態を読み取る送信機なのじゃよ」


 総一郎氏の説明に俺達は全員が首を傾げる。


「爺さん。もう少し解りやすくお願いします。それでは理解できませんよ」


 同行していた雪乃氏の言葉に。


「まあ言うなれば嘘発見器という奴じゃ。脳波の状態を読み取りそっちにある受信機に送る。そしてその者の言葉が正しければランプは青に。嘘を付けばランプは赤く光るのじゃ」


 その言葉に俺はがっかりした。


「唐山君や。期待外れじゃったか?」


「まあそうですね」


 俺は大学で心理学の授業も専攻している。その中で「嘘発見器は本当に効果があるのか?」という研究成果について触れたことがある。


 警察などが犯人に対して行う尋問の際に用いる嘘発見器。これは厳密には嘘を特定している訳では無い。その犯人しか知りえない情報を投げかけた時のポリグラフ検査による生理反応を見る為の物なのだ。

 だからこそそれを知っている人間には嘘発見器は効果が著しく落ちる。


 まさか総一郎氏の研究所の最先端技術と言うのが子供だましだったことに俺は落胆を覚えてしまったのだが……。


「世間でいう嘘発見器は確かにまがい物じゃな。じゃが、ワシの研究チームが100憶の研究費を掛けて制作したこれは違うぞ。人間の行動パターンを数億に分別し、ありとあらゆる表情や心拍。その他の条件を読み取りその人間が何気なく自然に呟いた嘘にでも反応してみせるのじゃ」


 総一郎氏はそういうとシリウスに向き直る。


「シリウス殿。もしよければそれをつけてそなたの世界の情報を話してくれんか? その内容に嘘ああればワシは即座に見破って見せる」


「おもしれえ。やってやる」


 総一郎氏の言葉にシリウスはサークレットを身に着ける。


「そんじゃまず小手調べだ。先日除隊させたヴェルガーだが、所属していた時も目に余る行動をしていたんで炭鉱に送って鉱脈を掘る仕事に就かせた」


 堂々とした態度でシリウスは言った。態度からして普段通りであり、真実を知っているであろうクリスティーナさんを除けば見破れないのではないだろうか。

 そんな事を考えてランプを見ると赤く光って見えた。


「嘘と出ておるな」


 あっさりとした総一郎氏の言葉に。


「まあな。本当に送り付けてやるつもりだったが、あいつその前に逃げたからよ」


 シリウスもこれまたあっさりと認める。ヴェルガーの不幸話がガセだったのは残念だ。


「じゃあ次だ。俺は今から数年前に偶々遠征した先で遭遇した若竜を単独で撃破した事がある」


 これは聞いた事がある話だ。シリウスが竜を倒せることは逸話として聞き及んでいる。恐らくは嘘っぽい話をする事で総一郎氏の発明品の審議を問うつもりなのだろうが、これに関しては本当の筈なのでランプは――。



 この質問にも総一郎氏はランプを見ると。


「これも嘘じゃな」


 ランプは赤く光っていた。


「殿下! 嘘だったのですか?」


 これに驚いたのはリリアナだった。


「ああ。もしかしてお前が爺さんに情報を漏らしてるかと思って試してみたんだが。確かに俺は単独で竜を倒せる実力は備えちゃいる。だが、王族たるものわざわざ危険を冒す必要は無いからな。倒すのには周りの力を借りたに決まってる。噂が流れたのは俺が誘導したからだ」


 為政者として名声が必要だったからとシリウスは答えた。


 それからシリウスは異世界のいくつかの嘘を付いたり真実を述べたりしたのだが、総一郎氏はそのすべてを看破して見せたのだった。





「なるほど。こりゃすげえな」


 検証を終えたシリウスはサークレットを外すとまじまじと見て感心そうに呟いた。


「俺の世界に持って帰って後ろ暗いことがある大臣を問い詰めるのに使いたいぐらいだ」


「ほっほっほ。気に入ってくれたようじゃな」


「それで。これが優れた道具だという事は理解したが…………」


 それはそれである。いくら道具が凄かろうが、総一郎氏を信用するかどうかは別問題だ。


「なあに。ワシの事を信じてもらうのならこのサークレットをワシが身に着けた状態で質問をするとよい。さすればワシがどれだけ本気かわかるじゃろ?」


 シリウスと総一郎氏の視線がぶつかる。二人はお互いに引くつもりがないのか、暫くの間目を外さないでいると。


「いや。その必要はねえだろうな」


 シリウスが言った。


「爺さんが見せてくれた道具はこれだけを見ても俺達の世界にはない優秀な道具だ。今朝の食事も移動の乗り物も。こうした設備も。一般の人間がおいそれと用意できるもんじゃねえ」


 これ程の科学技術は類を見ない。


「だからあんたをこっちの世界の初めての取引相手として認める。今までの非礼は詫びさせてもらうぜ」


 そういって手を差し出す。その手を総一郎氏は握ると。


「こちらこそ宜しく頼むのじゃ」


 握手に応じるのだった。





「そういえば。何故この嘘発見器は禁断の機械なんですか?」


 シリウスと総一郎氏が和解した所で俺は気になっていた質問をしてみる。

 これだけ高性能な道具なのだ。世の中に出回れば様々な事件や詐欺被害を抑える事が出来るのではないか?


 俺の疑問に総一郎氏は答えてくれた。


「まず一つはコストの問題じゃ。この装置だけで100憶。送信機は1台で一千万ほどかかってしまうのじゃ。量産させるには費用が足りんからな」


 なるほど。だが、それにしたって必要な場面は出てくるはず。


「もう一つは強力すぎる事じゃ。どのような嘘も見破れるこれは使い方を誤ればその人間の人生そのものを丸裸にしてしまうのじゃ」


 確かに質問内容を考えればその人物の全てを暴く事が可能だろう。


「まあ。ワシらのように潔白な人間なら問題無いがのう」


「そうだな。俺らみたいな裏表がない人間なら恐れる必要は無いだろうぜ」


 仲良く笑いあう二人。その背後でキラリと目が光ると。


「なるほど。ところでシリウス様。ちょっとそのサークレット被っていただけます?」


「爺さんや。ちょっとそれ被ってもらえませんかね?」


「「へ?」」


 二人は言われるままに送信機を被ると。


「結婚前にお聞きした女性関係の噂を確認させて貰いますね」


「秘密口座にあった資金の流れ先について聞かせて貰うわよ」


 その瞬間。二人の顔がサーっと青くなった。


 その後、二人は雪乃氏とクリスティーナさんに己の業を暴かれて打ちのめされるのだった。


 余談だが、この事がきっかけで連帯感が生まれた二人はこの先より良いビジネスパートナーへと成長したとか何とか…………。



「うんしょっ……なのです」


「うん。リリアナどうした?」


 リリアナが俺の頭に余っていたサークレットを乗っける。


「サトルさんに聞きたいのですよ」


「なんだ?」


「サトルさんはリリーの事好きですか?」


 何とも可愛い質問に俺は頭を撫でる事で返事をした。その時のランプの色に関してはここで語る必要もないぐらいに明白だろう。

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