第40話出会ってしまった二人の男
【サトル視点】
「よし。これで無事救出できるんだな」
目の前の光景では黒服の二人が恐慌状態に陥りながら殺人鬼に向かって発砲をしている。
残る二人は殺人鬼の先制攻撃により外で気絶しているのでこのままいけば程なく鎮圧出来る事だろう。
全ては作戦通り。
俺がサウナから熱気を引き込んで熱攻めにしてクリスティーナさんが魔法で作ったゴーレムを突入させて倒す作戦は思い通りに進んでいた。
この作戦だが、シリウスの国の騎士団に伝わる敵の捕虜になった時の救出マニュアルらしい。
本来。敵の捕虜になった人間と言うのは攻め込んだ際の人質にされるのがお約束。敵に捕まるばかりか味方を危機に晒してしまうので捕虜には自決が求められる。
そんな捕虜の選択肢を何とか無くしたいと思って考案されたのがこのマニュアルらしい。
魔法で作り出したモンスター型のゴーレムを敵陣に突入させる。そして無差別に襲う風を装って味方を救出するのだ。
相手にしてみれば言葉が通じないモンスターが突如襲い掛ってきたのだ。捕虜なんて気にしている暇も無く戦うしかなくなる。
もし倒せないまでも捕虜を放棄して距離をとってくれれば儲けものだ。
そんな訳で、シリウスの国で実績があるこの作戦を今回用いる事になった。
因みに、何故殺人鬼を出したかと言うと、こちらの世界を勉強する際にリリアナが持ち込んだ映画を見た時に映っていたから再現したとの事だ。
サウナによる熱気で判断力を奪って、現れるはずのない殺人鬼のせいで現場は混乱している。そんな光景を見ていると。
「ちっ。こっちの世界の武器がどの程度なのか戦ってみたかったぜ」
シリウスだけは何もしていないせいなのか不満そうだ。
「なりませんよシリウス様。あなたとサトル様に何かあれば困った事になるのですから」
最初。シリウスと俺は直に助けに行く方法を提案したのだ。
姿を隠す服は用意してたし、シリウスは武器も持っている。相手は拳銃を持っているとはいえ戦闘のプロではないし、魔法で援護してもらえるのなら何とかなりそうな感じだったからだ。
だが、クリスティーナさんは心配性なのか「万が一がある」と男二人を説き伏せると自分の作戦を語って見せたのだ。
この作戦なら黒服を倒した後でゴーレムを消せばお終い。誰にも目撃される事なく事件を終わらせて面倒な追及も及ばない。
総一郎氏は警察から色々聞かれるかもしれないが、そこは何とかしてもらうとしよう。
カメラは壊しておいたので画像は残らない。口八丁で上手くやってもらうのだ。
「はぁ……つまんねえ。俺も活躍したかったぜ。取り合えずもうすぐ終わるだろ。そしたら酒の飲みなおしだ。折角の異世界の酒だからな。しこたま飲まないと失礼ってもんだろ」
気持ちを切り替えて既に終わったつもりのシリウス。俺も同じ判断をしていると。
「……ところがそうもいかなさそうですね」
クリスティーナさんが呟いた。
【リリアナ視点】
「とりゃー。ほっ! なのです」
リリーのキックでマスク男の内の一体が吹き飛んでテーブルに突っ込んだのです。
突如乱入してきた時には慌てたのですが、よく見るとこのマスク男。魔法力で作られていたのです。
鋭いリリーはすぐにピンときたのですよ。このタイミングでの襲撃というからには殿下を狙った不届き者が現れたに違いないのです。
ここでリリーを倒して殿下を狙うつもりなのです。そうはさせないのですよ。
敵のゴーレムは何故か最近見た映画の殺人鬼の姿をしていたのです。
だけど、作り手のイメージが甘いのか単調な動きしか出来ないようだったのです。
これならばクリス様が作るゴーレムを相手に訓練する方がきついぐらいなのですよ。
「アナリーちゃん危ないっ!」
お爺ちゃんの叫びにリリーは即座に飛びのくのです。部屋は相変わらず暑くて汗が流れるのです。だけど動きに支障は無いのですよ。
「任せるのですよっ!」
この場でお爺ちゃんを助けられるのはリリーだけ。グラサンの人達は固まっていて役に立たないのです。
リリーは短期決戦を意識すると地面を蹴ってゴーレムを撃退しに向かったのです。
「はぁはぁ。や、やったのです」
数分の戦いの末、リリーはゴーレム二匹を倒す事に成功したのです。
そのお陰で身体が熱くなり頭がぼーっとするのです。でもお陰でお爺ちゃんは守りきれた筈。
そんな事を考えて達成感を得ていると。
「う、動くなっ!」
グラサンが怯えを見せながらリリーにピストルを向けてきたのです。
「丁度良いのです。このまま倒してしまうのですよ」
さっきはよくわからない内に武器を突き付けられてしまったのです。でも一旦距離をとってしまえば問題無いのです。
「ひ、ひぃっ! く、来るな化け物っ!」
戦闘のせいで獣化させているので恐怖しているグラサンなのです。リリーは研ぎ澄ませた爪を前に出すと――。
「覚悟するのですよ」
委縮しているのです、これなら狩るのは簡単なのです。
リリーは鋭い動きで相手への距離を詰めようと足に力を入れると――。
「あ……れ…………?」
視界がぐるぐる回るのです。立てなくなって足元から崩れ落ちたのです。グラサンが何かを叫んで拳銃をこちらに向けて……お爺ちゃんが前に出てリリーを庇って…………。
そこでリリーの意識は消失してしまったのです。
【サトル視点】
「うーん。もう食べられないのです」
「何寝ぼけてるんだこの馬鹿は」
シリウスが辛辣な声を出し、クリスティーナさんがほほ笑む。
俺は団扇を使ってリリアナを扇いでいた。
「はっ。何やら殿下の罵倒の声が聞こえたのです」
条件反射と言うわけでは無いがリリアナが目を覚ました。
「ここは? 夢だったのですか?」
まだ頭がぼーっとしているのかリリアナは目をしょぼしょぼとさせると俺に聞いてきた。
「ここはホテルの別室よ。リリー。あなたは熱中症で倒れたのよ」
ただでさえ熱いサウナで戦闘を行ったのだ。通常時の何倍もの疲労を蓄積したリリアナはゴーレムを倒した後で意識を失った。
「あれは夢じゃなかったのですか…………。っ!? お爺ちゃんとお婆ちゃんはっ!?」
「落ち着けリリアナ」
焦って詰め寄るリリアナを落ち着かせると事の顛末を話してやる。
あれからリリアナが力尽きると、黒服の二人は拳銃をリリアナへと向けた。
殺人鬼を単独で倒してのけて鋭い獣の爪を持つリリアナに脅威を感じたのだろう。半ば恐慌状態で引き金を引こうとした所で総一郎氏がリリアナに覆いかぶさった。
自身が撃たれる事になるのに身を挺して凶弾からリリアナを守ろうとしたのだ。
その瞬間。俺もシリウスも言葉はいらなかった。
俺が即座にゲートを開くとシリウスが飛び込んで黒服を切り伏せたのだ。
幸いな事に命までは奪わなかったので、今頃は警察に引き渡されている事だろう。
そんな訳で、結局武力により事件を解決させてしまったのだが…………。
――コンコンコン――
「入っても良いかね?」
そういって総一郎氏が部屋に入ってくる。
「こんな部屋を急遽用意してもらってすいません」
倒れたリリアナを介抱するために別室を用意してもらったお礼を言う。
「なんのなんの。このぐらいたいした事無いのじゃ」
からからと機嫌よさそうに笑う。だが、俺には懸念があった。
「平気でしたか?」
何がという質問は無粋だろう。警察への対応の件についてだ。リリアナや俺達の事を伏せて犯人を挙げられたのか?
「うむ。そちらに関しては金光の犯行という事で落ち着いたわい。元々、遺書を書かせようとした書類も残っておるし、捕まえた実行犯もおるからのう」
金光と言うのは総一郎氏の三番目の息子らしい。
「殺人鬼うんぬんやアナリーちゃんについては幻覚をみとったという事で知らぬ存ぜぬを通しておいた」
恐らく権力のお陰もあるのだろう。総一郎氏が答えれば追及できる人間は少ない。そうなるとカメラを壊して置いたのは大正解だったな。
「そうですか。ありがとうございます」
ほっとするのも束の間。俺は心苦しくも言葉を繋げる。
「実は今回の救出についてですが、特殊な事情がありまして…………」
シリウスとクリスティーナさんには当人を説得して魔法で記憶を消す処置をしたいと言われている。
先程の事件で飛び込んでしまった為、俺の転移能力の他にもシリウスの剣やクリスティーナさんの魔法まで見られている。
「それは。そちらの御仁についてかのう?」
シリウスとクリスティーナさんを見る総一郎氏に俺は頷く。
「信じて貰えないかもしれませんが、彼らは異世界から来た俺の友人なんです。身分はとある国の国王と王妃です」
俺の説明に総一郎氏は目を大きく見開く。
「彼らは異世界から来たことを極力一般人には知られたく無いと言っているんです」
その言葉に二人は頷いた。
「なので申し訳無いのですがこれまでの記憶を消させて貰いたいのですが?」
ここで話がこじれると面倒臭い。最終的には力づくになる事も覚悟しなければならないだろう。
「…………なるほど。それで総理に会いたかったと。……つまり――」
「あの。総一郎さん?」
何やらぶつぶつと呟く総一郎氏に声を掛ける。何やら分析をしているよに思考をする総一郎氏に俺が困惑していると。
「おうサトル。話はついたかよ?」
しびれを切らしたのかシリウスが近寄ってきた。
「そちらの御仁。言葉は通じるかの?」
突然話しかけられて眉をピクリを動かすシリウス。
「…………なんだ?」
お互いの目が交差して思惑が飛び交ったようだ。シリウスも総一郎氏も険しい表情をしている。
「記憶を消すのは決定事項だ。あんまり俺らのやる事を部外者に邪魔されたくねえ」
決まっている事実をそのまま告げる。堂々とした態度はまさに王の貫禄。そんなシリウスに俺は一歩引く。
「ふむ……………………やる事」
幾分かの逡巡。
時間にして数分の沈黙。リリアナもクリスティーナさんもシリウスすらも総一郎の顔を見ていた。
そして――。
「ならばその話。ワシに聞かせて貰えるかな?」
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