第39話遺言書を書く男

「ん。挙動不審な奴がいるな」


 食事の後は自由時間となった。

 そんな中、リリアナは総一郎さんの見舞いに行くと言うので俺達はラウンジでお酒を飲んでいた。


 サウナでの勝利により勝ち取った無料パスの権利だ。

 多種多様な高級酒に俺もシリウスも歓喜の表情を浮かべて楽しんでいたのだが……。


「どれどれ。どいつだよ?」


 見渡す限り人はそんなに多く無い。シリウスがこの中の誰を見て様子をいぶかしんだのか?


「あちらのロビーの奥の人達ですね。表情がかたいです。周囲に聞こえないように小声で話し合っているようですね」


 クリスティーナさんも気付いたらしい。この場で気付けないのは俺だけのようだった。


「サトル。あの会話拾えるか?」


 グラスを片手に持ちながらロビーを指さす。


「そりゃできるけどさ。何の為に?」


 今は酒を楽しんでいる最中だ。誰かが仕事のミスをした話をしているのなら聞いても面白く無かろう。


「こういう秘密の会話は聞いておけばそのうち利用できる事もある。リリアナに用意させた録音機を兵舎に仕掛けまくって不満を聞き出した時も役立ったからな」


 シリウスがさらりと文明の利器をあちらの世界で有効利用しているのを暴露した。


「お、おい。一般兵も悪気があって言ったんじゃないんだ。せめて厳罰とか不敬罪だけは勘弁してやってくれ」


 その場に居ない人間の陰口と言えば目の前の暴君に決まっている。彼らの命の灯火はすでに消えているのかもしれないが、間に合う可能性に賭けて嘆願してみた。


「あん? 何言ってんだ?」


 心底理解不能な顔をする。いやね。いくら王様だからって陰口で処刑とかしてたら国家が立ち行かなくなるんですよ。

 賢王というのはたとえ多少悪く言われても飲み込む度量が必要だと思うわけですよ……。


 そんな俺の内心を知ってか知らずかクリスティーナさんが笑うと。


「サトル様。これでも殿下は兵士達に非常に人気があるのですよ」


「そうなんですか?」


「ええ、国内最強の剣の使い手で、数多のモンスターから国を守ってきた英雄ですから。今回の国王即位もこれまでの実績を考慮してのものなのですよ」


「へぇ。最強の剣の使い手ね。今は剣持ってないけどな」


「ん。持ってるぞ」


 シリウスはそういうと右手に剣を握りしめていた。


「馬鹿っ! おまえっ!」


 こんな所で剣を抜くなんて周りが気付いたら騒ぎになる。俺は焦りを浮かべてそれを隠そうとするのだが。


「安心してください。この場を魔法で歪めているので私達の姿は認識できません」


 周囲の視線は確かに向いていない。俺が大声で叫んだのに一切聞こえていないようである。


「そんな剣何処から出したんだよ?」


 手品師もびっくりだ。気が付けばマントも身に着けている。


「指輪の力だぞ。剣を隠してるんだ。暗殺者が襲ってきたら剣を取り出して返り討ちにするんだよ」


 恐らく今までに本当に返り討ちにしてきたのだろう。シリウスの言葉にはなんら気負いと言うものがなかった。


「いいからそれを仕舞ってくれ」


 剣を持つことで言い知れぬ凄みがシリウスからにじみ出る。俺はその殺気にも似た何かのせいで急に居心地が悪くなり懇願するのだった。










「それで。あそこの会話だったよな?」


 改めて依頼された件について確認する。


「ああ。ありゃただ事じゃねえぞ。あんな深刻そうな雰囲気で話してるのを見た時と言えば……」


 深刻度の例を出すつもりらしい。国家の重鎮たちがあんな深刻な顔をするのだ。外交問題だったりモンスターの被害だったり俺の想像もつかないような案件に違いない。


「近衛騎士隊の人間がイリスに行き遅れと呟いて部隊丸ごと半殺しにあった不祥事ぐらいですね」


「すっげえくだらねえっ!?」


 何それ。あっちの世界ではそんな一言で殺し合いに近い状況が生まれるのか。大体そのイリスってのも短気すぎだろう。ちょっとしたセクハラやパワハラなんかは社会に出たら当たり前なんだから我慢しないと。


「あちらの世界では女性は15歳から18歳まで国に従事してそこから結婚するのが最も多いのです」


 クリスティーナさんが補足で説明をしてくれる。


 だけど、イリスなる魔導士は最上級のスキルを持っている事から縁談の相手を選ぶ必要がある。何故なら上級スキルの持ち手同士が婚姻した場合、子供にもそのスキルもしくは他の上級スキルが発現しやすいからという事らしい。


「更に。イリスも自分が認めた相手じゃなきゃ嫌だとごねますからね。とっくに結婚適齢期を過ぎているのでナーバスになっているのですよ」


 ああ。周囲の若い子達が寿退職していく中、いつまでも現役の宮廷魔導士なのだ。それは怒っても仕方ないのかもしれない。


「まあその話は今度聞くとして。今はあっちの話だったな。あいつらの背後に小さなゲートを開く。こっちの声も向こうに伝わるから静かにしてくれよな」


 そう言ってゲートを開くと二人は無言でうなずいた。





 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「緊急救援信号が届いてからすでに5分も経つのですよ。警察はまだ来ないのですか?」


「それが。道路工事の影響で道が混雑しているようで……」


「こうしている間にも湯皆様の安全が保障出来ないというのに」


 何やらきなくさい会話が聞こえてくる。

 俺は音声だけでは判断できないと思い、もう一つゲートを展開する。


 彼らが何かを見ているようだったからだ。


 ゲートの位置を少し調整すると、モニターが目の前に映った。どうやら彼らはこれを見ていたらしい。


「まあ……」


「あいつ。何してんだよ」


 二人の声に俺も苦い表情を作る。そこにはリリアナと総一郎さん。雪乃さん。そして――。


「この黒い奴らが敵だな」


 拳銃を手にした黒服の男が四人居た。






 ☆総一郎視点☆



「この書類の内容を書き写すんだ」


 黒服の一人が拳銃を突き付けながらワシに命令をする。

 わしはその書類とやらの内容を読み上げると溜息が漏れた。


「『湯皆総一郎が保有する財産を湯皆金光に相続させる』か。やはり奴の差し金じゃったようじゃな」


 ワシらがこの宿に泊まっているという情報は出回ってはおらん。親族の中で知っているのは翼じゃが、あやつがワシを売るはずもない。何故なら……。


「遺産は翼に渡すと決まっています。金光なんかに継がせたら湯皆家はお終いですよ」


 婆さんが汚物を見るような目で書面を確認しておった。翼が犯人の場合は相続を放棄するようなもんじゃからな。恐らくはこの旅館に内通者を潜り込ませたのじゃろ。

 最近のワシの健康状態から考えてもここに来る可能性は高かった。


 普段ワシらは実家から出ないからのう。実家にいる時はセキュリティーが万全じゃ。奴としても仕掛けるタイミングを狙っておったのじゃろう。


「いいから黙って書け。命が惜しくないのか?」


 そういって拳銃を突き付けてくる。流石は金光の手下じゃな。頭が悪い。


「論外じゃな。遺言書は実家の金庫に保管してある。ワシが死んだら金庫が開き公開されるようになっておるのじゃ。そうすれば遺産は全て翼へと渡る。ここで死んでも問題無いのう」


「そうですね。私達も老い先短い身ですから。どうせ死ぬのなら最後に金光が悔しがる顔を想像しながら逝くのも一興でしょうか」


「馬鹿な……脅しじゃないんだぞ。本当に殺すからな」


 ワシらが本気で言ってることがわかるじゃろうに。黒服は動揺しながら脅してきた。


「どうぞどうぞ。気に食わぬ息子に遺産を渡すぐらいなら死んだほうがましじゃ」


「私はあの子の事を許しちゃいませんよ。あの子のせいで翼がどれだけ不幸な目に遭ったことか」


「くそっ…………」


 どうやら打つ手に欠いたようじゃな。しかし、事態は深刻じゃな。一応隠しボタンを押したからには救難信号が作動し、カメラでここの様子が見られるようにはなった。

 だが、踏み込んできたのが四人で全員が拳銃を持っているとなるとワシらの生存は絶望的かもしれん。


 これも息子の教育に失敗したツケじゃな。


 ワシが自分の人生について悔いていると――。


 ――コンコンコン――


「お爺ちゃん。サトルさんから言われてきちゃったのですよー」


 外から天使の声が聞こえてきた。何という事じゃ。ワシは既に召されていたのじゃな…………。

 などと一瞬意識が飛んで天に昇りそうになったのじゃが。


「アッ、アナリーちゃんっ!?」


 そうじゃった。アナリーちゃんにお見舞いに来てもらう約束じゃった。ワシが大きな声を上げると黒服たちが。


「ほえっ? お爺ちゃんじゃなくて……怖そうなグラサンなのですよ」


 黒服の二人がドアを開けてアナリーちゃんを引き込んだ。そして。


「いいから書け。こいつの命がどうなっても構わないのか?」


「ひっ!? なんなのですかいきなり。お爺ちゃんこの人達何とかしてほしいのですよ」


 愛らしいケモミミがピンと立ちアナリーちゃんが涙目で訴えかけてくる。こんな時じゃというのにその精巧さに婆さん共々見とれてしまう。


「アナリーちゃんを放すのじゃ!」


「無関係な子を巻き込むのはおよしなさいっ!」


「貴様らが言う事を聞かないからだろうがっ!」


 ワシと婆さんの抗議を黒服は余裕の態度で恫喝する。


「くっ。仕方ないのう」


 最悪時間を稼ぐのじゃ。そうすれば隙が出来るはず。ワシは無理でも婆さんとアナリーちゃんだけは逃がして見せる。

 ワシは言う事を聞くふりをしてペンを手に取った。





 サラサラと文章を書き写していく。幸いと言うべきか、この金光が考えた遺書の内容じゃが、あ奴が優先して欲しい会社や不動産の名前が羅列してあるので書き写すのに結構な時間がかかるのじゃ。

 書き終わった後での見直しで一人の黒服がかかりきりになる事を考えると二人足止め出来ればアナリーちゃんは逃がせるはず。


 そんな事を考えながら額の汗を拭う。…………汗じゃと?


 緊張しすぎて汗が噴き出ているのかと思ったワシじゃったが。


「あ、暑いのです」


 アナリーちゃんは布団にへたってケモミミもペタリと伏せ、尻尾も元気を無くしていた。


「すまんが、ドアを開けて空気を入れ替えてくれんかのう? こう暑いと老体には堪える」


 暖房が壊れておるのか? 先程のサウナ並みに熱気が充満しており、この場にいる全員が汗だくになっておった。


「馬鹿な! 助けを呼ぶかもしれんだろうがっ!」


 浴衣姿のワシらと違って黒服たちはきっちり着込んでいるのでより暑そうじゃ。言うなれば服を着たままサウナで我慢比べをしているようなもの。


「おい。窓を開けるぐらいなら良くないか?」


 たまりかねた黒服の男が確認をした。どうやら上下関係があるようじゃ。


 ワシに拳銃を突き付けておる男がチラリと窓を見る。ここはワシ専用の旅室で地上30メートルの高さにある。屋外の広さも相当で京都の夜景を一望するのには最高なのじゃ。


「そのぐらいなら良いだろう。早く開けてこい」


 そういって部下が二人窓を開けに行く。脱出口が無いと思ってるようじゃが甘い。ワシらしか知らぬ非常口が存在しておる。

 エアコンが壊れたのは不幸じゃが、脱出口へのルートが確保できた。


 後は隙をついて行動するだけじゃな。


 ワシは来るべきタイミングに備えつつ書類を書き写していたのじゃが――。


「お前……どこから……」


「うわああああああ」


 窓の方から悲鳴が上がった。なるほど。すでに動いておったわけじゃな。

 この旅館の従業員にも気骨のある者がおるらしい。


 非常口を使ってここまできて潜伏。そして犯人が出てきたタイミングで襲撃して無効化する。そうするとエアコンもわざとじゃな。

 これだけの機転が利くのじゃ。ワシが無事に戻ったら酬いてやらねばなるまい。


「なんだっ! お前達どうしたっ!」


 焦り声で窓に怒鳴りつける黒服。


「ふっふっふ。甘いのぅ。緊急救援スイッチを押してからすでに15分。おぬしは完全に包囲されておるのじゃ」


 優位を確信したワシは暑さで負荷がかかる中、黒服に言い放つ。


「馬鹿なっ……この為に時間を稼いでただと?」


 アナリーちゃんの乱入やらイレギュラーで時間を稼げただけなのじゃが。結果良ければ全て良しじゃ。自信満々に振舞う事で更なる奥の手があるようにみせ屈服させるのじゃ。


「そうじゃな。ワシはこういう事態を想定していくつもの準備をしておった。この救援もその一つじゃ。選りすぐりのスタッフの中から抜擢した訓練を重ねたスタッフ」


 窓から何かが入ってくる気配をワシは感じた。足音から先程の黒服で無いと確信が出来る。

 ワシは自分の圧倒的な優位を示すために手を広げると窓へと向ける。


「それこそが。湯皆シークレットサービスの面々なのじゃっ!」


 黒服二人が恐れ慄く。婆さんが目を開いて窓を見る。アナリーちゃんが不審人物を警戒するように「シャーーッ」と威嚇のポーズをとる。


 全員が固まる中。窓から入ってくる人物の像がはっきりと目に映る。


「なん…………じゃ…………と…………?」


 入ってきたのは男が二人。ワシの読み通り先程までの黒服は倒されたようじゃ。


 婆さんとアナリーちゃんがワシに近寄ると怯えを露わにする。


「これが……シークレットサービス?」


 黒服の男が震える声で言った。


 無理もない。ワシも完全に動揺しておる。世の中には不思議な現象が多々あるのじゃが今回はあり得ぬのじゃ。


「お爺ちゃん」


 何故なら。


「ひっ。こっちに来ないでっ!」


 ホッケーマスクにチェーンソー。


 日常では見かけようのない組み合わせ。


 そこには悪しき殺人鬼の姿をした二人組がチェーンソーを振り回して威嚇していたのじゃった。



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