第37話新婚旅行で京都を選ぶ男
「それじゃあ。リリーは行ってくるので宜しくお願いするのですよ」
シリウスから面倒ごとを押し付けられてから1週間が経過した。
リリアナはクリスティーナさんから結婚式に参加して欲しいと言われたので諸々の準備をするためにあちらの世界へと帰る事になっていた。
「ああ。分かってると思うけどクリスティーナさんには……」
「殿下の頼みなのです。口が裂けても漏らさないのですよ」
そういうとリリアナはお口にチャックをするジェスチャーをした。
新婚旅行をサプライズで演出したいというシリウスの要望に漏れが無いように対応するつもりだろう。
「それよりもサトルさんこそお願いなのですよ」
今度は自分の番だとばかりにリリアナが要望を出す。
「ああ。新婚旅行先の手配だろ。ちゃんとやっておくって」
シリウスとクリスティーナさんの結婚までなにぶん時間が無かったのだ。
頼まれたクリスティーナさんの衣装はここ数日で買ってきたようなのだが、問題は旅行先についてなのだが難航していた。
何故かと言うと今は受験が終わった直後であり旅行シーズンなのである。どこの旅館も高校生やら大学生の予約が殺到していて満員御礼なのである。
「うう。いまいち心配だけど背に腹は代えられないのです。クリス様の一生の思い出になるので神に祈るのです」
疑わしい視線を感じる。
最初俺は夜行バスで移動して都内の名所を巡るツアーを提案してみたのだが、リリアナに烈火の如く怒られた。
「新婚旅行は一生の思い出なのでケチな事をするな」と。
シリウス達もこっちの世界は初めてなのだから何に乗っても感動すると思ったのだが、恐らく王族がぞんざいな扱いを受けるのが気に入らないのだろう。
それからは心を入れ替えて色んな人の意見を聞いた。
特に日高さんに聞いたときは新婚旅行の完璧な宿選びから観光スポット(カップルで行く定番巡り)まで事詳しく答えてくれた。
惜しむらくは、仕事が忙しくて出会いが無いらしく今のところそのプラン力を生かす機会が無い事だろう。
最後の方では半泣きになりながら「唐山君は好意を寄せてくる相手が居たら逃がしちゃだめよ。社会に出ると本当に出会いとか少ないんだからね」って業界い居るんだから出会いはあるだろうに。
多分。彼女が仕事が出来るので気後れしてしまって男から声を掛けられないのだろう。
「任せろ。俺が最高のプランをもってあの二人をもてなしてやるからさ」
そんなアラサーの呪いが掛かったこのプランを俺が有効利用してやろうではないか。
「……本当に頼むのですよ」
まだ何か言いたそうなリリアナを俺は強引にゲートに押し込んだ。
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「金森さんって結婚してるんでしたっけ?」
場所は変わって金森さんのデザイン事務所。
今日も今日とて俺はここに衣装を貰いに訪れた。
「わたし? 生憎だけど、身を固めても良いと思えるような男がいないのよねぇ」
そう言って流し目を送ってくる。因みに金森さんはお姉系の男の人な。
「そうっすか。それじゃあしょうがないっすねー」
結婚しているようなら新婚時代とかその辺の話を掘り下げて見たかったのだが……。
「唐山君かその写真の子とか割と好みなんだけどねぇ」
背筋とお尻がピリリと痺れる。これ以上話を掘り下げると俺の大事な部分を掘り下げられてしまうかもしれない。
「それで。こいつに似合いそうな服を見繕って欲しいんですよ」
俺のスマホにはシリウスが写っている。赤髪に鋭い目つき。長身と鍛え上げられた肉体が女性に魅力的に映るのか、金森さんも目つきが怪しい。
「外国人の子ね。これはなかなか良い素材じゃない。モデル仲間か何かかしら?」
まるで蛇が獲物を狙うかのような視線に。
「いや。まったく関係ない遠い知り合いですよ」
紹介出来る余地は無いとばかりに俺は突っぱねる。
「そう。残念ね。まあ外国人向けの衣装もあるからいくつか持ってきてあげるわ」
そう言って奥へと戻っていく金森さん。
俺は長居する危険を考えると衣装を受け取るなり事務所を後にするのだった。
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「うーん。ここも駄目か……」
スマホを睨みつけると俺は一息吐いた。スマホをテーブルに置くとソファーに身体をもたれかける。
旅行アプリなるものを導入して宿の手配をしようと長時間奮闘してみたのだが、場所も怪しければ外観もボロい宿ぐらいしか空いていないのだ。
「唐山さん。何してるんですか?」
湯皆が冷蔵庫にペットボトルを取りに来たところで俺に話しかける。
「ん。ちと頼まれてな。今度の週末に宿泊できる宿を探してるんだよ」
受験が終わったせいもあって気軽な様子で湯皆が聞いてくる。
一時期は試験に集中する為と言って部屋に来なくなったのだが、羽目を外したいのかここぞとばかりに入り浸っている。
「あー。今ってそういうシーズンですもんね。私も卒業旅行の予定あるんですけど幹事の子がテンパってましたよ」
「………………ちなみに何処行くんだ?」
「沖縄でーす」
腕を右に伸ばしてくねらせながら答える。その動きはハワイじゃなかろうか?
「そうか。ハブには気を付けるんだぞ」
沖縄と言えばハブとマングース。最近では動物愛護団体からクレームが入っているのか、対決姿は見られないらしい。
見てきた人は手に汗握る熱い戦いだったと言っていたが是非一度は見てみたいものだ。
まあ、道端で遭う事は無いとおもうけどね。
「普通もっと気にする所無いですかね?」
「例えば?」
「花の女子高生が女だけで旅行なんですよ。変な男が寄ってこないか心配したりとか無いのですかね?」
湯皆のムクれた様子に俺は首を傾げる。なんでだ……?
「いや。その何でって顔されても…………はぁ。もういいです」
何かをあきらめたような顔をした湯皆に俺は思い出したかのように話しかける。
「そうだ湯皆」
「はい。なんです?」
構って貰えてうれしそうな子犬のように表情を明るくする。
「沖縄の土産はチンスウコウで頼んだぞ」
「………………図々しい」
失敬な。日頃の世話を考えればこのぐらいの要求はしても良いだろうに。サツマイモのチンスウコウとかいう物があるらしく食べてみたかったのだ。
「それより行き先が京都なんですね」
テーブルにある開きっぱなしのスマホをみた湯皆は俺に聞いてくる。京都の宿が表示されているから気付いたようだ。
「まあな。外国人みたいなもんだからな日本の文化について触れるのが良いかと思ったんだ」
外国人と言えば京都・奈良。買い物目的だと上野や秋葉原とかスカイツリー辺りだろうけど、新婚旅行でそういうゴミゴミした場所も無いだろうという俺の配慮だ。
二度とリリアナにあんな駄目な人をみるような目はさせない。
「ふーん。そうですかー。京都かー。京都ねー」
「何か思い当たる節でもあるのか?」
構ってほしそうな様子の湯皆に俺は聞いてみる。
「私ならそれ何とか出来るんですけどねー」
「マジか。頼みたいんだけど」
こうなれば恥も外聞もへったくれもない。大事なのはシリウスとクリスティーナさんに日本で良い思い出を作ってもらう事だ。例え湯皆に借りを作ろうとも頭を下げるのはやぶさかではなかった。
「…………まあいいですけど。これは大きな貸しですから」
出来れば生八つ橋のお土産で許してくれないものだろうか。
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「ほう。ここがホテルというやつか」
それから旅行の当日。俺はシリウスとクリスティーナさん。そしてリリアナを迎えいれるとその足で新幹線に乗り込んで京都を目指した。
こっちの世界が初めての二人だったが、リリアナがパソコンで動画を見せるなどしてこっちの世界をある程度把握していたのでそれ程トラブル無くここまで辿り着いた。
「正直ここに来るまで不安だったのですが、サトルさんが予約したとは思えないぐらいにしっかりとした宿なのですよ」
外観はそこらのホテルなど話にならないぐらいに整っており、部屋ごとに専用の庭が用意されている。そして室内でも入れる檜風呂。
ここは湯皆の本家が所持している老舗旅館だ。
一見さんお断り。完全予約制で、京都駅からのアクセスも良く料理から施設に至るまで全てが超一流と宿泊施設のランキングで見ると星三つは堅い宿だった。
「シリウスとクリスティーナさんの新婚旅行だからな。俺も気合入れて探したんだ」
嘘は言っていない。湯皆からこの宿を紹介してもらったのは俺だし予約したのも俺なのだ。人脈も自分の力なのでこれは誇っても構わないだろう。
「この度はシリウス様もサトル様もこのような素敵な旅行に招待して頂きありがとうございます。殿下と結婚出来て夢のような幸せを感じさせてもらったのにさらに夢みたいです」
「お。おう……」
「いや。そんな……恐縮です」
太陽のような笑顔に一筋の涙が頬を伝う。クリスティーナさんがこの旅行を心の底から嬉しく思ってくれているのが俺達に伝わった。
「うう。クリス様が喜んでくれて嬉しいのですよ」
そういってリリアナが突撃していく。受け止めたクリスティーナさんは淡いクリーム色のタートルネックのセーターを着ていてリリアナの突進をその豊満な胸で受け止めた。
「リリーもありがとうね。次はあなたの番だと思うからその時は私に何かさせて頂戴」
美しい女の友情を目の当たりにしているとシリウスと目が合った。暴君とはいえこういう時は空気を読むようだ。
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「それではごゆるりと滞在してくださいませ」
仲居さんが立ち去ると俺とリリアナは広い和室に圧倒された。
畳は青々とした色をしていて仄かに草の臭いがする。障子を開かれた奥からは陽光が差し込み、テラスへと続いている。テラスには檜の露天風呂があるのだが、高台にある旅館の上の階という事もあり見渡す光景は京都を一望できるほどに見事だった。
「凄いのです。素敵なのです」
興奮しきりにリリアナが外の光景を見ている。
「ひとまずゆっくりするとしようか」
あっちの世界の結婚式が大変だった事は聞いている。
ただでさえ第一王子の結婚だというのに即位式までついてきたのだ。
国は昼夜を通しての祭りでリリアナも警護やらなんやらで引っ張りまわされていたらしい。そんな訳であの二人とは別な部屋にチェックインした俺達はひと時の休息を得た。
俺が座椅子にすわってテレビをつけていると。
「どうした?」
リリアナがもじもじとしていたかと思うと俺の膝の上に座る。
「充電中なのです」
そういって身体をこすりつけてくる。自然と生えてるケモミミに俺は手を置くと優しくゆっくりと撫でまわし始めた。
「ふぁー。なのです」
幸せそうな声をだして尻尾が揺れる。素晴らしい毛並みが俺の足をくすぐり、いつまでもこうしていたいと思えるような時間が流れる。
―ブーブーブー―
「ぁんっ…………」
スマホのバイブレーションがリリアナの尻尾の下で鳴り響く。一瞬色っぽい声がリリアナから漏れる。
「っと。誰からだ…………? ってシリウスか」
シリウス達にはリリアナのスマホを渡してある。何かあれば連絡をするようにと言っておいたが、旅館に入ってまだ30分なのにせわしない奴だ。
俺が電話にでるとシリウスから「風呂行こうぜ」と言われた。余程楽しいらしくテンションが高い。
俺はぼーっと蕩けるような顔で甘えてくるリリアナの背中をポンポンと叩くと浴衣と着替えをもって風呂へと訪れた。
・
「流石。湯皆本家御用達の風呂だな」
身体を洗って湯船につかる。シリウスはまだ現れない。自分で誘っておいてどういう事かと思い、文句を言おうとゲートを開いてみたのだが……。
そこでは浴衣姿に欲情したシリウスがクリスティーナさんを相手に一戦開始する光景が写っていた。
俺はその光景を見ると即座にゲートを閉じた。日本人でもコスプレ好きは居るのだろうが、シリウスもどうやらそっちの趣味があったようだ。
いや、クリスティーナさんという完成された美を見るのならむしろ当然の反応なのかもしれない。
―ガラリ―
暫く風呂に浸かっていると摺り戸が引かれる音がした。シリウスが一戦終えて来たのだろうか?
ペタンペタンと足音がする。そしてザバーッと身体を湯船に沈める音がする。
そして音の主はだんだんと俺の方に近づいてくる。やはりシリウスだろう。俺は文句を言うべく振り返ると――。
「お前なぁ……ああいう事はもっと夜遅くに…………」
「暫くぶりじゃな。唐山君や」
そこには以前、気まずくなって別れた総一郎氏が居た。
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