第36話王子様から指輪を受け取る男

「なるほど。それでお祖父ちゃんを怒らせてしまったわけですね」


 あれから気絶から回復した総一郎氏が唾を飛ばしながら「出て行けっ」と怒鳴りつけてきた。


 面を食らった俺達は慌てて退散したのだが。お陰で総理大臣を紹介してもらう約束がうやむやになってしまった。


「そうなんだよ。湯皆。他に総理大臣に会える伝手は無いか?」


 俺は縋るような気持ちで湯皆に聞いてみるのだが。


「そんなポンポンとアイデアが出る訳ないじゃないですか。私は単なるアイドル女子高生…………もうじきアイドル女子大生ですね」


 「きゃっ!」と恥ずかしそうに頬に手を添える湯皆。


「ちゃんと大学に受かればな。何処を志望してるか知らないがギリギリらしいと日高さんから聞いてるぞ」


 俺が冷静に突っ込むと。


「う、うるさいですね。今はそんな事どうでもいいじゃないですかっ!」


 成績を気にしているらしい。湯皆は恨みがましい視線で俺を見ているとふと――。


「そだ。時間は掛かりますけど確実に総理大臣に会える方法ありますよ」


 何かを思いついたようで笑顔を見せてくる。


「どれくらい時間かかるかによるけど、確実なら最後の手段として確保しておきたい。どんな方法なんだ?」


 俺の問いに湯皆は顔をほころばせて言う。


「私と結婚するんですよ。そうすれば結納の時には仲人として総理大臣が現れるはずですから」


 俺は非常に残念な子を見るような視線を湯皆へと向ける。


「さーて。そろそろ出掛けるかな」


「あれ。突っ込み無しなんですか? 私と結婚出来るんですよ。光栄じゃないんですか?」


「湯皆」


 焦る様子の湯皆。俺はその頭にポンと手を置くと顔を近づけて笑顔を見せる。


「5年早い」



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「それで偉い奴との対談は実現しなかったと」


 約一ヶ月ぶりに訪れた異世界。そこで俺はシリウスに事の顛末を報告していた。


「ああ。あと少しだったんだが相手がヘソを曲げたんでな」


 まさかあそこまで【アナリー】に熱狂的だとは思わなかった。アイドルの追っかけの闇を見せつけられた。


「まあいいさ。その間にこっちも準備を着々と整えてるからな」


 シリウスには珍しく嫌味が無い。準備と言うのは初耳なんだが急かされないならいいか。


「それとは別にお前に頼みがあるんだが」


「えぇ…………」


 シリウスが前置きをしてお願いをしてくる場合碌な事が無いと経験で知っている俺は嫌な声が出るのを抑えきれなかった。


「何。大したことじゃないんだが」


「その言い回しで本当に大したこと無いなんてあり得ないと思うんだ」


 世間でいう「ちょっとお時間宜しいでしょうか?」並みに信用ならない。


 少しぐらいならいいかなと思って足を止めると30分から1時間ぐらいの間、延々と下らないセールスに付き合わされたりする。

 大したことが無いという場合漏れなく最初に「当人にとっては」という言葉が入るのだ。


「実は今度俺とクリスティーナが結婚する訳なんだが」


 だが、肝心の暴君シリウスは俺の言葉なんぞ聞く耳持たぬとばかりに勝手に話を続ける。……って。


「おまっ! 結婚すんのかよっ!」


 相手が王子だという事を忘れて言葉遣いが荒くなる。


「ああ。そろそろ王位を継ぐ話が出てきてな。良い機会だから身を固める事にしたんだ」


 あっさりとそう言う。王位を継ぐのなんて簡単な話じゃ無いと思うんだけどな……。そうだとするのなら納得する。


 俺は手をポンと叩くと。


「なるほど。それで城下町にでて過去の女に手切れ金を渡す為の手引きをして欲しいんだな?」


「お前は俺をどんな目で見てるんだよ?」


 ジト目で剣を抜き放とうとするシリウスから俺は距離をとる。こいつの事だから情事の清算で隠密に城を抜け出したいのかと思うじゃないか。


 だが、シリウスは懐から何かを取り出すと放ってきた。


「これは……指輪?」


 受け取ったそれを俺は指でつまむと光へと透かして見せる。それは石の中に魔法陣を刻み込んだ指輪だった。


「もしかして俺にプロポーズか?」


「叩き斬るぞ」


 自分で渡しておいて酷い言い草だ。


「それは【クロースリング】ってんだよ」


「ほう?」


 見た目はお洒落な指輪に見えるが何か効果がありそうな感じだ。


「その魔道具は衣装を収納しておくことが出来る。そして入れておいた衣装は自分の意志で着替える事が出来るんだ」


 シリウスはそういうと自分の指に嵌ったこれを同じ指輪を見せると服を切り替えた。

 マントを身に着けた、いかにも偉そうな恰好から城下町を歩ける程度にカジュアルな格好。ようは早着替えにつかえる魔道具らしい。


「なるほど。確かに便利だな。それでこれを俺にどうしろと?」


「お前の世界の服を調達してくれ」


「……何故に?」


 俺は嫌な予感がしつつシリウスに問い返した。その質問に奴はニヤリと笑うと。


「そろそろお前の世界を見学したくなったからな」



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「おーい。リリアナ帰るぞ」


 あれからシリウスから要望を聞いた俺は指輪を三つ受け取った。

 後から受け取ったのはクリスティーナの分らしく、そっちはリリアナに用立てさせるように厳命された。


 なんでも即位式の後に新婚旅行をしたいらしいのだが、その旅行先を俺が住む世界にしたいとの事だとか。

 リリアナの報告で治安などに関して問題ない事から一般常識についても勉強しているらしく、もうすぐ万全になるらしい。


 そんな訳でクリスティーナさんには内緒にするように言われているのだが。


「あっ。サトルさん」


 リリアナが抱き着いてくる。世界一大好き発言以来、よそよそしさが消えた。

 俺は久しぶりに無邪気なリリアナのケモミミを撫でる。


「あらあら。リリーはサトルさんが大好きなのね」


 ドレスに身を包んだクリスティーナさんが笑っていた。

 ここに着くなりシリウスに連れ出されたので、クリスティーナさんはリリアナと積もる話をしていたようだ。


「リリアナの面倒を見て頂きありがとうございます。楽しかったか?」


「はいなのですよ。リリーはクリス様が大好きなのです」


 聞くところによると昔から可愛がられていたらしい。最近で一番嬉しそうで嫉妬してしまいそうだ。


「それじゃあまた来ます」


 俺はリリアナを抱き寄せると笑顔で別れを告げた。




 ・ ・


 ・



「それで早速なんだがリリアナ。これを見てくれ」


「これはっ! クロースリングなのですよ」


 当然の事だが知っているらしい。


「殿下が渡したのです?」


 その言葉に俺は頷く。


「これの使い方について聞きたいんだ」


 と言うのもシリウスは最後の一つを俺用に渡した。なんでも転移の能力を使う時はもっと身の回りに気を配るようにとの事だ。


 要はこの魔道具で変身して外見から姿が解らない様にしろという事らしい。

 確かに俺の秘密を隠すためにはこれは必須アイテムだった。


「これは空きスロットが全部で八あるのです。中々良い物なのですよ」


 空きスロットと言うのはそれぞれ収納スペースの事らしい。身に着ける物であれば服は一式が一スロットに。武器や盾などの防具も身に着ける物の扱いなので収納可能らしい。

 元々あっちの世界で防具のスペアを入れて、戦闘時に破損した場合瞬時に切り替えるために開発された魔道具だとリリアナは説明した。


「それって結構高価な物なんじゃないのか?」


 リリアナは首を振って頷く。


「そうなのです。こっちの世界の価値に置き換えると…………最新のパソコン並みの価格がするのですよ」


「意外と安いな」


 最新のパソコンなら数十万で手に入る。対してこのリングはこっちの世界では手に入らない事を考えると金持ちに話をつけて売ればちょっと値段が付けられないぐらいに高いのではないか?

 俺がそんな疑問を浮かべていると……。


「これは裕福な騎士や魔導士なら持っていて当たり前程度の物なのです。こっちの世界のパソコンもあっちの世界ではあり得ない演算能力を発揮するアーティファクト扱いなのです」


 こっちの世界はデジタルなどの機器が発達しているのに対して、あっちの世界では物理などを歪める道具が発達しているとの事らしい。

 つまり、お互いの世界に宝が埋もれている状態らしく、シリウスはそんな世界だと知ってるからこそ自分の目で見たいのだろう。


「つまり。これにクリス様がこっちの世界で着る服を入れれば良いのですね」


 シリウスからの命令を一字一句間違えなく伝えるとリリアナは納得するとリングを手に取った。


 それから二週間。俺達はリングに衣装を入れて準備を整えると新婚さんを出迎えるのだった。


 まさかこの旅行が二つの世界に新たな転機を与える事になるとはこの時の俺は考えもしなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る