第35話お見舞いに行って体調を悪化させてくる男

 リリアナから促されるままに俺はフォロー申請の通知ボタンを押す。表示されたのは本日何度も目にした例のミーチューバーのトップページだった。


 俺は信じられない気持ちで溜息をつくと。


「リリアナ一つ聞きたい」


「何です。何でも聞いて欲しいのですよ」


 無垢な表情を浮かべるリリアナ。


「ミーチューバーの【アナリー】はお前なんだな?」


 万が一が無いとは思う。だが、今までそんな素振りを一切見せなかったので不安になったのだ。


「なのですよ。リリーが【アナリー】なのです」


 だよなぁ。名前をもじってるだけだし何故すぐに気付かなかった。

 だが、言い訳をさせて貰えるなら、まさか異世界の人間がこんなに早く現代の文化を吸収して人気ミーチューバーになるなんて予想出来るか?


「一体なんでミーチューバーなんてしてたんだ?」


 そうなるに至った経緯を聞く。


「ツバサさんから勧められたのですよ」


「湯皆に?」


 俺の脳裏にあの女子高生アイドルが手を振ってる姿が浮かぶ。


「リリーもいつまでもサトルさんにおんぶにだっこではいけないと思ったのです。それでお金を稼ぐ方法について相談をしたのです」


「そしてミーチューバーを紹介されたと」


「なのです」


 誇らしげに胸を張るリリアナ。


「なら何で耳と尻尾を出したんだ?」


 変装という事なら白マスクで十分だ。


「それもツバサさんの提案なのです」


 コホンと咳ばらいをするとリリアナは物真似を始める。


「『このケモミミと尻尾には衆人の視線を釘付けにする魔力がありますよ。これを世間に知らしめないのは人類にとっての損失です。ぜーーーったいに人気が出ますから』」


 と言われたらしい。


「……それでこの騒動か」


 確かにリリアナのケモミミには他人を虜にする魅力が詰まっている。流石は湯皆。良い着眼点を持っている。伊達にトップアイドルはやってないな。


 俺が湯皆のプロデュース能力に戦慄していると――。



 ――ピロン――


「ん?」


 スマホの画面が反応する。そして――。



『金持ち爺@アナリー推しさんがあなたをフォローしました』

『二股豚野郎@アナリーツバサ選べないさんがあなたをフォローしました』

『美少女保護し隊さんがあなたをフォローしました』

『ケモナーなフレンズさんがあなたをフォローしました』

『アナリー親衛隊さんがあなたをフォローしました』

ETC



「なんだこれ?」


 物凄い勢いでフォローの通知が届き始めた。


「どうしたのです?」


 リリアナが首を傾げて聞いてきたので。


「何か急にフォローが増え始めたからさ」


「どれどれなのです」


 リリアナは横に消え俺のスマホを覗き込むと。


「リリーのフォロワーさん達なのですよ」


 なんでそんなやつらにフォローを?


 そんな思考をしていると――。


 ――ピロン――


 次から次にダイレクトメッセージが飛んできた。



『アナリーちゃんとどういう関係?』

『リアルのアナリーちゃんと知り合い?』

『俺らのアイドルにフォローされてんじゃねえよ。アカウント消して存在も消せ』

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』

『キモイんだよ。名前とか色々。頼むから消えてくれ』


 どいつもこいつも闇が深い。そうこうしている間にも次々と怨嗟が籠ったメッセージが送られてくる。


「こいつら…………」


 段々と腹が立ってきた。リリアナの事を探ろうとするのもそうだが、どれだけ身勝手なのか。

 嫉妬なのか。どうにかこいつらをギャフンと言わせられないか考えた俺はある事を考える。


「リリアナ。これって写真を投稿出来るんだったよな?」


「はいなのです。トップページに載せたり、フォトギャラリーに飾る事も出来るのですよ」


 そうかそうか…………。


「凄く悪い笑顔なのです。サトルさん怖いのです」


「リリアナ。ちょっと悪い」


 俺はリリアナを抱きしめる。


「うみゃっ! は、恥ずかしいのです」


 満更でもない声を出すリリアナは無視して俺はスマホのカメラを起動すると。


「こんな感じかな?」


 自身は鼻より上が見切れていてリリアナはマスク姿だがドアップで写っている。特筆すべきは俺がリリアナを抱きしめているので、まるで恋人がいちゃついているような写真が出来上がる。


「綺麗に撮れているのです。それをどうするのです?」


 リリアナの興味深げな質問に。


「こうするのさ」


 俺は自身のツイスタグラムにその写真を投稿してやった。




 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「ここの病院に入院してるのか……?」


 アナリーを発見してから数日。俺とリリアナは都内でも有数の名医が揃っている総合病院を訪れていた。


「ここにいる人に会えば良いのです?」


 何故かと言うと、湯皆家の総一郎氏が体調を崩して入院しているからだ。


 俺がリリアナの正体を知った後で湯皆経由で連絡を取ってもらった所、総一郎氏の血圧が上がって倒れてしまったとの事だった。


 幸いなことに容態は安定しているらしく、余程興奮をしなければ問題ないと湯皆から聞いた。


 そんな訳で、アナリーこと。リリアナを連れてお見舞いに来てみたのだ。


 待望のミーチューバーを連れてのお見舞いである。


 熱狂しているアイドルが病室に来ることで多少は興奮するかもしれないが、嬉しい事には違いないのできっと満足してくれる事だろう。





「良く来てくれたのう」


 総一郎氏は広々とした個室のベッドに横たわっていた。

 流石は金持ちだけあって、こういう部分でも待遇に差がでている。


「倒れたと聞いて心配しましたよ」


 約束の事を除いたとしても湯皆の祖父なのだ。

 一度会話を交わした相手が倒れたら心配になるのは仕方ない事だろう。


「なあに。ちと頭に血が上っての。今は検査入院しとるだけじゃ」


「仕事か何かの過労でしょうか? あんまり無理は良くないですよ」


「ふむ。唐山君は優しいのう。………………これは翼との事を考え直しても」


 人として当然の行為なのになぜか喜ばれる。そして後半は小声でぶつぶつと何かを検討しているが聞き取れない。


「じゃが、平気じゃ。仕事に関しては今更じゃよ。数百億の赤字がでても平常運転じゃし」


 その金額の赤字で平気とか……。それで取り乱さないなら大抵の事は平気そうなんだが。


「ちと。信じられぬ光景を見てしまったのじゃ。ワシの天使が何処の馬の骨とも知らぬ男に穢されたのじゃ」


 そう言う総一郎氏は指先が震えて怒りを露わにしている。不味いな。


「それは許せませんね。ですが落ち着いてください。ここで怒ったらまた倒れてしまいますよ。そんな男の為に総一郎さんが倒れたら相手が喜ぶだけです」


 折角喜ばせようとしてきたのに倒れられたらそれどころじゃなくなる。


「そうじゃな。すまんな唐山君や」


「いえいえ。俺は別に。悪いのはその男です。絶対に許せませんよね」


 そういって不機嫌な様子を出してみる。俺が代わりに怒った事で総一郎氏は冷静になれたようだ。


「実は総一郎さんに元気になって貰いたくて人を一人連れてきました」


 俺はこのタイミングだろうと判断すると総一郎氏に切り出した。


「ほう。もしかして翼かのぅ? そこに来ておるのか?」


 ここまでくればもう良いだろう。俺は外で待機させていたリリアナを呼ぶ。


「入ってきてくれ」


 そうするとケモミミに尻尾を生やしたリリアナが入ってきた。今回はマスクはしていない。配信では見れない生アナリーがここに降臨したのだ。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「総一郎さん?」



 折角リリアナを連れてきたというのに反応が無い。

 総一郎氏は目を大きく見開いて充血させると息を荒くしている。そして――。


「あああああああああああ。アナリィィィィィーーーーちゃんぢゃああああああああああああああああ」


 病気など忘れたとばかりにベッドから飛ぶと一気にその距離を詰めた。


「ひうっ!?」


 怯えたリリアナは咄嗟に俺の後ろに隠れる。ケモミミと尻尾が逆立ち怯えているのが解る。


「い、一体。どうしてっ!」


 訳が解らない様子の総一郎氏に。


「実は翼さんと俺が所属している芸能事務所でオファーを出してまして。この度連絡が着いたので。約束の事もあったので連れてきたんですよ」


 まさか「元々の知り合いです」と言うわけにいかないので湯皆に口裏を合わせてもらって嘘をでっち上げたのだ。

 ツイスタグラムで問題があったので素直に言うのは不味いと判断したからこういう形にした。


 ちなみにツイスタグラムはあの後速攻でアカウントを消してある。友人達にばれる前に消せたので今のところリリアナと俺が繋がっていると知っている人物は湯皆だけである。


「なるほどのう。誰のメッセージにも返事をしない事で有名じゃったが、そういう事じゃったか」


「お爺ちゃんはリリーの配信見てくれていたのです?」


 落ちつた様子になった総一郎氏にリリアナは近寄っていく。


「ああ。金持ち爺と言うのがワシじゃ。知っておるかな?」


 その名前って、大金を投げ銭した人物がいると聞いていたが総一郎氏ならば納得だ。


「知ってるのです。いつも応援ありがとうなのです。とても嬉しかったのですよ」


 丁寧にお辞儀をするリリアナ。


「ふおおおおおおおおおおおおおお。天使ぢゃ。天使が降臨なされたああああああああああああ」


 感涙を浮かべる総一郎氏。連れてきて良かったな。



 ・ ・


 ・


「そろそろ面会時間が終わりますね」


 あれから、リリアナと総一郎氏は楽しく話をしていた。


 ミーチューバーと合わせる約束は果たしたので俺は重荷がとれた気分でそれを見ていたのだが。


「もうそんな時間かのぅ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのじゃ」


「お爺ちゃん。バイバイなのです」


 リリアナが総一郎氏に挨拶をしてこっちに戻ってくる。


「唐山君。君は約束を果たしてくれた。じゃから次はワシが約束を果たす番じゃな」


 今日は何も言わないで帰るつもりだった俺に総一郎氏は言い出した。


「それじゃあ……」


 その言葉に俺は喜びを浮かべる。


「うむ。日取りが決まったら連絡をするとしよう。何故総理に会いたいかは知らぬが段取りは任せるのじゃ」


「やっ…………」


 喜びの声が出ないでいる俺に。

 

「やったのです。これで殿下も喜ぶのです。流石サトルさんなのです」


 そういって抱き着いてくるリリアナを俺は抱きしめ返した。

 そんな様子を見ていたせいか総一郎氏の視線が鋭くなった気がする。


「ところでアナリーちゃんや」


「はいなのですよ」


「唐山君とはどういう関係なのかのう?」


 不味い。折角無難に終わろうとしていたのに、最後に危険な質問が来てしまった。


 リリアナには異世界人という回答は避けるように言い含めてある。

 妙な関係ではあるが、俺とリリアナの関係を勘繰られても友人でもあるのでそれをそのまま伝えれば問題は無いはず。


 リリアナが何を言い出しても即座にフォローをすれば良いだろうと思っていると。


「サトルさんはですね」


 リリーは頬を赤く染めると、まるで待ってましたとばかりに聞いて欲しそうな顔で総一郎氏を見ると言い放った。


「リリーの婚約者なのです。世界一大好きな人なのですよ」


「なななななな」


 目を見開く総一郎氏。その顔がギギギと音を立ててこちらを向く。そして――。


「き……さ……ま…………」


 血管が浮き上がる。まるで世界が絶望に染まったかのような表情を総一郎氏は浮かべると…………。


「お爺ちゃん。しっかりするのですよぉぉぉー」


 泡を吹いて白目を剥くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る