第34話SNSを始める男
※単語の変更を行いました。
『ブイチューバー』という単語を『ミーチューバー』に変更しました。
ブイが示す意味がヴァーチャルでは無いのですが、意味を誤解しやすいと思ったからです。
物語の二か所に変更を加えてあります。
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「それで。偉い人を紹介してもらえそうなのです?」
テーブルの上に食事を並べながらリリアナは聞いてきた。
「何とか約束はしてもらったけど……」
あれから総一郎氏が用事があるという事で時間切れで帰ってきたのだが……。
「そうなのですか。良かったのですよ」
嬉しそうに笑うリリアナ。そんな彼女には申し訳ないが出された条件を考えると厳しかった。
何せ、探してこなければならないのはミーチューバ―だ。
そもそもミーチューバーとは動画を投稿して再生数に応じて報酬を貰ったり、生配信を行って投げ銭を貰ったりしている人間を指す。
パソコンとカメラとインターネット環境さえあればすぐに始める事が出来るので大学内でもその手のサークルを作って動画を投稿している連中もいる。
厄介なのは数が多すぎる事と、有名人になる程、身元を隠しているから特定が難しい事。
例えば総理大臣であるならば首相官邸に行けば確実にエンカウント出来るのに対し、個人のミーチューバーともなれば何処にいるのかもわからない。
最悪、家の中から出ない配信者もいるらしいのでそうなったら探すのは絶望的だ。
「ちょっとだけ条件が厳しくてな。時間かかるかも」
「そうなのですか。リリ―も何か手伝えないです?」
そういうとじっと見上げられる。ケモミミがピクピクと小刻みに震えている。緊張しているのか?
最近リリアナが表に出たがらないのだ。外に対して怯えているような挙動が見受けられるので無理して言っているのだろう。
「いや。これはシリウスから俺が頼まれた事だからな。もう少し頑張ってみるよ」
「わかったのです」
俺の言葉にあからさまにほっとする。
リリアナは最近部屋に籠ってパソコンで色々やっている。
恐らくはシリウスから難しい命令を受けているに違いない。
最近はあっちの世界に戻っていない事から考えると、任務を果たさないと戻れないのかもしれない。
そう考えると俺の仕事を手伝わせて彼女の作業が滞るのは可哀想だ。
俺はそっと手を伸ばす。リリアナは一瞬硬直するのだが、直ぐに身体の力を抜く。
最近は触るのにも突然では驚かせてしまうようで俺はリリアナの意志を確認すると頭に手を置いて撫で始めた。
そうするとリリアナの顔がへにゃりと緩むのだ。
「ありがとうな。いよいよ詰まってきたら相談するからさ。リリアナも自分の事で頑張れよ」
「わかったなのです。リリーも一杯がんばるのですよ」
その後暫く撫でまわしたせいで御飯がすっかり冷めてしまった。
・ ・ ・ ・
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「なあ。ミーチューバーのアナリーって知ってるか?」
大学の授業の合間。普段からそういう事に詳しい友人に話を振ってみた。
「当たり前だろ。今から数か月前に生配信を始めたアナリーちゃんと言えば今じゃ最も有名な配信者だぞ」
よくぞ聞いてくれたとばかりに鼻息を荒くして詰め寄る友人に俺は心の底からドン引きする。
「そっ、そうなんだ……。それって動画とか無いのか?」
せめてどのような姿をしているのか解れば街中を歩きまわって探すなど出来るのだ。
例えば、配信中の様子に背景でも写ればその街並みを照らし合わせればどこら辺に住んでいるのか特定できる可能性がある。
だが、俺の問いに友人は首を横に振ると。
「生放送のみで投げ銭で稼いでるから。動画は一つも無いんだよ」
「それだといつ配信してるか解らないよな」
こいつの口ぶりからするとリアルタイムに追いかけているらしいが、一日中パソコンの前に張り付いてる訳にもいかない。
何せ学生の本文は授業やレポートなのだ。バイトなんかの時間も考えると偶然に生配信に時間を合せるのは相当きついはず。
そんな俺の疑問に気付いたのか、友人は言った。
「俺はアナリーちゃんをフォローしてるからな。配信が始まれば告知されるんだよ」
そう言いながらスマホを操作して画面を見せてくる。
「それは?」
「ツイスタグラムってアプリだ」
確か知らない人同士で呟いたり、写真を投稿してイイネをしたりするんだっけ?
見てみるとアナリーなる人物のページらしい。
フォローが2に対してフォロワーが30万を超えている。
友人は更にスマホを操作すると。
「これが俺な。フォローした順番に名前が下にくるんだけど、俺は7番目にフォローしたんだぜ」
友人が指す場所には【茹でた孫@アナリー推し】と書かれている。
名前をみて最初に思ったのが『やばい奴』なのだが、よくよく見ると他の連中も大概だった。
【金持ち爺@アナリー推し】【二股豚野郎@アナリーツバサ選べない】【美少女保護し隊】【ケモナーなフレンズ】
俺がネットの闇の深さに気後れしていると友人は気付くことなく説明を続けた。
「フォローしてると配信を始めたら告知が来るんだよ。お前もやったらどうだ?」
「えっ…………?」
嫌そうな声が出た。ここで登録するとこの連中の仲間としてコミュニティに属する事になる。
正直な所。これは宗教と大差ない。一度入信したら最後、名簿に名前を控えられて事あるごとにお布施を催促される未来しか見えない。
「俺は……いいかな」
「そうか? まあ、入らなにしても流行りのアプリだし、スマホの初期設定で入ってるからアカウント登録だけはしておけよ」
なんでも色々便利なので大学の友人で写真を共有したりと使っているらしい。
今まで俺が使っていなかったので個別に告知していた内容もこれで統一できると説得されて俺は登録を済ませた。
『田中一郎さんがあなたをフォローしました』
『鈴木二郎さんがあなたをフォロ―しました』
『佐藤三郎さんがあなたをフォロ―しました』
『中村四郎さんがあなたをフォロ―しました』
「おわっ! 何か勝手にフォローされたんだが」
突然告知される友人の名前に俺が驚くと。
「ああ。電話番号登録してる人間には通知が行くからな。あいつらも登録したんだろ」
なるほど。凄いなこの機能。
という事は相手の番号がわかれば直に交渉する事も出来たり…………。
「これで俺達とも繋がったわけだし、生配信あったらこのアプリ経由で知らせてやるよ」
フォローはしなかったが、友人が生配信をキャッチして知らせてくれる事になった。
・ ・ ・
・ ・
・
「日高さん。アナリーって知ってます?」
事務所で次のモデルの仕事について打合せを終えた俺は芸能界に明るい日高さんに話を聞いてみた。
「もちろん。うちの事務所の別部門でもスカウト出来ないかと思って追いかけてるからね」
「えっ? スカウトするんですか?」
彼女からの予想外の答えに俺は目を丸くする。
「普通。ミーチューバーって面白い動画を上げて知名度を稼いでから生配信に切り替えるの。本人達も一旗上げる気満々だからネット部門の事務所の人間が日々上がってくるミーチューバーのランキングを見てるのよ」
なるほど。芸能に所属するアピール活動は昔と違って多様化している。
自らのプロモーションを行って事務所に拾い上げて貰うのが増えてきたと日高さんは前置いた。
「だけどアナリーは違うのよね」
いつの間にか生配信を始めており、投げ銭を稼いだら居なくなってしまうらしい。
まるでランキングには興味が無いかのように。
「なるほど。それだけ聞くと確かに異質ですね」
良くも悪くもこういう動画を投稿する連中は自分を見て欲しいという願望がある。人より有名になりたい、動画投稿で食っていけるようになりたい。
「うちの事務所の人間がツイスタグラムのダイレクトメッセージで勧誘を行ってるんだけどさ。返事が一切無いらしいわ」
「えっ? 電話番号登録無くてもメッセージ送れるんですか?」
「そうよ。それがアプリの便利な所でもあり怖い所よね。翼も公式のアカウント持ってるけど、中には変なメッセージを送ってくる人間もいるからさ」
「例えばどんな?」
「『ずっと見ているから』『下着いくらで売ってもらえますか?』『今度会おうよ』『住所特定しましたバラされなかったら俺と付き合ってよ』」
「気持ち悪っ!」
聞いただけで寒気がする。
「実際翼も怖かったみたいで一時期は家に帰らなかったぐらいだからね」
俺にはドラマの撮影でホテルに泊まっていたと言っていたが……。その時期と一致しているのかそれより前なのかは判断がつかない。
だが、そうなると迂闊にダイレクトメッセージは送れない。
万が一警察とかに相談された時に俺のメッセージも通報されかねない。
そういった下心ではないが、自分の為に会いたいというのは変わらないからな。
「日高さんはアナリーの生配信見た事ありますか?」
「そりゃあるわよ。私もフォローしてるし」
そう言ってスマホを見せてくる。
【働きウーマン@彼氏募集中】
俺はその名前に突っ込まないで聞いてみる。
「どんな感じの配信なんですか?」
「うーん。よくあるお金を使った企画とかじゃなくて主に日常の会話とかメインね。ゲーム配信をしたり、料理配信をしたりとか」
「それは意外だな」
有名と言うからには変わった事をして目立っているのかと思ったのだが……。
「とにかく熱狂的な視聴者が多いのよ。【金持ち爺】とかいう視聴者が「ワシに料理を作ってくれたらこんな端金じゃなくて報酬を支払うぞ」と100万円も投げ銭してたのよね」
最近は金持ちと知り合う機会が多いと思ったが、別次元だな。
ミーチューバー恐るべし。ちょっと料理するだけで100万円とか俺のモデル代より高いし。
「俺もやってみようかな…………」
自然と漏れる言葉。
「でも唐山君料理出来ないじゃない」
「うっ!」
「人前で話すのも苦手だし。ああいうのはトークも出来なきゃ無理だと思うわよ」
そう言われると自信が無い。
撮影だけでも緊張するというのに話をするなんて…………。
「諦めます」
俺はミーチューバーになるのを諦めた。
・
それから色々と情報を得るために知り合いに聞いて回った。
だが、ほとんどの人間がアナリーを知っているのだが、実物と会った人間には会えなかった。
このインターネット社会はセキュリティが厳しくなっている。
個人がしっかりしていればおいそれと漏らされる事は少ないのだ。
得られた情報と言えば。
配信中はマスクをしているので顔が判らないという事。
チャームポイントは狐耳と尻尾でその作りこみが驚きのクオリティーで本物にしか見えない事。中にはその耳と尻尾に魅了されてリピーターになっている視聴者もいるらしい。
更には有名デザイナーが手掛けた一点物の服を着ているらしく恐らく良い所のお嬢様だろうという事。
住んでいる家はマンションの上層では無いかとこれまでの配信の際の背景から推定されている。
知れば知る程会える確率が低くなっていく。
俺は何の成果も無いままに疲れ果てて帰宅すると。
「サトルさん。お帰りなさいなのですよ」
リリアナが出迎えてくれた。
「ただいま……って風邪でも引いた?」
リリアナは珍しく白いマスクをしている。
「これは掃除をしていたのですよ。埃避けなのです」
そういってエプロン姿にハタキと完全武装をしているのを見せる。俺が初めて見る姿だ。
「…………ん?」
何かが気になりリリアナを凝視する。初めて見るのに何故か見たことがあるような………………。
ピョンとケモミミと尻尾が出てくる。じっと見ていたので俺が耳と尻尾をおねだりしてると勘違いしたようだ。
「取り合えず。中に入るのですよ」
ますます気になる。何がと言うわけではないが心が落ち着かない。
違和感が何なのか解らないが。一日歩き回ったせいで疲れている。ひとまず椅子に座る。
「お疲れ様なのです?」
リリアナが気づかわしげに隣へと座り俺を見上げてきた。
「ああ。思ったより難易度が高くてさ。長丁場を覚悟しなきゃいけなそうなんだ」
何せ敵は姿はおろか、尻尾すら掴ませてくれないのだから。
生配信は俺が授業中だったり打合せ中にされたらしく、その事からも生活時間が完全にずれていると推察がでいるのだ。
この状況ではいつになるかは解らない。シリウスにも待ってもらわなければ……。
「リリーはサトルさんにあまり無理して欲しく無いのですよ。殿下の希望もわかるのです。でもリリーにとってはサトルさんが
そう言って「偉いのです。頑張ったのです」と俺の頭をなでなでしてくる。
まるで嫁か恋人のように自然と甘えさせてくれる。聖母なのか?
俺は不意にかけられた優しい言葉に感涙の涙を浮かべている。
そうだよな。いざとなれば転移の力で何とか出来る気もする。成り振り構わなければ何とかなるだろう。
そんな事を考えていると。
「そうだ。サトルさん」
「なに?」
「サトルさんもツイスタグラム始めたのですよね? フォローしても良いです?」
そう言ってスマホを見せてくる。
「なんだ。リリアナもやってたのか。勝手にフォローしてくれても良かったのに」
友人達からはフォローされたので、てっきり登録してる人間すべてがフォローしてくれたのだと思っていた。
「勝手にフォローするのはサトルさんが嫌がるかもしれないのです。許可を得てからにしようと思ったのですよ」
うーん。この配慮。つくづく気配りが出来るんだな。本当に何処かの誰かとは――。
――ピロン――
『☆TuBqSa☆彡さんからフォローされました』
『湯皆でーす。今仕事終わったんですよー。唐山さんもツイスタグラム始めたんですね。今から帰るので温泉宜しくーでーす』
何とも微妙な顔をしてしまう。まさに思い浮かべた瞬間のフォロー通知だからだ。
「しても……いいです?」
クイクイとリリアナが引っ張ってくる。
取り合えず湯皆への返事は後回しにするとして今はリリアナだ。
「構わないぞ」
「はいなのです」
芸能人用のアカウントではないようで、フォロワーも少ないようだ。フォローも俺を含めても一桁。何気なしにそれを見ていると…………。
「フォローしたのですよ」
その言葉から少ししてからポップアップ通知が来た。
「えへへ。これでサトルさんともっと繋がれるのですよ」
嬉しそうにケモミミがパタパタと揺れる。
俺の頭に今日見聞きしてきた言葉が流れ続ける。
白いマスクを身に着けて――。
「さあ。サトルさんもリリーをフォローして欲しいのです」
異様にクオリティの高いケモミミと尻尾で変装をしており――。
「早くしないと翼さんが帰ってくるのです。料理作らないといけないのですよ」
1点物のブランドを着こなしてどこぞのマンションに住んでいるお嬢様――。
「サトルさん。どうかしたのです?」
リリアナの言葉に俺は返す言葉が無かった。
俺は夢でも見ているような意識で目の前のスマホを見る。
何かの間違いか、偶然の産物ではないか?
何度見てもスマホの告知には同じ文章が綴られていた。
『アナリーさんがあなたをフォロ―しました』
と――――。
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