第31話味噌汁を飲む男
朝起きると味噌汁の良い匂いが漂っていた。
俺はベッドから起き上がるとリビングへと向かった。
「サトルさんおはようなのですよ」
そこでは台所にエプロン姿で立つリリアナの姿があった。
「まだかかるので先にお風呂入ってきて欲しいのです。お酒臭いのです」
「りょーかい」
ずきずきと痛む頭を何とか我慢すると俺は風呂場へと向かった。
熱いシャワーを浴びると意識が覚醒してくる。先程までの頭がぼーっとする感覚もシャンプーをすることではっきりし、身体を洗う事でサッパリした。
洗濯されたシャツとトランクスを履いて部屋に戻る。普段より長いシャワーだったので身体が火照っている。
リリアナは俺がシャワーを浴びている間に朝食の準備を終えたようで、食卓には三人分の食事が用意されていた。
「おかえりなさいなのです。早速食事にするのです」
「御飯に味噌汁に鮭と海苔と卵と納豆。完全な日本の朝食ですね。私はいつもパンと珈琲なんで新鮮です」
いつものリリアナの笑顔を見つつ俺はいつもの席へと座る。
「今日は二日酔いが辛いと思ったのでシジミの味噌汁にしてみたのです」
「助かる」
いつもながらの心遣いに感謝。リリアナは照れ臭そうにすると。
「それじゃあ、頂きます」
「頂きますなのです」
「御馳走になりまーす」
三者三様の挨拶と共に食事に取り掛かった。
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「…………なんで湯皆がいるんだ?」
ここにきて違和感に襲われる。
俺の目の前にはリリアナが座り食事をしている。
ここまではいつも通りの日常の風景で説明がつくのだが、何度か目を凝らしてみてみた。
もしかするとまだ夢を見ているんじゃないかとも思った。
「えっ。今は朝食食べてるんで後でいいですか?」
そう言って海苔をご飯にのっけて挟み込んで美味しそうに食べている。
仕方ないので俺も何も言わず、納豆と卵をかき混ぜる。
「サトルさん。醤油をどうぞなのです」
「んっ」
丁度混ぜ終わったところでリリアナが醤油を渡してくる。
「ネギも刻んで置いたのですよ」
続いてネギも渡される。
「あっ。いいなぁ。私もネギ欲しいです」
「……どうぞなのですよ」
ちゃっかりと主張した湯皆にリリアナはネギを渡す。
そして再び無言で食事を始める。
非常に気まずい状況だというのに前の二人は特に気にすることなく食事を採るので、結局俺も何も突っ込まないままに食べて食事を終えた。
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「酷いですよ。唐山さんっ!」
食事が終わり、食後の珈琲を淹れて一息つくと湯皆は真剣な顔で批難をしてきた。
何を責めているのかは理解できる。
俺のおぼろげな最後の記憶では、家の前でリリアナが出てきて俺を部屋へと運んでいた。
つまり、湯皆の隣人が俺であることがバレているという事だ。
湯皆とはそれなりに親しい間柄だ。そんな人間が隣に引っ越してきたのに秘密にしていたのだからショックを受けたのは仕方ない。
俺が、その事について謝ろうとすると。
「異世界に行ける能力まであるなんて。そんな楽しそうな力なんで教えてくれないんですかっ!」
「えっ? そっちなのか?」
俺は予想外の非難に狼狽えると。
「そっちってどっちの事ですか?」
「隣に住んでいた事を黙っていたから怒ったんじゃないのか?」
俺の言葉に湯皆は人差し指で自分のこめかみをくりくりする。そして何かを思いつくと――。
「それは別に知ってましたから」
爆弾発言を繰り出す。
「いつからっ!?」
俺は湯皆に話した覚えも無ければ、マンションの何処かで会った記憶がない。出掛けるのには最新の注意を払っていたし、そもそも出入りする時間帯が合わなかったはず。
「んー。以前に日高さんが「近いうちに嬉しいサプライズがあるわよ」って言ってたんですよ。それで帰宅したら唐山さんが居たんです。そのタイミングで隣に人が引っ越してきたんですけど、私の家以外には挨拶してるのに妙だなと思ったんですよね」
確かに湯皆の家には挨拶に行けなかった。直接会ったから引っ越しの贈り物も渡したからな。だが、それだけで疑うとか勘が良すぎないか?
「帰るときの転移を使わなかった辺りで確信してましたけどね。ずぼらな唐山さんが転移しないという事はするまでもない距離なのだと。転移ゲート使う時もわざと横に出して私の視界に映らなくしたのも怪しかったです」
ズバズバと言い当ててくる。一つ一つは疑念なのだが、それが重なるにつれて確信になったらしい。
「だったら、なんで気付かないふりしてたんだ?」
湯皆の性格からして絶対に暴きに来ると思ったのだが…………。
俺がそういうと湯皆は顔を赤らめた。
「最初は、え、エッチなあれこれを隠す時間が無いから私に内緒なのかなと思って。片づけたら打ち明けてくれるのかなと待ってたんですけど」
どうやら気を使われていたらしい。
確かにそのぐらいの年齢の男といえばそういうアイテムは持っているけどさ。俺はリリアナが居るのでそういうのは徹底的に隠してるんだが…………。(持っていないとは言わない)
「そしたら昨日の帰宅した際に隣の家からリリアナちゃんが出てきたんですよね。その時に異世界があるって知ったんですよ」
「話したのか?」
俺の問いにリリアナは首を縦に振る。
「なんで唐突に……?」
黙ってれば単なる金髪の美少女なのだ。異世界出身だなんてばれっこ無い。
「それは簡単ですよ。唐山さんを迎えに出てきたリリアナちゃんの頭には耳が。お尻には尻尾がありましたから。試しに触らせて貰ったら凄い触り心地よかったし。本物で間違いないじゃないですか」
そこからは早かった。結局リリアナは、俺の知り合いで転移能力を知っている湯皆に対して後手に回ってしまった。
そのうえで色々問い詰められて自分が異世界から来ている事を話してしまったらしい。
「それで。どうするつもりだ?」
わざわざ朝から訪ねてきたからには何か魂胆があるのだろう。今更こいつが俺を脅してくるとは考えられない。
俺の問いに。湯皆は満面の笑みを浮かべると自分の欲望を吐露するのだった。
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「うわー。唐山さん。凄いですよあの人。剣持ってます」
湯皆は俺の服の裾をぐいぐい引っ張ると道を歩く冒険者を指さした。
「こらっ。人を指さすんじゃ無い」
俺の説教に湯皆は「凄いです。ファンタジーです」と感激しながら周囲を観察している。
湯皆の希望は「私を異世界に連れてって」というものだった。どうやら異世界が存在していてそこへ行く方法があると聞いた瞬間から無性に見たくてたまらなかったらしい。
湯皆は田舎のお上りさんの如く見る者が珍しく「わーわー」と感動している。
「サトルさんも最初はあんな感じだったのですよ」
俺の内心を読み取ったのかリリアナが告げる。流石にあそこまで酷くは無いだろう。
「それにしても私たちの世界とは服も全然違うんですね」
そういって、湯皆は自分の服を見る。
元の世界の衣装は目立つので、こっちの世界に来た時にシリウスの所で着替えたのだ。
その際に妙にニヤついた視線で見られたが、何を意味していたのだろうか?
「それはモンスターが出るからなのですよ」
黙っていたリリアナが話し出す。
「モンスターですか?」
「はいなのです。サトルさんたちの世界と違ってこの世界にはモンスターが存在するのです。なので、服の素材にはモンスター達の皮を使うのが一般的なのです」
他には街中にごくまれにだが弱いモンスターが発生するのでその時に柔らかい服を着ていると襲われると破れてしまうから頑丈にしてあるらしい。
「へぇー。モンスターですか。ちょっと見てみたいんですけど案内してもらえます?」
湯皆は好奇心が強いらしく。物好きにもモンスターを見てみたいと言い出した。だが……。
「駄目なのです」
「えーー」
湯皆の声に。
「サトルさんを危険に晒したら怒られるのですよ」
出掛ける際にシリウスやクリスティーナさんに口を酸っぱくして散々言われたのだ。
俺だって普通に戦う限りそんなに弱くないのに心配し過ぎだとは思う。
「うう。そう言われると何も言えないです。折角の異世界だから珍しい物見たかったな」
未練がましく呟く湯皆。気持ちは解らないでもない。剣と魔法のファンタジーがそこにあるんだから肌で感じて楽しみたいと思うのは俺達の世界の人間なら当然の欲求だからな。
「取り合えず飯でも食おうぜ。俺が奢ってやるから」
そういうと俺は湯皆とリリアナを引き連れてレストランに向かうのだった。
・
以前、シリウスと入った場所ではない。貴族や高貴な身分の人間が入るような高級な店では無く、大衆が気軽に入れる食堂に俺達は腰を落ち着けた。
俺達の元にウェイトレスがメニューを持ってくる。それを湯皆は開いてみると。
「凄いです。メニューが日本語じゃないのに読めますよ」
そう感動をする湯皆に。
「その指輪の効果だな。リリアナが作った魔道具なんだが、リリアナが知ってる範囲でなら自動的に翻訳してくれる機能がある」
俺がその説明をするとリリアナは誇らしげに胸を張って見せた。
「流石は魔法の世界ですね。…………はっ! という事はっ! これがあれば英語の試験で簡単に満点がとれますね!」
湯皆は畏怖の篭った視線を指輪に向けたのだが。
「リリーは日本語しか勉強していないのですよ。英語は解らないのです」
まあ、リリアナは天才だから英語を学ぼうと思えば二週間経たずにマスターしそうなんだけど…………。
「不正は許さないぞ。実力でやれ」
俺は湯皆を睨みつけた。仮にも大学生になるつもりならば真面目に勉強しろ。
・
「ふぅー。美味しかったですね。こっちの世界の料理は新鮮で食べた事無かったので」
それな。なんでも目新しい料理に見えるのでついつい食べ過ぎてしまうのだ。
俺は二人を引き連れてカウンターへと向かうと会計を行う。
手元には金貨を含めて結構なお金がある。以前、バイトをして稼いだお金なのだがこういう機会でも無いと使い道が無いのだ。
「サトルさん。御馳走様なのですよ」
リリアナがお礼を言ってくる。俺はリリアナの頭を撫でる事で答えると。
「へぇー。これがこっちの世界のお金ですか。金貨って珍しいですよね」
俺達の世界では昔は金貨なども通貨として流通していたが、少し前は紙幣が当たり前になり、現在は電子通貨もはやっている。なので金貨の実物を見るのはコレクターか美術館あたりになるのだ。
俺は珍しくて覗き込んでくる湯皆に。
「凄いだろ。こっちの世界では俺は金持ちなんだぞ。金貨だって結構持ってるんだ」
シリウスからもリリアナを預かる為のお金を貰っているし、魔法力供給の仕事も臨時でやったりしているので結構な稼ぎなのだ。惜しむらくは決済が出来るクリスタル。あれを手に入れてみたかったのだが、あれは国に所属しているそれなりの身分の者しか手に入らないらしい。
「それって、元の世界で売ったらあっちでもお金持ちになるんじゃないですか?」
「ところがだ。あっちの世界での買取は身分証明書提示しなきゃならないからな。大量に持ち込むと目立つんだ」
なので特に換金する事無くお蔵入りさせている現状がある。もっともこっちの世界に来た時に食料とか買い付けてるからそれだけでも食費が浮いてるので随分と楽なんだけどな。
「じゃあ。私がどんどん奢ってもらう事で消費に協力してあげますよ」
そう言って次の店へと向かう。結局この日は湯皆の気が向くままに観光をした。
最後の方は連れまわされた俺とリリアナはへとへとになるのだった。
・
「そんじゃ。また来いよ」
観光を終えてシリウスの元に戻る。指輪を返して着替えを済ませると。
「次こそは偉い奴との面会を頼んだぜ」
その台詞を背中に聞きながら俺達は元の世界へのゲートを潜りぬけた。
「やー。異世界って良いですねー」
戻ってくるなり上機嫌で俺に話しかけてくる湯皆。
「どこら辺が良かった?」
「変装しなくても良い所もそうですけど、気軽に海外旅行を体験したような感じです。ノスタルジックな風景とか。お城にも入れたし」
どうやら堪能したようで湯皆は終始笑顔を崩さなかった。
「そういえば偉い人がどうのって言ってましたけど」
「ああ。それな…………」
シリウスの無理難題を思い出して俺はゲンナリする。何せ合わせる目処が立つどころかどうやって伝手を作ればいいのかすら考えつかないのだ。
「私で良ければ紹介しますよ?」
「あん? 誰をだ?」
俺は疲れているせいで空耳が聞こえたようだ。
湯皆は不敵にほほ笑むと俺に向かってこう言った。
「望むのなら総理大臣に合わせる事も可能ですよ」
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