第30話酔って女子高生に家まで送ってもらう男

「は? お前がYMNの人間?」


 俺は湯皆が言葉の意味を曲解しているのではないかと思い問い返した。


「そうですよぉ」


 この安い羊羹を美味しそうに食べているアイドルが?


「冗談言って。また俺を騙すつもりか?」


 俺は何度も冗談を言っては騙す湯皆を揶揄すると。


「むっ。嘘なんてつきませんよ。本当に湯皆家の人間なんですって!」


 引っかからなかった事で後に引けないのだろう。ここは大人の対応をしてやろう。


「はいはい。そういう事にしておいてやるよ」


 そう言ってほくそ笑む。


「むむっ! 信じてない! なんで私が唐山さんごときを騙さなきゃいけないんですか! そんな無駄な事しないですよっ!」


 どの口がそれを言う。


「言ったな! そこまで言うなら証拠を出せ証拠!」


 追い詰められた犯人のごとく俺は証拠の提示を求める。


「ええ出しますよっ! 証拠の一つや二つ簡単に出して見せますともっ! 私が深窓の令嬢だと知った後でもその態度取れますかねっ!」


 湯皆も熱くなったのか言い返してきたので。


「そん時はお前の付き人を一ヶ月ぐらい無償でやってやるよ」


「約束しましたからねっ!」





 ・ ・ ・ ・


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「おっと。もうこんな時間だな」


 ふと時計が目に入ってみると時刻は19時を過ぎていた。

 湯皆との軽口は楽しいのであっという間に時間が過ぎていく。


「えっ。御飯食べていかないんですか?」


 湯皆は俺と飯を一緒に食うつもりだったらしい。


「いや。流石に急に出てきたからな。そろそろ戻らないと」


 引っ越しの途中で出てからかなりの時間が経っている。部屋の様子も心配だし、リリアナに何も言っていないからな。

 飯を作って待っている可能性が高いだろう。


「…………ふーん。そですか」


 何やら探るような視線を向けてくる。ここは切り上げた方が良いな。


「それじゃ。またそのうちな」


 俺は玄関に移動すると靴を履く。


「証拠の算段が整ったら連絡しますね」


「……ああ。わかった」


 とにかく早く帰宅しなければと空返事をしつつ外に出ようとすると――。


「唐山さん。何処に行くんです?」


「何処って? 帰るんだよ」


 だからこそ家から出ていこうとしてるんじゃないか。そのぐらい湯皆もわかるだろう。


「だったら何故玄関から出るんです? ここから転移を使って帰ればいいじゃないですか」


 ヒヤリとしたものが背筋を通過する。隣の家だからゲートを出すまでも無いと無意識に判断していた。

 以前、湯皆の実家から帰る際にはためらうことなく転移を使っていた。その不自然さを湯皆は疑っている。


「ああ。思いつかなかった。指摘してくれてありがとうな」


 取り合えず何とかそれだけ返すと。


「むー。何か怪しいなぁ」


 より一層目を細めた湯皆は俺を睨みつけるのだった。




 ・ ・ ・


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 ・



 目の前には巨大スクリーンと壇上があり、天井は高くシャンデリアがキラキラと輝きを放っている。


 等間隔に配置されたテーブルの上には各国の料理が並べられていてその存在感を主張している。

 周囲の賑やかな雰囲気に圧倒されつつ俺は顔見知りを見つけると急ぎ足で駆け寄っていく。


「こんばんわ」


「あら唐山君。こんばんわ」


「はぁーい。久しぶりねぇ」


 日高さんと金森さんが挨拶をする。

 見知った人と会えたことでほっとしたのも束の間。俺は周囲をキョロキョロと見渡した。


「何? 誰か探してるの?」


 そんな姿を日高さんに見咎められる。


「い、いえ。俺って何か場違いじゃないかなと思って」


 周囲にいる人間は全員着飾っている。男はパリッとしたスーツを着ているし女はこれ以上ないぐらいに煌びやかなドレスに身を包んでいる。


「そんな事無いけど。着こなしも完璧だし似合ってるわよ」


 日高さんの言葉を聞いて俺は金森さんを見ると。


「お世辞抜きで言ってもこの中で、悟君が一番目立つわよ」


 金森さんにも褒められた。



 何故俺がこのような場所に居るかと言うと、今日は所属するモデル事務所の合同パーティーだからだ。

 いくつものモデル事務所が合同で、関係者を招待して行われるこのパーティー。


 生半可な場所では出来ないので都内のホテルの会場を借りて行われている。


 当然周りはモデルばかり。俺はそのオーラに当てられると撮影の時以上に緊張してしまい、こうして数少ない知り合いを求めて彷徨っていたのだ。


「それじゃあ私達は挨拶周りがあるから行くけど。唐山君もパーティー楽しんでね」


「えっ?」


 俺の手が空を切ると二人はあっという間に行ってしまった。どうしよう。再び敵地アウェイに放り出されてしまった。


 周囲の人間からもチラチラと視線を向けられる。

 初めての公園での撮影の時と同じだ。俺を値踏みするかのような視線。


 俺はとりあえずどうしたら良いのかわからず、とりあえずテーブルに置いてあるシャンパングラスを手に取る。

 そして一気にあおるように飲んだ。


「プハァッ」


 胃の中に炭酸のシュワシュワが入り込んでくる。パーティーで食事が出ると聞いていたので胃の中は空っぽなのだが、雰囲気に圧倒されていて食事ところではない。

 ひとまず酒飲んで酔っ払えば後の事は何とかなると考えていると。


「唐山さん。楽しんでますか?」


 肩をポンと叩かれる。

 俺はその声にこの上なく安心して緊張が抜けていった。


 ゆっくりと振り返るとそこには今日見た中で一番の美少女が立っていた。


「ゆ…………」


 咄嗟に声に詰まった。動悸が激しくて声をだそうとすると胸が遣える。

 目の前では首を傾げている湯皆。肩を露出させたドレスに細い銀の鎖のネックレス。その先には宝石が輝いている。


(あれだ。知り合いがいないパーティーで心細い所に現れたから普段の10倍程可愛く見えるだけだ)


 そう分析を終えると、余裕を取り戻した俺は先程まで周囲に気圧されて縮こまっていた事を隠す為に話はじめた。


「湯皆か。お前受験は良いのか?」


「うわっ! のっけから嫌味言われた。今日ぐらいは勉強の事思い出させないでくださいよ」


 俺の言葉にげんなりとした表情を浮かべる。

 うん。化粧も衣装も違うが、普段の俺が知っている湯皆だ。


 俺は調子を取り戻してテーブルの食事を皿に取りながら新しいシャンパンも確保する。

 安心したら急に食欲が戻ってきた。

 俺は確保したスモークサーモンを食べる。バジルオイルと岩塩の塩味、スモークの香りが口の中ではじけて最高の味だ。


 何やらぶつぶつと文句を言う湯皆。恐らく空腹で腹が立っているのだろう。


「湯皆も食ってみろ。このローストビーフ凄いぞ。柔らかくて舌の上でとろけるんだ」


 俺は自分が確保していた皿を湯皆に差し出すと、自分はシャンパンを飲む。

 肉にはワインが合うらしいのだが、俺の貧乏舌にかかればシャンパンでも十分美味しく感じられるのだ。


 湯皆は料理を食べつつ俺を見ると。


「あんまり飲み過ぎないでくださいよ? 後で家まで送って欲しいんですから」


 非難の声を上げる。


「あーうん。まかせろまかせろ」


 だが、俺はすきっ腹でお酒を飲んでいたのですでにアルコールが回り始めている。愉快な気持ちになると湯皆を連れて色々回り始めるのだった。





 ・ ・


 ・





『宴もたけなわではありますが――』


 定型の挨拶がスピーカーから流れる。壇上では一人の男が挨拶をしているのでどうやらこの楽しい宴も終わりのようだ。


「唐山さーん。帰りますよー」


 ソファーでぐったりと休憩をしている俺に湯皆が話しかけてくる。


「うーん。この子の弱点はお酒に弱い事ね。マネージャーとして注意が必要よ」


 金森さんが何やら言っている。


「本当にね。これだといつ悪い女に騙されるかわからないわ」


 既にがっつり騙されてます。貴女にね。

 そんな事をふわふわとした思考で考えていると。


「仕方ないわね。湯皆。連れて帰って頂戴」


「はーい。わかりました」





 ・





「ほら。もうすぐ着きますから」


「うーん。気持ち悪い」


 俺は湯皆と一緒にタクシーに乗るとマンションへと向かっていた。

 日高さんが呼んでおいてくれたらしい。


 程なくマンションへと到着する。


「肩貸しますから。せーのっ!」


 力が入らない俺を引っ張り出すようにタクシーから降ろした湯皆は俺の手を引いてくれる。冬の外気は冷たく。湯皆の手も冷たい。


「ひとまず私のマンションに入ってそこから帰ってください。くれぐれもこんな所でアレ使わないでくださいよ」


 真剣な顔で俺に言い含める。もうすぐ家なのに使うわけないじゃないか。


「あーうん。わかってるって」


 俺は壊れたスピーカーのごとく返事をする。


「本当に判ってるんですかねぇ」


 湯皆の呆れた声と共にマンションに入るとエレベーターへと乗る。引っ越し当初は自分の家がここにあるという感覚が無く慣れなかったのだが、最近では乗るともうすぐ家に帰れるとほっと一息つけるまでになった。


「着きましたよ。あと少しだけど大丈夫ですか?」


「うんうん。平気だぞ。俺は酔ってない」


「うわーほんとうに面倒臭い人だ」


 乾いた声を出す湯皆。どうやら今日一日で築き上げてきた信頼がストップ安しているような……。


 俺は湯皆について部屋へと向かう。そして湯皆が家の鍵を開けようとするのを待っていると――。


「サトルさんなのです?」


 ガチャリと隣の部屋のドアが開いた。


「よおリリアナ」


「凄くお酒臭いのです。酔っぱらいなのですよ」


 近寄ってくるリリアナの頭を撫でていると安心したのか段々と意識が遠のいていく。


「唐山さん……。その子は?」


 湯皆が何かを言っているが、俺の意識は寝落ち寸前なので。


「こい…………つは…………おれ……の……」


 その言葉を最後に俺の意識はぷっつりと途切れた。

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