第29話アイドル女子高生の隣に住む男

「何故、あのような事を言ったのですか?」


「あのような? どういう意味だ?」


「サトル様は一般人。偉い人を連れてこいと言われても困るでしょうに」


 クリスティーナのその言葉にシリウスは「ああ」と得心すると。


「俺達の世界とサトル達の世界の今後について話す上で必要だから仕方ねえ」


「今後……ですか?」


 クリスティーナは首を傾げる。


「あいつが居る事で二つの世界が繋がっちまった。今後はいろんな文化や物資が行き交う事になり人同士の交流も増えるだろう」


 それは歴史を読み解くと明らかだった。現代では船が開発された航海時代にはアメリカの大量の銀が流出してヨーロッパに流入して貨幣の価値が暴落した。

 そして、商業の中心都市が移動して、産業革命が起こり、工業化が起こり、資本主義経済が始まった。


 それぞれの世界での希少価値のある物質に技術。魔法と科学が混ざり合う新技術として確立される未来すらあり得る。


 シリウスはその未来の可能性についてクリスティーナに語って見せた。


「どちらの世界も技術を得て発展するのですから良い事では無いのでしょうか?」


「ところが、それは良い事ばかりでもねえ」


 中には、今の体制の利益に溺れて反発する者。戦って奪い取ろうとする者。悪事を成す為だけに異世界にわたり腐った根を生やそうとする者などが現れる。


「こっちの世界だけでもそうなんだ。二つの世界ともなればその混乱は倍じゃ済まねえのは当然だ」


「ですが、それは自然な流れになるので仕方ないのではないですか?」


 シリウスは言葉を避けたが、シリウスとてサトルを利用している。国益の為に繋がりを持ち、数十年。いや数百年先を見越した上でリリアナを送り込んでいるのだ。

 クリスティーナの視線にシリウスは笑って見せると。


「勿論俺もそれを否定する気はねえ。人間の進化の歴史は人類の流した血の歴史だ」


 歴史を紐解けばどちらの世界も戦争を経験してきている。魔法にしろ科学にしろ、文明が大きな進歩を遂げるきっかけはいつだって戦争なのだ。

 だが…………。


「将来的にはそうなるのは否定しねえよ。だがな、最終的にそうなるからって放置するのは間違ってるんだよ」


 その血の先に多くの国民の幸福が約束されているかもしれない。


「俺達の世界と異世界の交流。その最初ぐらいは綺麗に始まってもいいじゃねえか」


 だからこそ、シリウスは偉い人間と会う必要があった。少なくとも自分と同等の権限。国王に準する権利を持つ人間。


「つまりシリウス様は、あくまで皆が仲良く手を取り合って生きてく。そんな道を進みたいと?」


 それはいかにも温い考え。プリストン王国にて覇を唱えるシリウスの台詞とは思えなかった。


「いや。俺様が願うのはあくまで俺様が統治する国が豊かであればいい」


「ですがそれでは…………」


 先程の言葉と矛盾している。そう言おうとしたクリスティーナだったが。


「だから国を統一してやればいい。こっちの世界の全てが俺の国なら誰もが幸せになれるだろうよ」


 道は険しい。モンスターの問題もあるし、雇用や食料。土地の問題。

 人は様々な理由により争いを起こすのだ。それらを全て抱え込むとシリウスは言うのだ。


 

 そんなシリウスだからこそ。クリスティーナは好きになった。


「そうなると。サトル様を何が何でも失うわけにはいきませんね」


「ああ。だから騎士団なんてもってのほかだ」


 サトルが計算外に目立ってしまったので「あの若者を是非私の団に」と各団長からの要望が押し寄せている。

 危険が多い任務の騎士団なんぞに入れられるか。


「だからリリアナなんですね」


「あいつはお前が直々に鍛えた魔導士だからな。要人の警護には最適だし、何よりサトルの事が大好きと来ている」


 先日送り出した妹分を二人は思い浮かべる。今頃はどうしているのだろうか?


「ポンッスを持たせてますからね。次に会う時は妊娠しているかもしれませんよ」


「そうなりゃめでたいが、あれは男の判断力を奪って欲望に忠実にするからな。リリアナで満足できないサトルが他の女を抱いている可能性もある」


「なにせ結婚後に子作りをさせるための滋養増強食材ですから」


「万が一それを見てリリアナが切れたらお前仕込みの魔法でサトルを亡き者にしかねないぞ」


 シリウスはあり得る事態だと真剣に考えこむ。


「ところでシリウス様」


「あん? なんだよ」


 思考を中断させられ不機嫌に答える。


「私としても妹分に先に子供を産まれてしまうと立つ瀬が無いのですが」


「…………何が言いたい?」


 しな垂れ掛かってくるクリスティーナの柔らかい感触を感じる。

 クリスティーナは艶やかな唇をシリウスの耳に寄せると…………。


「私との子作りもそろそろ検討しませんか?」




 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「えへへ。久しぶりですねぇ」


 俺の姿を見るなり、急ぎ足で駆け寄ってきた湯皆。心なしか嬉しそうだ。


「確かに顔を見るのは久しぶりだな」


 友人曰く、最近はテレビに出ないらしく、雑誌なんかでも湯皆の露出が無いように思える。


「そろそろ本気で受験勉強しなければいけないですからね。今はアイドル業では無くて女子高生業を優先してるんですよ」


 女子高生業と言うのが卑猥な言葉に感じた俺だが、ここで野暮な突っ込みをすると藪蛇になりそうなのでスルーしておく。


「アイドルで成功しているのに今更大学なんかに行くのか?」


 代わりに浮かんだ疑問をぶつけて見るのだが。


「本家の方針なんです。将来何になるかはともかく、全員大学ぐらいは卒業しろって」


 本家って……。両親は死んでいるという話だから湯皆の親族の事なのだろう。


「その内、女子大生アイドルになった私を見れますよ。良かったですね唐山さん」


「いや。何が良かったんだよ?」


「えっ。だって唐山さんって女子大生が好きなんですよね? 女子高生なんかより」


「とんでもない風評被害だ」


 まるで俺が女子大生目当てに大学に行っているかのような物言い。

 いつもこうやって俺にいらぬ嗜好を植え付けていこうとする。やはり湯皆は油断ならない。


「ところで唐山さんはこんな所で何してるんですか?」


 その質問に俺は警戒心を最大限に引き上げる。


「逆に聞くが、湯皆こそなんでここにいる?」


 恐らくは予測通りだろう。あの時の日高さんの言葉を考えれば答え合せの必要もない。


「むー。質問に質問で返さないで欲しいです。私はここに住んでいるからですけど」


 そういってドアを指さす。丁度俺の左隣の家で挨拶がまだだった部屋だ。


「ホテルとか実家はどうしたんだよ」


「ホテルはドラマの撮影中に住んでいただけですよ。早朝の撮影とかだと電車動いてないので。……実家は色々あるんで住んでないだけです」


「なるほど」


「それで。唐山さんは?」


 自分は答えたのでそろそろ答えろと視線が物語る。

 正直に言うと色々面倒だ。もし引っ越してきたと知られた場合、部屋を見せろと言うに決まっているのだが、それは出来ないからな。


「俺はこのマンションに引っ越した知人の手伝いだな。もう帰ろうと思っていたところだが」


 微妙に嘘はついていない。リリアナはここに引っ越したし。手伝いで荷物も運んでいる。挨拶回りも終わったので家に帰ろうとしていたのも本当だ。


「へぇ。ここって本家の持ち物なんですけど、基本的に高所得者が多いんですよね。その知人さんも結構な稼ぎなんですね」


 その言葉に唖然とする。

 おのれ日高さんめ。湯皆の隣の部屋に誘導した事もそうだが、それなりに家賃が高い家を紹介するとは…………。実はもっと安い家を紹介出来ただろ。最初に高い物件を見せて目を曇らされていた。

 モデルの仕事を嬉々として選ぶ彼女の姿が思い浮かぶ。


「立ち話も何なんで、家に招待しますよ。折角なんでお茶でも飲んで行ってくださいよ」


 そう言うと指紋認証を済ませた湯皆は左手で俺の手をとる。


 俺は引っ越し作業に夢中になっているリリアナを思い浮かべたが、まあいいかとそのままついていく事にした。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「粗茶ですがどうぞ」


「ああ。悪いな」


 お茶を受け取りつつ周りを見渡してみる。


 部屋全体は白を基調にピンクの加湿器であったり、リードディフューザーなどがお洒落に配置されていて女の子の家と言うのが解る。


 ソファーやらテーブルやらのインテリアが充実していて魅せるための部屋といった出来栄えだ。


 俺がキョロキョロと興味深く部屋を観察していると。


「それにしてもここの羊羹大好きなんですよ。本当に嬉しいです。まるで私の為に用意してくれたかのようなお土産ですよ」


「ははは。そら自意識過剰ってもんだ」


 俺は乾いた笑いを浮かべる。


 引っ越しの挨拶にこの羊羹を用意しろと言ったのはもちろん日高さん。当然湯皆が好物なのは知っているだろうし…………。

 本当にどこまで人を翻弄すれば気が済むのだろうか?


「それにしても、女子高生の一人暮らしにしては凄いな。やっぱり芸能人ともなれば稼ぎが違うんだな」


 そこそこ高い賃料にお金のかかった調度品。揃えるだけでいくらするやら……。


「いえいえ。流石に働いて数年ですからそこまで凄くはないですよ。ここは無料で貸してもらってるんです」


「無料って……。こんないい場所を? そういやこのマンション自体が家の持ち物なんだっけ?」


「はい。そうなんです」


 美味しそうに羊羹をつまみながら答える。


「湯皆の家って何してるんだ?」


 てっきり湯皆自身が金持ちなのだと思っていたのだが、どうやら家の方も金持ちだと知ってしまった。


「YMNグループって聞いたことないですか?」


 唐突な話題の転換。


 YMNグループと言うのは日本において最大シェアを誇る企業グループだ。古くから日本に根付いており、生活の様々な部分を支えてきた。いわば日本の大黒柱ともいえる企業だ。

 近年では海外の事業にも手をだしており、その代表である人物は日本の富豪ランキングにも名を連ねているとか……。


「そりゃあるけど。俺がこの前買ったパソコンもYMN製だし。今度買おうと思ってるテレビもYMNにしようと考えてるぐらいだからな」


 品質が良くて壊れにくいらしいので電気店でチェックしていたりするのだ。


 湯皆は羊羹をもぐもぐと咀嚼して熱々のお茶を飲む。


 そして湯飲みをテーブルに置いて手を添えると真剣な顔をして俺を見た。


「私はそこの本家の人間なんですよ」


「は?」


 俺の乾いた声が部屋に響き渡るのだった。

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