第28話引っ越しをする男

「なあ。偉い人ってどんな奴だと思う?」


 俺の唐突な質問にリリアナは首を傾げて考え込むと。


「国王様か神様だと思うのですよ」


 答えると、菜箸で混ぜる作業に戻る。彼女は今料理に夢中なのだ。


「その二択ならまだ国王の方が現実味があるな」


 何せ、神様と言われても実在していないからな。


 もっとも。自称で良いのなら怪しい宗教をあたれば神の生まれ変わりには会える。

 だが、生まれ変わってる時点でそれは神様じゃなくて元神様の人間なんだよな…………。


「何を悩んでいるのですか?」


 そういうとリリアナは火を止めてトコトコと近寄ってきてパッチリとした瞳で見上げてくる。

 料理をしていたのでエプロンを身に着けたままの状態なのだが、これが超絶可愛い。以前は「疲れるから」と断られていたケモミミと尻尾もこっちに戻ってからと言うもの可能な限り出していてくれる。


 俺は誘惑に負けてケモミミを撫でようと手を伸ばすと。


「っ!?」


 リリアナは吃驚した様子で距離を取ってしまう。最近はどうにも避けられがちなのだ。俺の要望に応えてくれるので嫌われてはいないと思うのだが、触れようとすると露骨に距離をとられてしまう。


 俺は若干気落ちしたが、取り合えずリリアナの質問に答えた。


「いや。シリウスがこの前、「偉い人に会わせろ」と言っただろ? 誰に会わせれば良いのかと思ってな」


 ”偉い人”では指示が抽象的すぎる。俺なんかから見れば、バイト先の社員さんだって雇い主だから偉い人になるんだ。


 背伸びして頑張ってみても俺が紹介出来そうな偉い人となれば大学の教授だろう。


 俺は所詮ただの大学生。特にコネがある訳でもなければ、人脈が広いわけでもない。


 一体、シリウスは俺に対して何を期待しているのやら?


「町内会長さんも偉いのです。リリーは仲良くしてもらっているのですよ」


 リリアナは毎日早朝に散歩をしている。毎日同じコースを歩いているらしいのだが、その途中で同じように散歩をしている老人達と挨拶をするようになった。その内の一人が町内会長らしい。


 リリアナはお年寄り達に人気らしく、散歩をすれば何かしらお菓子だったり飲み物を貰ったりするらしく、どちらかと言えばそれが目的で散歩をしている節がある。


「気持ちは嬉しいけど、シリウスが言ってるのは多分違うと思うぞ」


 それで正解だと言うのなら一度試しに連れて行っても構わないのだが、町内会長は結構な年だ。

 いきなり異世界に連れて行って説明をしても理解してくれるとは思えない。半狂乱になって暴れられたら話をするどころではないだろう。


 俺は考え事に熱中しながらも無意識にリリアナの頭を見ていた。フサフサして暖かそうなケモミミにどうしても触れたい。

 そんな邪な感情に気付いたのか。


「と、取り合えず食事にするのですよ。今日も御馳走なのですよ」


 リリアナは顔を赤らめるとパタパタと台所へと走って行った。




 折り畳みのテーブルを広げると料理を並べていく。


「今日はポンッスの唐揚げにポンッステールスープ。マンドラゴラの茎のサラダなのですよ」


 リリアナは嬉しそうに今日の献立の説明を始めた。


「ポンッスはあっちの世界でも良く貴族が口にする食材なのです。古来から縁起が良くて、結婚式には必ず出てくる料理なのです。クリス様が殿下によく食べて貰っているのです。凄く美味しいのです」


 そう言って盛り付けられた唐揚げとスープが差し出される。


「あ、ありがとう」


 俺はありがたくも若干引く。

 何故なら異世界の食材のせいなのか、食べると異様に身体が熱くなる。


 頭が熱病にやられたかのようにぼーっとして無性に発散したくなるのだ。


 だが、今はリリアナが居る。狭い部屋に男女が一緒に寝ているのでそういう事を出来るタイミングが無い。結果として毎日我慢しているのだが、その我慢もいつまでも持つかわからない。


 だからせめて量を抑える事で症状を抑えたいと思っている。ここは心を鬼にしても断らなければ…………。


「食べて貰えないのです? リリー一生懸命作ったのですよ」


 リリアナの悲しそうな声。楽しそうに料理をしていた。恐らく疲れた様子の俺の為に頑張ってくれたのだろう。


「いや、リリアナの料理は美味しいからな。大盛で頼んだ」


「はいなのですよ」


 泣く子とリリアナに勝てるわけがない。俺は咄嗟にでた言葉に唖然とするが、リリアナは自分の皿に乗っていた唐揚げを移し。スープも並々と注ぎ込む。


 俺は箸を手に持つと、今日も生殺しのような夜を過ごす覚悟を決めた。





 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・





「こんにちは」


 それなりに広いフロアに向かい合って机が並べられている。全部で四つの机で一つのシマになっていて、シマが三にその側面に大きなデスクが三つある。

 配置を考えるのなら大きなデスクがお偉いさんの机で、纏まっているのはそれぞれの部署の配置なのだろう。


「来たわね唐山君。こっちで話しましょうか」


 俺の声に反応して現れたのは日高さん。湯皆のマネージャーをしていて、一応俺のマネージャーとしても辣腕を振るっている出来るお姉さんだ。


 俺は日高さんが手招きするままについていくと、二人が向かい合うテーブルに辿り着いた。

 日高さんは「ドサリ」と紙束をテーブルに置くと椅子に腰かけた。


「すいません。面倒な事をお願いしてしまって。今日は宜しくお願いします」


「いいのよ。タレントのこういう手続きもマネージャーの仕事なんだから」


「それで。何処か良い場所ってありますかね?」


 いつまでもこうしていても仕方ない。俺は矢継ぎに質問をすると。


「大学から通える距離で、部屋は最低でも3つ。セキュリティがしっかりしていて、風呂とトイレは別。このあたりのどれかかしら」


 日高さんはそういうと、ファイルから何枚かの紙を抜き出すと俺の前に提示してみせた。


「このマンションはタワーマンションで駅前にあるから直接駅に向かえるのが便利ね。広さも問題無くて20畳あるリビングはパーティーとかも出来るわよ」


 見せられたのは広々とした間取りをとった高級マンションだった。フロアに余裕があるので確かに日高さんが言うように友人を招待して盛り上がれそうだ。


「気になる賃料は…………?」


「敷金礼金2か月分家賃が月に40万円。初期費用で100万は下らないわね」


「…………そんな金ないっす」


 モデルとポスティングでそれなりに稼いでるとはいえ、リリアナとの二人暮らしだ。

 毎月入用の物を用意していたら蓄えなんぞ出来る状況ではない。


「あはは。だと思った。それじゃあ次の物件ね」


 そう言って嬉しそうに説明を始める。そこからは真面目にやってくれるらしく、俺は日高さんの説明を真剣に聞くのだった。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「最終的に残ったのはこの三つね」


 俺と日高さんはテーブルに置かれた三つのファイルを見比べている。


「一つは部屋は広いけど二つしか無くて、駅から近いですね」


 都心で暮らす中ではこの上なく魅力的な物件だ。セキュリティも完ぺきでオートロックも有るのだが、伝えた賃料に比べて若干予算をオーバーしている。


「借りるだけなら行けそうですが、毎月の支払いがきついっすね」


「そお? 唐山君ならもっと仕事いれちゃえば全然問題無いと思うわよ?」


 そう言った日高さんはもっと俺にモデルの仕事をやって欲しいらしく、この部屋を推してくる。


「だ、大学が遠くなるんで」


 そう言うと日高さんはそれ以上何も言わなかった。


「じゃあ、あとはこの二つね。どっちも同じマンションの角部屋と中部屋になるのよね。どっちにしようか?」


 どちらが良いだろうか? 正直どっちでも良い。俺が提出した条件はクリアしているわけだし。


「日高さんはどっちが良いと思いますか?」


 なので日高さんに任せる事にした。


「えっ、私が決めていいの? じゃあ、中部屋にしておくといいわ」


「ちなみに選んだ理由を聞いてもいいですか?」


 まさか適当という事も無さそうだ。選ぶときに日高さんは企むような笑みを浮かべたから。


「うーん。まあ勘かな。こっちの方が面白い事になるって」


「…………は、はぁ」


 女の勘という奴らしい。それ以上追及してもどうにもならなそうだ。

 俺は結局この部屋を契約する事にした。




 ・ ・


 ・



「新しい家なのですよー」


 リリアナは興奮気味に家の中を見ている。ケモミミや尻尾もこれ以上無い程にパタパタと振れている。


「流石にあのアパートで二人暮らしは狭かったしな」


 何せ、隙間風が吹き込む悪環境。これから冬も本場に入るというのにあの家で過ごすのはきつかった。


「サトルさん。荷物早くなのですよ」


 リリアナが急かして俺の手を引っ張って部屋へと入っていく。事前に説明しておいたが、ここはリリアナが過ごすための部屋だ。広さは10畳あり、元の世界の部屋に比べると手狭ではあるが、リリアナが持ってきた家具や本を置くのには十分だろう。


「わかったわかった。取り合えずゲート開くからこっちに運んじゃえ」


 アパートにゲートを開く。普通なら引越し業者を使わなければいけない所なのだが、俺の転移ゲートのお陰でスムーズに移動が出来る。

 もしかすると俺は引っ越し業者としてもやっていけるのではないだろうか?


 転移魔法が万能すぎて将来の職業で悩む。


 リリアナは重さを感じさせずに次々に荷物を運んでいく。一応纏めやすいように段ボールに詰め込んでいるので運び出すのは簡単だ。

 やがて、アパートの荷物を運び終えると俺はゲートを閉じた。


「うう。何処に何を置くか迷うのですよ。どうせなら完璧に効率的な配置にしたいのですよ」


 リリアナは早速段ボールを開けると配置をどうしようか考えている。何せそれなりに広い家なので、家具も含めて何処に配置するかで悩む。


「リリアナ。俺はちょっとお隣さんに挨拶しに行ってくるから」


「はいなのです。ここは任せてくださいなのですよ」




 ・



「ふぅ。疲れた」


 俺が借りた部屋の上と下の、そして右の家に挨拶をした俺は最後の家に向かっていた。因みに挨拶の時に持参したのは和菓子で有名な店の羊羹詰め合わせだ。

 どの家も喜びながら受け取ってくれたので今後の近所づきあいに対して問題が起こる事は無いだろう。


 可能性があるとしたら左隣の家だ。最初、挨拶に伺った所留守だったみたいで時間を置いた今戻っているのかは不明だ。


「これでやっと落ち着けるんだな」


 俺がマンションを借りた理由はアパートの狭さも要因の一つではあるが全てではない。毎日こみ上げてくる衝動を発散する場所が欲しかったというのが大きい。


「流石にこればっかりは仕方ないよな」


 たとえ妹みたいだと思っていても、年下だと思っていてもリリアナが魅力的な事は否定できない。

 もし欲求不満が溜まって取り返しがつかない事になったら俺を信頼して部下を預けているシリウスにも顔向けが出来ない。


 そんな訳で、必要な出費と割り切った俺は新居への移動を決めたのだ。


「前のボロアパートと違ってスーパーも近いし。引っ越して正解だったな」


 地下にはカラオケやビリヤードが出来るプレイングルームがあり、ロビーで申請をすれば住人が自由に使えるらしい。

 俺は充実した設備を要するマンションに引っ越し出来て心機一転の気分で明日から頑張ろうと決意を新たにした――――。


「あれ。唐山さんじゃないですか。なんでここにいるんですか?」


 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 俺が何気ない動作で振り返るとそこには――。




「なん……で…………ここに?」



 制服を身にまとった湯皆翼が立っていた。

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