第27話試験をめちゃくちゃにした男

「あー集中したー」 


 サラサラとペンを走らせる音が止まるとシリウスはペンを机に置くと大きく伸びをした。


「シリウス様。お茶を淹れましょうか?」


「ああ。頼んだ」


 シリウスがそう答えると、女はポットに茶葉とお湯を注ぎ、カップを温め始める。


 茶葉がひらくまでの時間。静寂が場を支配する。


「それにしても。いつになく真面目ですのね」


 それを退屈と感じたのか女はシリウスに話しかけた。


「そりゃあな。国の重要な人材を登用する日だし。俺だって年中遊んでるわけじゃねえよ」


 真面目と揶揄されて若干不機嫌な様子を見せるシリウス。そんな様子がおかしかったのか女はクスリと笑うと。


「今年も有望な若者が集まってますからね」


 貴族のみで無く、市井からも騎士見習いや魔導士見習いを登用するこの制度は実際、よく機能をしている。

 閉鎖的であった城内に蔓延していた腐敗と言う名の停滞もここ数年なり潜め、今は新しい流れが出来つつある。


 国としてお触れを出すことで、この時期に国仕えを目指して多くの人間が王都へと集まる。それらは国の内外問わず訪れる為、商業効果が高く王都はこの時期になると賑わいを見せていた。


 外部からの人間を取り込む事により、新たな文化や知識を取り入れる。当然反発もあるのだが、意図的に対立構造を作りそれをコントロールする事により不満を発散させている。


 この制度のお陰で、毎年選出される人員は優秀で。急速に人で不足が解消され、目の届かない地域にも騎士や魔導士が派遣され、治安維持が容易になっていた。


「そういや。そろそろ一次試験が終わっても良い頃合いか?」


 例年の時間を考えればそろそろ終了していてもおかしくない。先程、サトルを意図的に第一演習場に行かせた事を思い出す。

 ヴェルガーが兵隊職を辞して、一般で応募をしてきたのを知ったシリウスは、「どうせなら自分で引導を渡したいだろう」とサトルに配慮をして見せたのだ。


 狙い通りなら、一次試験でヴェルガーを叩きのめして満足しているはずである。

 あまり長くサトルを拘束するとリリアナがヘソを曲げかねない。そろそろ回収してきた方が良いかもしれないなとシリウスが考えていると――。



 ―バンッ―



 ドアが乱暴に開いたかと思えば。そこに一人の騎士が立っていた。確か、試験官として今日は一般兵を試験している騎士だ。


「殿下大変ですっ! 登用試験がっ!」





 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「それで? どうしてこうなったんだ?」


 呼ばれて行った先でシリウスが目撃したのは、受験生と試験官が倒れておりその中心にサトルが立っている光景だった。


「あっ。シリウス」


 まるで散歩途中にあったかのように話しかけてくるサトル。奴は木剣を投げ捨てると近寄ってくる。


「お前が教えた通りに歩いたら変な場所に着いたぞ」


 そういって不満げにシリウスに食って掛かるサトルに。


「とりあえず、どうしてこうなったか説明しろ」


 シリウスは溜息をもらすとそう言うのだった。









 ※※※※※※※※※※



「おっ、お前っ! い、今のは…………?」


 試験官はヴェルガーが気絶しているのを見届けると、立ち上がってサトルに話しかけた。


「えっ。見ての通りだったんですけど?」


 サトルは信じられないという表情を作るとそう言う。まるで自分がやった事は騎士ならば見切れて当然とばかりに。


 サトルにしてみても適当にはぐらかすだけのつもりであった。根掘り葉掘り聞かれても面倒なだけだし、最悪はシリウスの名前を出せば引き下がると思っていたから。

 何より、ヴェルガーを退場させた事でこの後の試験は離脱するつもりだったので、あまり試験官と長く話をしていたくはなかったのだ。



 だが、騎士とはプライドが高いものだ。まさか格下の受験生からこのように言われて「全く何も解りません」と答えた日には周囲から白い目で見られた上に軽んじられてしまう。



「ば、馬鹿な事言うな。解るに決まってるだろう!」


 騎士は焦る様子で叫んだ。彼らは全部で13ある騎士団の中からそれぞれ1名ずつ今回の試験の為に集められたエリート。それぞれの団の中でも「こいつなら他の騎士団の奴に負けないだろう」と送り出されている。

 それだけに、その失態は他の騎士団が知る所となってしまうのだ。


 周囲の人間の視線がサトルからその騎士へと移っていく。解ると言ったからにはどのような回答を導きだすのか。その場の全員が気になっていた。


「ファ、ファントムスラッシュと言う虚像の刃を飛ばすスキルが存在している。あれは虚像の刃だが、人間の精神は見たものに対して働く。ヴェルガーは獣人化していた。その神経は過敏となっており、虚の刃で斬られたのに対して実際に斬られたと思い込み気絶したのだ。どうだ?」


 右手をくるくる回しながら論理的思考で騎士は言った。実際、達人が放つ虚像の刃で人が死ぬ事もある。

 これは一種の催眠状態で攻撃を受けると、脳が本当に斬られたと認識してショックで心臓が止まるからだ。


 この騎士は実際にあった例を元に説明をしてみせたので周囲は「なるほど」と納得のムードが漂う。だが……。


「俺の振りに対して虚像の刃見えました?」


「たっ、確かにっ!」


「見えてないぞ」


 サトルの鋭い突っ込みに周囲も我に返り次々にその騎士の答えを却下した。

 一度、窮地を脱却したつもりだった騎士は、周囲の批判に対して顔を真っ赤にすると……。


「だったらお前らは解るのかよっ!」


 もはや恥も外聞も減ったくれもない。解らないものは解らないのだ。その騎士が周囲の騎士たちに質問をしようと目を向けると、目を向けられた騎士たちはその視線を外すのだった。


「そら見ろっ! お前らだって解らないんじゃないかっ!」


 ここぞとばかりに声高に怒鳴り散らす。こうなればせめて周囲を道連れにしなければ気が済まない。

 自分だけが恥を掻くのなら屈辱だが、誰一人として答えられないのならそれは自分が悪いわけではない。


 この自分だけでは決して沈まぬという血走った目に騎士達は苦い顔を作る。このままでは自分もこの騎士同様に受験生達から軽んじられてしまう。


 そこまで考えた騎士たちは口々に言い始めた。


「偶々よそ見してたんでな。試合を見てなかった」


 ある騎士は主張する。自分はよそ見をしていて試合そのものを見ていなかったと。だが、彼は審判の一人だった。無理がある。


「そういえば目にゴミが入ってたんだよ」


 ある騎士は主張する。風でゴミが飛んできたから見えなかったと。だが、周囲は壁に囲まれていて風でゴミが飛ぶわけがない。無理がある。


「飯の事考えてた」


「腹が痛かった」


「魔導士隊との飲み会について考えてた」


 その他の連中もつらつらと言い訳を並べ始める。ここで見ていたと認めると負けとばかりに。


「この国大丈夫なのか?」


 シリウスやリリアナから国力が高いと聞いている。周囲の国に対して武力や経済力で圧倒できる大国だとか。

 そんな国の人間たちが、こぞって言い訳を始めたのだから、サトルでなくても不安に思うのは無理ない事。


 一通りの言い訳が終わった後。最初に言葉を発した騎士はこう言った。


「だったら、もう一度見せて貰おうじゃないかっ! 実際に戦えばこんな程度看破出来るに決まってる!」


 結果として、サトルはこの場の全員を相手にする羽目になったのだった。




 

 ※※※※※※※※※※





「てなわけで、戦ったんだけどさ。何度見せても技を見切れないらしくてな。それが連中のプライドに傷をつけたのか、順番に挑んできて気が付けばこうなっていた」


 騎士と言うのはプライドが高い。自分たちが出張って倒された挙句、何をされたか解りませんでは他の部隊に対して示しがつかない。


 恐らく、引くに引けない状況になってせめて技ぐらい見切ってやると突撃を繰り返す羽目になったのだろう。


「まあまあ。これは想定外ですわね。、各騎士団長が本気で欲しがりそうですわ」


 シリウスに付いてきた女が興味深そうにサトルを観察している。シリウスは身体をブルブルと震わせたかと思うと――。


「取り合えずこっちに来やがれ」


 二人を連れて自室へと引き上げるのだった。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「いや。本当に悪かったって。流石に試験を無茶苦茶にしたのは謝る」


 サトルはシリウスが無言でいるのを怒っていると判断すると拝み手を作って謝り始めた。


 シリウスは聞こえているのか判らないが、顔を合せることなく何やら考え込んでいる。

 時折ぶつぶつと「その手ならやれるか?」とか「最初に動きを封じれば」などと言っている。


 そんなシリウスに対してどのような裁定が下されるかビクビクしていると。


「安心してくださいサトル様。あれは喜んでいるだけですわ」


「えっ? そうなの?」


 どう見ても怒っているように見える。視線を合わせないし、身体も揺れているし。


「複数の騎士を叩きのめせるような人材はこの国でも中々いませんから。シリウス様は怒っているのではなく戦いたくてうずうずしてるのを堪えているのですわ」


 事実その通り。シリウスはサトルが思っているより戦える事に喜んでいた。


 そんな事とはつゆ知らず、サトルは目の前の人物が気になる。


 高級ドレスに身を包み、シリウスの事を良く知っている様子で。更にはサトルの事まである程度把握しているようだ。


 サトルの探るような視線に気づいたのか、目の前の女性は朗らかにほほ笑むと胸に手をやって挨拶をした。


「申し遅れてすみません。私はクリスティーナ・アナスタシア。シリウス殿下のフィアンセですわ」


「はっ?」


 サトルは言われた言葉の意味が解らずに声が漏れる。


「あなたの世界の言葉では婚約者ですね?」


 サトルが狼狽するのが面白いのか「フフフ」と口元を隠して上品に笑う。サトルはその洗練された仕草に魅了されれると顔を赤くした。


「いや……婚約者って……。シリウスに? えぇっ!」


 目の前の優しそうな美女と、暴君としか思えないシリウスがどうして婚約したのか理解できない。親を人質にでも取られてるのか?


「おい。そんな驚く事でも無いだろうがよ。俺様ぐらいになれば婚約者の一人や二人いて当たり前だろうが」


 いつの間にか元の様子に戻っていたシリウスがいつもの調子で会話に加わっていた。


「いや。だって。話に聞いてはいたが、お前にこんな美人の婚約者がいるなんて。納得できないんだけどっ!?」


 暴君の癖に。女泣かせまくっている癖に。清楚で包容力があって理想的な肉体を持つ婚約者がいるなんてずるい。


「それを言うならお前もこっち側の人間だろうがよ」


 その視線からサトルの心の声を聞いたシリウスは言い返した。



 リリアナは容姿頭脳共に優れていて、力も魔力もずば抜けている。

 後数年もすればクリスティーナにも劣らない美少女になるのは明らかなのだ。


「いや。生まれてこれまで彼女が居た事無いんだが?」


 最近は確かにモデルの仕事をしているせいか、女子高生だったり大学の女だったり。職場のモデルさんに声を掛けられる回数は激増したのだが。

 それでもそういう関係にまで発展したためしはない。


「あん? リリアナはどうしたよ?」


「リリアナ? なんでそこでリリアナが出てくるんだよ?」


 その顔はとぼけているというよりは何も知らない様子だ。


 サトルのその態度にシリウスは嫌な予感がする。


(どうやらリリから聞いた内容と食い違いがあるようですね)


 戸惑うシリウスに対して、冷静に聞いていたクリスティーナが状況を判断する。


(いや。あれだけリリアナはサトルからプロポーズされたって言ってたんだぞ。あれが勘違い?)


 恥ずかしい姿を見られたと言っていた。あれが嘘だとは思えない。


「じゃ、じゃあお前は今。誰とも付き合ってない。つまり恋人の一人も見つけられないヘタレの平民って事であってるか?」


「あっ? 喧嘩するなら買うけど?」


 男同士の掛け合いだと思ったサトルはシリウスが軽口を叩いたのだと思って返事をする。


(どうします。なんなら私の方からお伝えしますわ)


 シリウスが言ったところで冗談にしかとられないと思ったクリスティーナは説明役をかって出たのだが。


(いや。それで真実を話してリリアナを拒否されちまったら元も子もねえ。幸いな事にどっちも気付いてないならこのまま押し付けちまった方が良いだろう)


 サトルは単にリリアナの面倒を見るつもりで迎えに来ている。

 ここで、「リリアナの生まれたままの姿を見た責任とって結婚しやがれ」と言ったところで、本人に拒否されてしまえばその道は途切れてしまう。


 そして、事実としてサトルがリリアナに抱く感情は年下の妹に近い。


(ですが、リリアナが勘違いしたままではこの先に支障がでるのではないですか?)


 クリスティーナのもっともな疑問に。


(世の中にゃ既成事実と言うものがあるからな)


 その言葉にクリスティーナは意味深に笑うと。


(あの時の殿下は素敵でしたわ。そうですね。精力の付きそうな食べ物をリリアナに持たせましょう)


 その言葉にシリウスは頷く。


 今はまだ無理でも、何処かのタイミングでサトルがリリアナに女を感じるかもしれない。

 この年頃の女は成長が早いのだから。



 それから暫くすると、試験を終了させたリリアナが部屋へと入ってくるのだった。




 ・ ・


 ・


「それでは。殿下にクリス様。お世話になりましたのです。リリーは幸せになりたいと思うのです」


 大量の贈り物を背景にリリアナは二人に対してお辞儀をした。


「お。おう。元気でな」


「また顔を見せて頂戴ね」


 そんなやり取りを見てサトルは――。


「まるであっちの世界に永住するみたいな言い方だな。いつでもゲートを開くから帰ってこれるんだぜ」


 まさかリリアナが嫁ぐつもりで付いてきてるとは思わないサトルはポロリと言葉を漏らした。

 その事についてリリアナは何かを言おうとするのだが――。


「そういやサトル。今度で良いんだが頼まれてくれねえか?」


 咄嗟にシリウスが遮る。あちらの世界に戻してしまえば簡単には追い返せない。

 せめて本人たちが食い違いに気付くまでにくっついてくれれば良いなと内心で考えながら。


「いいけど。なんだよ改まって」


 元々頼むつもりだった。これから先、サトルが二つの世界を行き来するのなら必要になる事だし。最終的には二つの世界の未来に関わるからだ。


 サトルがこちらの願いを聞いてくれる体制になったのを見届けるとシリウスは咳ばらいをしてタメを作るとその願いを口にした。








「お前の世界の偉い奴と話をしたいから時間を作るように言っといてくれ」

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