第26話部下にセクハラをする男

 ~二週間前に遡る~


「いきなりですが、退職するのです。今までお世話になりましたなのです」


 唐突にシリウスを訪ねてきたリリアナは丁寧なお辞儀をした。


「は? 何を言っている?」


 シリウスは想定外の言葉にペンを落とした。ペン先からインクがこぼれて書類を汚す。


「リリーは結婚する事になったのです。だから痛かったり大変だったりする仕事はもうやりたくないのですよ」


「そもそも相手がいないだろ?」


 シリウスが突っ込む。リリアナは頬に手をやって「ポッ」と顔を赤らめると。


「実はですね。えへへ。サトルさんがプロポーズしてきたのです」


 シリウスの脳裏に先日、酒を酌み交わした相手が浮かぶ。自分と同じ年齢の異世界から来た客人で、今のシリウスにとって最も重要度が高い人物でもある。

 そのせいもあって、シリウスは短時間ではあるがサトルと関り、その内面をそれなりに知っていた。


「無いな。お前はあいつの好みから外れてる」


 と言うか、そもそも異性として認識されていないはずだ。


 シリウスは今後の調査の為に高級酒場に連れていき、サトルの言動を見ていた。

 奴は年上相手には張り切って笑顔で話しかけていたが、年下には話しかけるそぶりも無かった。これはサトルが年上に対して並々ならぬ憧れを抱いている裏付けであり、年下に関しては何ら魅力を感じていない証拠でもある。


 日頃の報告(リリアナ視点)を客観的に判断するのなら異性と言うよりは妹のような扱いだ。


「で、でも。責任取ると言ったのですよ」


 これまた物騒な言葉が出てきたもんだなとシリウスは眉をしかめる。シリウスが最後にこの台詞を聞いたのはベッドの中。酒を飲んで起きたら全裸の女性が居て、口にされたのだ。

 そんな訳で、シリウスにとって【責任=男女の関係】という図式が根付いていた。


「もしかして…………………………………………のか?」


 思わず前のめりになり聞いてしまう。自分はリリアナの幼い容姿に興味も無ければ食指も動かないのだが、経験して女になったというのなら何らかの色気やらが出ていないか気になったのだ。


 シリウスのストレートな言葉にリリアナは身体を抱きしめる。年の割に育った胸が強調された。


「…………た………………です」


「うん?」


「リリーの生まれたままの姿をみられたのです」


 消えそうなほど小さな声だったが、どうにか拾う事が出来た。

 そしてシリウスは納得する。リリアナの種族としてのを思い出したからだ。


(俺なら、勝手に見せた方が悪いと突っぱねるが、サトルは押しに弱いからな。リリアナの情に絆されたんだろう)


 元々、自分もそこを突いていこうと考えていた。サトルのような善人ならば一夜を共にすれば簡単に切り捨てられないだろう。リリアナに先行されたようだが問題はない。

 シリウスは自分が立てていた計画をいったん頭の中でご破算にすると聞く。


「解った。それで、結婚式はいつにするんだ?」


「えっ。殿下?」


「なんだよ?」


「許してくれるのですか?」


「許可を取りに来たんじゃねえのかよ?」


 意外そうな顔をするリリアナ。もちろん二人の決意に心を打たれたからなんて理由ではない。

 シリウスは王族だ。これから何十年と国を維持していく責任がある。これは国益を考えた上での判断だった。


 現在において、使える人間が居ない転移魔法なのだ。将来の計画を考えるなら、繋ぎ止めるために女を宛がう予定はあったのだ。


 今シリウスが書いていた書状は有力な貴族の娘。特に魔導士や希少な恩恵ギフトの持ち主に対して婚約を打診する内容だった。


 何故かと言うと、希少な恩恵を持つ者同士が結婚して子供を作った場合、その恩恵が継承されやすい。もし、仮に継承されなかったとしても、子供は新たな恩恵を受けやすいのだ。

 そういう意味ではリリアナの恩恵も種族も条件として申し分が無い。


「ありがとうございますなのですよ。いきなり結婚は自信が無いのです。まずは一緒に生活をしてからにしたいのですよ」


 正直な所、自分の懐杖であるリリアナが抜ける事で仕事が増えてしまうのが懸念された。だが…………。


(それに関しては、俺の婚約者様にお願いするか。あいつは本当に何でも出来るし)


 自分の腹心を嫁がせる事でサトルとの関係が強化できる。そのメリットを考えるならこれはむしろ良い選択だったと言える。


「じゃあ取り合えず婚約という事にしておく。仕事は辞めさせないからな。これからは非常勤扱いにしてやる。仕事内容は異世界での情報収集だ。今まで通りに国益になりそうな情報を異世界で探れ」


「はいなのです!」


 色よい返事だ。シリウスは鷹揚に頷くと、ふと思い出したかのように言った。


「最後にリリアナ。お前に一つだけ言っておく」


 それは今までシリウスと接してきたリリアナが初めて見る表情だった。世間から【暴君タイラントプリンス】と呼ばれあらゆる理不尽を周囲に強いてきた男の顔ではなく、まるでサトルがリリアナに向けるような優しさの篭った視線。


 リリアナはシリウスが自分とサトルの関係を心の底から祝ってくれているのだと思った。そうすると出てくる言葉は決まっている。「幸せになれよ」とか「今までご苦労だった」あたりだろうか?

 リリアナはシリウスが言うであろう言葉を先読みすると胸の内が熱くなり涙がこみ上げそうになってきた。


 どうにか泣かないように堪えて目元を拭うとその幼い顔を引き締めてシリウスの言葉を待つ。


 そしてリリアナの聞く姿勢が整ったのを認めたシリウスは一転して真剣な顔をしてリリアナの肩に手を置くと言い放った。


「子供は最低でも10人は産めよ」

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