第25話試験に紛れ込んだ男
「よう。久しぶりだなサトル」
サトルが転移ゲートを潜り抜けるとその場にはシリウスが立っていてニヤリと笑うと挨拶をする。
「リリアナは何処にいる? 二週間ぶりに迎えに来た」
サトルは辺りを見渡すのだが、目的のケモミミの少女が何処にも見当たらないので聞いてみた。
「リリアナなら第一演習場にいるぜ。演習場はこの先を左だ」
シリウスが指さす先には建物の入り口があり、その先に目的の人物が待っていることをサトルに教える。
「わかった。行ってみる」
そういうとサトルは第一演習場へと歩いて行った。
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【第二演習場】
ここはプリストン王国の王城内にある演習施設で、主に魔法などの訓練を行う為に作られた演習場だ。
壁には対魔法用のコーティングが施されており、地面には威力を減少させる魔法陣が描かれている。
ここでは現在、宮廷魔導士採用試験が執り行われていた。
「そこの受験生。前に出るのです。リリーが相手をしてあげるのですよ」
宮廷魔導士とは王城に努める魔導士のエリートだ。プリストン王国では二段試験制を採用しており。まず一般的な魔導士になる為の採用試験を行う。
この試験は本日別な場所で並行して行われており、そこで魔道の才能がそこそこあると認められた人間が国家魔導士の資格を得て国勤めとして働く事になる。
対して、宮廷魔導士になる為には国家魔導士として経験を積んで試験を受ける必要がある。
そしてその試験は受験生に対して現役の宮廷魔導士が試験を行うのだ。
求められる資質は現役と同等かそれ以上。この試験で試験官に善戦もしくは倒してのければ晴れて宮廷魔導士の一員になれる。
採用者には専用のローブが支給され、以後式典などの行事の場ではローブの着用が義務付けられる。
とはいえ相手は現役の宮廷魔導士である。
幾多者挑戦者が現役との実力の壁に挑み、そして――――。
「あまいのですっ!」
リリアナの魔法により受験生がなぎ倒された。
「攻撃ばかりに目が行き過ぎなのですよ。相手の魔法を判別し終えたのならそれを逆手にとって反属性で牽制するなり、やり方があるはずなのですよ」
ダメージを受けて立ち上がれないでいる受験生に対してリリアナは戦後の感想を言ってのける。
受験生は「ありがとうございました」とお辞儀をするとよろよろと魔法陣の外へと出ていった。
リリアナはそこで一息吐くと。
「リリアナ終わったかしら?」
純白のローブに金のティアラ。紫のイヤリングを身に着けて、ヴェルマイトの魔石を嵌めた杖を持つ美しい女性が声を掛けてきた。
「イリス様。終わったのですよ」
彼女の名はイリス。リリアナが所属する宮廷魔導士。そのトップに君臨する女性だ。
「みたいね。それにしても調子が良いじゃない? 何か良いことでもあったのかしら?」
普段に比べておどおどしていない。それどころか対戦相手に対して倒した後も的確な指導をしており、イリスはリリアナに何かしらの心境の変化を感じ取っていた。
イリスの言葉にリリアナは顔を赤らめると。
「べ、別にリリーは久しぶりにサトルさんに会えるからって喜んでたりなどしないのです。いつも通りに職務を忠実にこなしているだけなのですよ」
途中からケモミミと尻尾が出てパタパタさせているので嘘なのが丸わかりだ。
イリスはクスリと笑うと優しい目でリリアナを見つめる。
(この子もこんな顔を出来るようになったのね。殿下から聞いてはいたけど、信じられないわ)
ふとイリスはリリアナにこんな表情をさせる相手が気になった。
「そのサトルさんはいつ来るのかしら?」
出来る事なら一度見てみたい。そんな好奇心からリリアナに質問をする。
「もうすぐだと思うのです。殿下に伝言をお願いしてあるのです。来たらイリス様にも紹介するのですよ」
リリアナはそう言うと、待ち遠しそうに入り口を見るのだった。
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【第一演習場】
「静粛に。諸君らにはこれから試験を受けてもらう。その結果次第では若干名の騎士見習いを採用する事になるが、本来は名家でなければ成れない騎士になるのだ。生半可な覚悟で挑まぬように」
筋骨隆々の試験官の声は良く通り、この第一演習場へと響き渡った。
ここに集まっている受験生には様々な生い立ちがある。
農家の次男三男や、商会の次男三男など。あるいは貴族の家の四男以下。
いずれも扱いは平民となり、成功者としての保証を得られない人物だ。
そう言った人間は成り上がってやろうと一念発起したり、あくまでも貴族としての既得損益を護るべく権利にしがみつこうとする。
彼らは実家を継げないと分かった段階から、剣を学んだり、あるいは冒険者として下積みをして力をつけたりと、この試験に向けて準備を積み重ねてきた。
誰もが、年に一度の試験を前にして気分が高まり。やる気を漲らせる中、間に挟まれて気まずそうな表情をしている人物が一人いた。
その人物の名はサトル・カラヤマ。
ここではない世界で生活をし、偶々発現した転移魔法で異世界と現代世界を行き来する
試験官が試験の詳細を説明をしている所で、サトルは何故このような事になったのかを考えていた。
シリウスの伝言通りに、第一演習場を訪れたサトルだったのだが、そこにいるのは鎧に身を包んだ騎士達と、騎士の登用を目指さんと集まった受験生達だった。
リリアナに会いに来たサトルはここに彼女が居るのだと思って近寄っていく。そして、受験生の一人に話しかけようとしたところで号令がなされ。
他の受験生と一緒に整列をしたところで前後左右を挟まれてしまい、先程の試験官の説明を聞くことになった。
こうなってしまっては抜け出すと目立ってしまう。そんな危惧を抱いたサトルは話が落ち着くまで待つことにしたのだが…………。
「まず騎士に求められるのは強さだ。そこに模擬戦用の武器が多数用意してある。各自好きな武器を持ったら、目の前の列に並ぶように。その時隣に立つものが対戦相手だ。我々の前で戦ってもらい負けた人間は失格。勝てた人間のみが次の試験へと進めるのだ」
その試験官の台詞でも受験生たちに動揺は見られない。
何せこの試験。毎年行われており、1次試験は同じ内容なのだ。よって、最初の試験時にいかにして隣に弱い人間を置くかがコツであったりもする。
中には金で雇った人間をあえて自分の隣に置いて、1次試験を突破するような人間も少なからず存在する。
最も。そういう小細工をしたところで、過酷と評判の登用試験だ。そのような輩は勝ち上がれる筈もない。
(さて。とっとと逃げようと思ってたけど、負ければ終わりなら丁度いいかな。リリアナも見当たらないし。何故か男しか居ないし。中途半端に抜け出して目立つよりは負けて離脱した方が良いか)
自分の能力ならば上手に負ける事も可能と判断したサトルは適当な武器をあさりに受験生達の後ろをうろつく。
「ここは木剣にしとくか。一番慣れてるし」
以前、ヴェルガーとの対戦で使った感覚が残っているのでサトルは木剣を採用した。
他にあるのは木槍・木斧だ。実際の戦場となれば多種多様の武器が存在するのだが、訓練用には多く作られていないのだ。
サトルは木剣を片手に列に並ぶ。誰が来ようと関係ない。何せ自分はさっさとこの場をおさらばしてリリアナのケモミミ成分を補給しなければならないのだ。
列に並んで暫くして、隣に何者かが並ぶ気配を感じる。
サトルの対戦相手になる勝利を約束された幸運な男の登場だ。
特に対戦相手に興味が無かったので、前を向いていたサトルだが。
「おっ、おまっ…………なん…………で…………?」
妙に聞き覚えのある癇に障る声。サトルは嫌な予感がしたので隣を見てみると。
「あんたは…………なんでここにいる?」
サトルが指差した先に居たのは、以前ここで剣を打ち交わしたヴェルガーだった。
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「それはこっちの台詞だ小僧。ここは騎士の登用がなされる試験会場。貴様のような凡百の小僧が来られるような場所ではない」
出会い頭に随分な言葉を言われたサトルだったが、膨らむ疑問をぶつける。
「だって、あんたそもそも王城内の部隊の隊長さんだったろ? こんな試験受けなくても既に城内で働く条件を満たしてるんじゃ?」
ここはあくまでも一般の中から騎士見習いを選ぶ試験会場である。
元々王城に勤めている人間には別の騎士登用試験がある。
それは先程リリアナがやっていたような現役の騎士と兵卒の模擬戦で、見事騎士を倒すか、善戦する事で登用されると言った内容なのだ。
ヴェルガーは王城内の兵卒なのでここにいるのがおかしい。
そんなサトルの疑問にヴェルガーは忌々しそうに答えた。
「そもそも貴様のせいなのだぞ。貴様が余計な真似をするから、ワシは殿下の不興を買ってしまい降格処分を受けたのだ。一度降格を受けた人間は出世競争から外れる。今まで馬鹿にしていた部下なんかにもタメ口を叩かれ、雑用も今までの倍以上。やってられるかっ!」
どうやらこの男。シリウスの処罰により、隊長としての権限を取り上げられて降格したことに不満を抱いたようだ。
通常、降格処分を受けた人間は騎士登用試験を受ける事は出来ない。それは、不祥事に対する戒めだからだ。
だが、この戒めにも抜け道は存在する。王城の兵卒としては戒めがあるが、王城外では別なのだ。
ここに集まるのは一般の募集であり、実際の試験として現役の騎士を相手にするよりは受験生の中から勝ち上がる方が楽だったりする。
同僚の蔑みに堪えられなかったヴェルガーはこの試験が始まる直前に仕事を辞め、そして一般人として試験に参加していた。
「なんつーか。かっこ悪いな」
偉そうな事を言いながらリリアナをいたぶっていた割には、自分に批難が向くと泥を掛けて逃げ出す。そのような男が騎士になるなんてサトルの内心でも笑える話では無かった。
(こんな奴が騎士になって、リリアナより上位になったら……。またリリアナが不幸な目にあわされかねない)
酒の席でシリウスに「厳正なる処罰を」と頼んだ結果がこれで、一瞬スッキリしたのだが、抜け道を使って這い上がろうとするヴェルガーをサトルは不愉快な生物を見るような目で見た。
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「よしっ。次の二人。こっちに来て向かい合え」
試験官の言葉でサトルとヴェルガーはお互いに木剣を持って向かい合う。
距離にすれば十メートル。お互いの挙動が確認でき、睨みつけてくるヴェルガーの焦りも同様に認識できた。
「それでは。これより模擬戦を開始する。どちらかが気絶する、あるいは戦意を喪失したら負けだ。決着がついた後の攻撃は認めない。存分に戦うと良い」
試験官がルールを説明してくる。ヴェルガーはその言葉に舌打ちをした。何せ自分に恥をかかせて現在の境遇へと追いやった相手が目の前に居るのだ。
(まあよい。決着がついた後の攻撃は禁止なら、止められる前にやってしまえば良いのだ)
その瞳に獰猛な色が宿る。それはまるでオオカミがウサギを食い殺そうと狙う表情にも似ていた。
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「それでは。試合開始っ!」
試験官の開始の宣言と共に、ヴェルガーは剣を捨てた。
「何っ! いきなり武器を捨てるだと?」
試験官の驚きの声が響く。そして――。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーン」
ヴェルガーが叫び声を上げるとその形態を変えていく。人の身体から耳と尻尾が生え獣人化する。
ヴェルガーはオオカミの獣人。この状態では肉体の敏捷度や筋力は大幅に跳ね上がる。
そもそもヴェルガーが武器を捨てたのは、試験官が中止を宣言する前に目の前の小僧に大怪我を負わせる為だ。
騎士達は節穴ではない。仮に順調に一振りの剣が相手に当たったとして、次の瞬間には止められてしまう。それではつまらない。
持ちうる限りの敏捷度で、怪力で。出来るだけ大きなダメージを一瞬で与えなければヴェルガーは気が済まなかった。
「グルルルル。覚悟は良いか小僧?」
口から唾液を滴らせてヴェルガーが吠える。
「覚悟? あんたを再起不能にする覚悟の事?」
それは奇しくも、以前した時と同じやり取りだった。だが、あの時とは違いヴェルガーもサトルを警戒している。
何せ、前回は自分の怪力を涼しい顔をして受け止めたのだ。
(こちらから仕掛けるのは愚策。相手が仕掛けてきた瞬間を狙ってカウンターで一気に攻撃に出てやる)
以前見た時のサトルの剣の構え方が素人だったのをヴェルガーは覚えていた。そうであるならばまともな剣の振り方は知らないはず。
動きに無駄があれば、その隙に乗じて攻撃するのが一番だと判断した。
サトルは近寄る事無く剣を構える。剣術の居合抜きの構えだ。ヴェルガーはそれを誘いと思い動けない。
「どうしたっ! 早く試合をはじめんかっ!」
試験官の檄が飛ぶ。
ヴェルガーの背筋に汗が流れる。そんな中サトルが動くのが見えた。
サトルがした動作は一つだけ。
手にした木刀を右足を軸にして踏み込み、中空で振りぬいた。
数秒の時間が流れる。この場にいる試験官も、試合を見ていた受験者も微動だにしない両者に困惑する中。
「これでいいんですよね?」
サトルの気の抜けた声だけが会場に響く。
「な、何を言っている?」
「だから。アレですよ」
そういって指さした先に佇むヴェルガー。
一見変化が無いように見えたそれだったが、よくよく見ると前に倒れてきてそして――。
「気絶してるから俺の勝ちで良いですよね?」
派手な音を立てて倒れて土煙が舞う。
確認に行った試験官にサトルは聞くと。
「け、決着っ!」
試験官が終了を宣言した。
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