第24話穴に棒を突っ込んで射出する男
「それでですね。その監督がいう事がコロコロ変わって酷いんですよぉ」
「そうなんだー」
湯皆の言葉を聞き流すと、俺は目の前のゲートの調整を行う。
手に持つのは金属でできた棒だ。先端を鋭くしてあるので突いてみると結構痛い。
「本当にっ! ドラマの収録もやっと終わったかと思えば、宣伝の為にバラエティー番組に出て来るように言われたし。私って俳優志望なんですよ。クイズをわざと間違えたりして可愛い子ぶって馬鹿っぽいキャラ演じたくないです」
「それな」
俺は慎重に穴に棒を突っ込むと半分以上押し込んだ状態で留める。
「大体。結局夏休みに何処にも行けなかったばかりか文化祭の準備も参加出来なかったんですよっ! 私だって一応、華の高校生なのにっ! 一度しかない青春を謳歌したかったのに…………わかります?」
「あーうんわかるわかる」
そこまでやると俺は出口側のゲートを動かす。目標は数十メートル先にあるアルミ缶だ。
河川敷に積み上げた石の上に乗ったアルミ缶。そこには大量の水を重し代わりにいれてあるのでちょっとの風では動かないようになっている。
「ところで唐山さん。何してるんですか?」
そこでようやく湯皆が現実に戻ってきたようで俺のやっていることに興味を示し始めた。
「これか? これはゲートを使った攻撃方法を確立してみようと思ってだな」
「攻撃って……また物騒な。この社会でそんなもの必要ないじゃないですか」
「いや。大事な人を護るためには武力も必要なんだよ」
何せあっちの世界にはガチの戦争や魔物が溢れているからな。シリウスやリリアナと関係が続く限り、俺も自衛の方法はあった方が良いだろう。
「そんなクイ一本で何が出来るんですか?」
湯皆は胡乱気な視線で俺を見てくる。
「良いから見てろよ」
俺は照準を合わせるとゲートを閉じた。
――シュン――
風を切り裂く音をさせてクイが目標に向かって飛んでいく。そして――。
「どうだ。凄いだろう? 俺のゲートが閉じる時に面積が多い方に物体が押し出されるんだ」
どや顔で目の前で起こった事の説明をすると。
「思いっきり奥の岩にめり込んでますね」
湯皆が右手で日差しを遮りながら飛んで行った先に目を凝らすとそこには無事な姿で立っているアルミ缶と奥に穴が出来た岩があった。
「もう一度だ!」
俺の手にはクイが握られていた。
「それ。わざわざ買ったんですか? 消耗品にしても勿体ないと思うんですけど」
あきれた様子の湯皆に。
「安心しろ。俺が使う以上は消耗品じゃないから」
今のは
「消耗するのは無駄に実験をする唐山さんと私の時間だったわけですね」
「別についてくる必要なかったよな?」
辛辣な言葉を向ける湯皆に俺は答えた。
何故なら、今日は元々この実験をする予定だったからだ。
それだというのに、朝から湯皆が「仕事のストレスがマッハなので何処かつれてってください」という内容の脅しが来たので、「ならこの前撮影した山に行くけど来るか?」と聞いたら二つ返事をしたのだ。
「普通。山に行くと思えばハイキングか何かだと思うじゃないですか。日頃の運動不足を呪いながら山に登って頂上で夕焼けを見ながら本格的な珈琲を飲む。そして下山した後は近くのホテルに入って夜の営み…………」
熱く語りだす湯皆。
「なら今からやってくるか? まだ時間的に登山できなくはないし。最後のホテル云々は逮捕されるのが嫌なので遠慮させてもらうけどな」
「知ってますか? 法律上では私は結婚できるので、婚姻関係にあれば罪にならないって」
「そもそもの前提として俺とお前は婚約していないんだけどなぁ…………」
「えっ? 婚約を前提に付き合ってくれって言ってます? もちろんお断りしますけど」
「さんざん期待を持たせておいてその台詞は何なんだ? 俺でなければお前を置いて一人で帰る所だぞ」
山奥で助けが来ない場所で強気にでる湯皆に対して俺は少し脅しをかけて置く。だが…………。
「大丈夫ですよ。絶対にそうならないですから」
「随分な自信だな」
湯皆は曇りなき眼で俺をじーっと見ると。
「だって。唐山さんはトラックにはねられそうだった私を秘密がばれても助けてくれる人ですよ。私が世界で一番信頼してるんだから裏切る訳ないじゃないですか」
その言葉に俺は不覚にも湯皆から視線を外すと。
「そうかよ」
それだけを何とか言うのだった。
・ ・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・
・
「むぅ……当たらない」
先程から何度もクイを打ち出している。それにもかかわらず、クイの軌道は不規則で一向にアルミ缶をぶち抜く事が出来ないでいた。
「みてみて唐山さん。石積みですよー」
河原沿いでは湯皆が飽きたのかそこらの石を積んで遊んでいる。
「中々絶妙な積み方だな。上手いじゃないか」
「えへへ。こう見えても積むのは得意なんです。家には買いだめしたブルーレイディスクとか本も積んでますからね」
「勿体ない。見ないのなら買うなよ」
「色々付き合いもあるんですよ。それに見る時間が無いのはこうして唐山さんに付き合ってるからじゃないですか」
無理にとは言わないので「帰るか?」と聞いたのに断った事を湯皆は忘れているようだ。
「それで。何か願いでもあるのか?」
「はっ? 何ですか唐突に」
「いや。だって、石を積むのって女子高生の間だと恋愛成就とかだと聞いたことあるからよ」
世間に疎い俺だが、一応女子大生との関りも最近はある。実習中に同じ班になった奴らが話しかけてくるんだ。
恋愛を成就させるためにパワースポットなる場所で石を積んで来たとか何とか。
「そもそも石積みって賽の河原が有名ですけど、あれは両親を残して先に逝ってしまった子供が石を積み上げるんですよ」
「……そうなのか?」
「そうですとも。唐山さんは私がそこらのJKがするような恋愛脳の持ち主だと思ってたんですか?」
「JK言うなよ」
現役女子高生だろうが。
「女子高生って無駄な行動が好きみたいだからやってるのかと思ったんだがな」
「無駄ってなんですか」
その言葉に湯皆はぷーっと頬を膨らませる。
「大体、唐山さんの方が何時間も無駄にしてるじゃないですか。あんな的にいつまでも当てられないなんて遊んでるとしか思えませんけど」
「いや。あれは本当に難しい。この距離で正確に当てるにはアーチェリーや弓道の心得すら必要だと思うぞ」
風の吹き具合から重力の計算までしなければいけない上、射出する力は押し出される面積に依存するので毎回安定していない。
「じゃあ、私にやらせて見せてください。一発であれを打ち抜いて見せますから」
湯皆はそういって不敵に笑うと俺に近寄ってきた。
・ ・ ・
・ ・
・
「なん…………だ…………と」
俺の目の前にはきっちりとど真ん中に穴を開けられたアルミ缶が転がっている。
「ほら。当たったじゃないですか」
湯皆はドヤ顔で笑うと俺の肩をペシペシと叩いた。
俺は改めて目の前のアルミ缶を見ると湯皆の指示した方法を検証する。
湯皆が出した指示は簡単だった。
「唐山さん。ゲートの出口をアルミ缶の正面に持って行ってからクイを差し込んでください」
何故これに気付かなかったのだろうかと言うぐらいにストンと落ちた俺は言われるままにクイを差し込むとぶっ放してみた。結果は目の前の通りだ。
「でもいきなりこんな穴が目の前に現れたら普通に避けないか?」
「なら背中から打てばいいんですよ。目は二つしかないんですから死角は絶対にありますからね」
確かに。そもそもこれは相手の命を奪う実験じゃない。ご丁寧に眉間を射抜く必要は無く、相手を無力化させるだけなら腕や足でも良いのだ。
・ ・
・
「湯皆。そろそろいい感じだぞ」
「本当ですか。着替えもってそっち行きますねー」
あれから実験を終えた俺達は周囲の散策をしていた。その途中で家に引き込んでいる温泉を湯皆に発見された。
話の流れではいりたそうにしていた湯皆に対して俺は「なんなら家に出してやろうか?」と提案をしたところいまだかつてない真剣な顔で頷いてきたのだ。
「一応。遠隔でゲートを維持しておくから30分はお湯が出てくるぞ」
湯皆と入れ違いで風呂場を出る。湯皆は俺の言葉を聞くと風呂の中を覗くと「わぁー」と嬉しそうな声をした。
「絶対に覗かないでくださいよ」
湯皆は顔を引き締めるとキッと探るように睨むとそう言った。
「子供に興味ないんでね。安心しておけ」
ただし、ゲートの入り口は動かせないのであまり離れられないので風呂の外にいる必要はある。
「またそういう事言う。私だってこれでも女の子なんですよ?」
それは何処か悲しそうな声で震えていた。目を伏せて身体を震わせるその仕草はとても演技とは思えない。
「そんなあからさまに興味ないような事言われると傷つきもすれば、自信も無くすんですよ?」
「いや。悪かった。そんなつもりは無かったんだが……」
湯皆が近寄ってきて俺の裾を掴むと顔を上げる。その瞳には滴が零れ落ちる。
「唐山さんは。本当に私の事何とも思わないんですか?」
か細い声に俺は正直な気持ちを言う。
「んな訳無いだろ。お前は今まであった女の子の中でもトップクラスに可愛いよ」
その言葉に湯皆は顔を伏せると。
「じゃ、じゃあ好きって事ですか?」
「まあ後輩としては好きな方だけど」
どうにも見ていて危なっかしい奴だし。こうして甘えられるのは悪い気はしないからな。
「じゃ、じゃあ……私に欲情します?」
顔を見せないまま唇を耳に寄せた湯皆は蠱惑的な声を発する。顔が通り過ぎる時に耳を真っ赤にして熱が籠っているのが解った。そんな湯皆に対して――。
「その前に俺からも一つ質問だ」
「なんですか?」
「その手に持ってるのはなんだ?」
涙を浮かべて演技をする湯皆の手には目薬が握られていた。
・
「ふぅー。秋も半ばだというのに暑いですねぇ」
軒下では湯皆が団扇を片手に涼んでいる。
「そりゃああれだけ長湯すればな」
湯皆のリクエストで温泉を出し続けた俺は疲れた様子で返答をする。
「女の子は長湯なんです。ましてや温泉ともなれば3時間は出てきません。むしろ今回は短かったぐらいなんですからね」
「……まじか。あれで短いのか」
孤児院の風呂は先の工程を考えると一人5分程度だ。人数も多いし一つしかないから。
「またお願いしたいんですけどいいですかね?」
「いや。金出して行けよ。お前は金持ちなんだから」
これ以上拘束されてしまっては敵わない。リリアナの風呂に加えて湯皆にまで温泉を用意するとなると俺は毎日温泉を運ぶ事になりかねない。それだけは嫌だ。
「むー。ケチだなぁ。こんなに可愛いアイドルが頼んでいるのに」
そういって不満そうに口を窄めるとジロリと睨みつけてくる。
「お前のその態度はアイドルと言うより手のかかる妹だ。俺は年長として年下を甘やかすことはあるが、甘やかしすぎると良くないから程々にしてるからな」
あいつらは際限を知らないからな。偶に孤児院に顔を出すと、最初は人見知りする癖にすぐに打ち解けて張り付いてくる。一人を甘やかすと後が大変なのだ。
「私にそんな風に接してくれるのって唐山さんぐらいですよ」
くすくすと笑っている。どうやら不満による言葉では無いようだ。
「…………偶になら構わないぞ」
「は?」
譲歩する俺に湯皆は訳の分からない返事をする。
「温泉。偶になら出してやってもいい」
その言葉の意味が解ると湯皆は。
「ちょっ。いてえよっ!」
肩をバンバン叩くと――。
「そういうあざとい態度は止めてくださいよねっ」
耳まで真っ赤にしながら俺に怒りかけるのだった。
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