第23話モフモフする男
※今回は複数の視点が存在します。◆〇〇視点◆はそれぞれの視点です。
◆リリアナ視点◆
「まったくもって本当にまったくもうなのです!」
リリーは現在憤り中なのです。
サトルさんと殿下がお忍びで街に出かけていたらしく、夜中に戻ってきたかと思えばリリーのベッドを占領して眠る始末です。
「リリーはこの資料を纏めなければ寝れないというのに…………」
何かと雑用で作業が止められて進まなかったので時間が掛かるのです。
「リリーだってお酒飲んでみたかったのですよ」
異世界に渡った時にサトルさんが美味しそうにお酒を飲んでたのでおねだりをしたのに「こっちの世界では未成年だから」と断られたのですよ。
「…………そういえばサトルさんが持ってきた」
リリーの目が動きます。だらしなくイビキを掻いているサトルさんから机へと。
そこにあるのは異世界の飲み物が入った缶。もっと言ってしまえばお酒が入った缶なのです。
蓋を開けると「ベコッ」と容器が綺麗な菱形に変化する魔法のような現象を引き起こすのです。
サトルさんの代わりにリリーが缶を開けさせてもらっていましたが、実はその中身にも興味はあったのですよ。
「………………いやいや。駄目なのです。リリーには仕事があるのです」
ふと良くない考えがよぎったので頭を振って追い出して資料に目を通すのです。
背後ではサトルさんが幸せそうに「スピャースピャー」と寝息を立てていてリリーをベッドへと誘っているようなのです。
あの缶を補給部隊に持たせたら樽で運ぶよりも軽くて運びやすいと思うのです。
軍隊行動中のお酒の量については度々喧嘩が起きていたのですが、量をコントロールする事で緩和できるかも…………。
「そうなるとリリーも少しは知っておくべきかもしれないのです」
そう。これは国益にも直結する重大な調査なのですよ。
リリーは尻尾を激しく左右に振ると、ペンを置いてテーブルへと向かったのです。
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◆サトル視点◆
「あったま痛てぇー」
ひどく鈍い動作で俺は目が覚めた。昨晩はシリウスに連れられて街で飲み歩いたのだ。
流石は王族だけあって、シリウスは良い店ばかり選んでいた。着飾ったお姉さん達、豪華な装飾に沈み込むソファー。
全て一流所が揃えられており、地位ある人間しか利用できない店なので妙なゴロツキに絡まれる事も無かった。
そんな訳で、昨晩は口中に広がる豊かな味わいの酒をしこたま飲み。食べた事のないような豪華なツマミをつまんで、シリウスと楽しく盛り上がった。
最初はよそよそしく話をしていた俺だが、シリウスが「酒の席で殿下は止めろ。お前は異世界人なんだから国家と言う枠組みに入らん。俺達は友人だろ?」と大層気さくな言葉を頂いたのでそれ以降は「サトル」「シリウス」と呼び合う仲になった。
「水が欲しい…………」
泥酔の一歩手前の状態で転移魔法を使い城に戻ってきた。シリウスが別れ際に「やっぱお前は使える。これからも頼むぜ」と上機嫌で肩を叩いて自室へと戻っていった。
俺はと言うと、特に客間も用意される訳でもなかったのでリリアナの元へと訪れて…………。
「そこから記憶が無い」
『キューキューキュー』
胸元でもぞもぞと何かが動くのを感じる。
こういう時のお約束と言うのは酔って寝て起きたら全裸の女が隣に…………。
まさかそんなはずはないよな。
俺が恐る恐る毛布をめくるとそこに居たのは全裸のシリウスだった――――。
などという事は無く。
「何だこの可愛らしい生き物は」
俺の腹の上で身体を丸めるようにして眠るのは尖った耳にフサフサした尻尾。背面を金色の毛で前面を銀色の毛で覆ったキツネだった。
よくSNSなんかでは北海道旅行に行った雪原で野生のキタキツネが目撃されて写真に収められて投稿されていたりするのだが、目の前の狐はそれに比べて濃い毛色をしている。
こっちの世界特有の種なのかもしれないが、こんな間近にキツネが眠っているという状況に俺は並々ならぬ興味を抱いた。
「少し。触るからな」
急いでは事を仕損じる。がっついて触りに行ったところ起こしてしまい逃げられる。そんな失敗が頭をよぎる。
慎重に。優しく。
俺は震える手を抑え込みながら徐々にその物体へと手を動かしていった。
「あっ、暖かい」
俺の全身を幸福感が押し包む。それはまるで、高級な絨毯をなぞった時のような感触。
指にあたる毛並みはそれぞれが独立しているにも関わらず、表面をなぞると滑らかな感触を持つ。
こいつの毛並みは滑らかであると同時に沈み込めば指を暖かく包んでくれる包容力も兼ね備えていた。
「もう少し大胆に行くか」
ゴクリと喉を鳴らす。触った時に耳がピクリと動いたのだが、どうやら警戒心が無いのか、すぐに元に戻った。
俺は思い切るとその手をキツネの頬へと寄せていく。
「おおっ。ここも柔らかいんだな」
豊かな毛並みは顔にもあるらしく、背中とは違って滑らかでは無いもののまた違った柔らかさがあり俺を感動させてくれる。
夢中になっていると、キツネの鼻がヒクヒク動いて俺の掌の臭いを嗅ぐ。そして――。
「可愛すぎるぞこんちくしょう!」
臭いを嗅いだキツネが目元を緩ませるのが解り、そして俺の手に頬をこすりつけてきたのだ。完全に起きた状態にも関わらずこの甘え方。
そういう事なら遠慮はいらない。
俺は左手でキツネの背中を撫でまわすと右手で喉をゴロゴロと鳴らす事にした。
『キューン。キューン。キュウウウウウウ』
喉を鳴らすたびに甘えた声をあげるキツネ。今がまさに至福の時。
胸に感じるキツネの体温。左手に感じる滑らかな感触。耳に入る心地よい甘え声。
細めた眉から金色の瞳が見える。興奮しているのだろうか?
アニマルセラピーと言うものに大してそれ程理解をしていなかった俺は理解する。
モフモフは世界を救うと。
世界中の心が荒んだ人たち。ペットを飼おう。モフモフさえあれば世界はこんなにも幸せに満ちているのだから。
「そういえばお前ってどっちだ?」
以前、他人から聞いたことがある。動物には懐き易い相性があるとか。人間にしろ何にしろ、異性の方が懐き易い。
そう考えると初遭遇でこの懐き方は雌では無いかと推測が立つ。
俺は過去のトリビアが真実なのかが気になったのでキツネの脇に手を差し込んで持ち上げてみる。
「ふーむ。ついてないってことはやっぱり雌だな」
そこには立派な玉袋が付いていなかった。トリビアはどうやら正しいらしい。
そんな事を考えて暫く観察していると――。
「おっ、おいっ! 暴れるなよ」
抱えられて不安になったのかキツネが暴れ始めると。
「痛ってぇっ!」
噛みつかれて手が離れる。そして落ちてきたキツネの可愛らしい肉球が顔面に迫る。その先端には可愛らしくない爪が装備されていた。
「ぎゃああああああああああああ」
・ ・ ・
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「おう。サトルどうしたその顔?」
「……なんでもない」
あれからキツネに顔面を引っかかれて逃げられた俺はベッドから起き上がるとシリウスの所へと行った。
丁度飯を食うところだったシリウスに便乗して王族が来客と食事を摂る食堂にて朝食をとっている。
「それにしても昨晩は盛り上がったよな。普段は陰気臭い護衛が背後に立ってるからあそこまで寛げねえからよぉ」
上機嫌でパンを食べるシリウス。
「そうは言っても王族なんて重要人物なんだから何かあったら不味いだろう?」
酒が抜けて冷静になってみれば、もしシリウスに何かあったら責任をとるのは俺だと気付く。友人として持ち上げられてこうして飯に同席させられている辺り、引き際を見失っている感があるが、それでも重大な責任からは逃げたい。
「安心しな。万が一にもありえねえから」
「ほう。その心は?」
自身の根拠が知りたくて俺はシリウスを促す。
「この二本の魔剣を抜けて俺の命を脅かすにはドラゴンの上位種じゃなきゃ足りねえよ」
なるほど。シリウスは相当強いらしく、少なくとも先日のヴェルガーでは土もつけられないらしい。
「とは言っても、あんまり連れ出すのは止めとくぞ。リリアナも怖いし」
朝起きた時に寝床にリリアナは居なかった。昨晩最後に会った時も恨めしそうな顔で睨みつけていたし。不況を買ってしまったのは間違いない。
王族との友情も大事だが、リリアナの機嫌も大事なのである。
「あん? サトル。お前リリアナと俺のどっちが大事なんだ?」
まるで二股をかけているかのような言いようだ。俺にそっちの趣味は無いからな。
「殿下が節度を守る限りは良いのです、ですが仕事を放棄されてまでとなると俺としても「殿下を誑かす平民がっ!」と要らぬ恨みを買いかねません」
実際にヴェルガーに言われてるし。周りの人間からするとぽっと出の俺が重要人物に近づくのを良く思わないだろうし。それでリリアナが更に虐められたら可哀想だし。
「ちっ。リリアナみたいな事言いやがって。わーったよ。週に1~2回にしておいてやる」
どうやら解ってくれたようで何よりだ。
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・
「それじゃあ。俺は一旦帰るけど。迎えに来るのは二週間後で良いんだよな?」
朝食を終えて部屋に戻るとリリアナが居た。
「は、はいなのです」
返事は妙によそよそしく、俺と顔を合せようとしない事から昨晩の事を相当怒っているのだろう。
俺はリリアナの頭に手を置くと。ビクリと震える。
「悪かったよ。反省している」
俺の言葉を聞くとリリアナが口を開いた。
「サトルさんは強引すぎるのですよ。いきなりあんな事するなんて」
やはり怒っていた。まあ、王族を連れ出したのは乱暴だったかもしれないな。
「言い訳させて貰うが、リリアナの為にやったつもりもあるんだぞ」
先日の乱入も、シリウスと仲良くするのも権力を利用してリリアナの待遇を良くする為と言うのも無い訳ではない。
「リリーの為…………。だとしてもせめてリリーにひとこと言ってほしかったのです。いきなりでびっくりしたのですよ」
なるほど。シリウスの部下として奴に何かあれば責任問題になるからな。その事が不安になるのは仕方ない。ここは俺が安心させてやるべき所なのだろう。
俺は不安そうなリリアナの肩を掴んで引き寄せる。
「安心しろリリアナ。俺が責任をとってやるから」
お忍びで外出とはいえ、俺も無力なわけじゃない。自身の転移魔法を駆使すればそこらの相手に簡単に負ける事は無いだろう。
「本当に。責任とってくれるのです?」
緊張に目を潤ませた瞳を俺に見せてくる。その金色の瞳に俺は誓う。
「ああ。何があっても(シリウスは)護って見せる。だから安心して俺に委ねてくれ」
俺の真剣な表情が伝わったのか。リリアナは暫くするとコクリと頷くと。
「判ったのです。殿下に報告するのです」
そういって頬を染めていた。
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