第22話権力に弱い男

「うぅ……痛いのです」


 頭にたん瘤を作ったリリアナが涙を流している。


「俺は今機嫌が良いからな。この程度で済んで良かったな」


 言ったのはリリアナの上司である目の前の人物。

 今の自己紹介を信じるのならこの国の王子にしてリリアナの直属の上司という事になる。


 つまりリリアナはこの人物の命令で仕事をしているのだ。


「それにしてもさっきのは凄かったな。あのヴェルガーの剣を受けて一歩も引かねえとはよぉ。俺とも手合せしねえか?」


「で、殿下。お戯れはやめるのです。サトルさんは元の世界では単なる学生さんなのです。殿下のお遊びで怪我をしたら大変なのですよ」


 ぐいぐい来られて困っていたところをリリアナに助け船を出される。どうやらリリアナが言う通り扱いに困る人物で間違いないようだ。


「さっきの事を言ってるのなら大したことはしてませんよ。ヴェルガーには俺を倒せる力が無かった。それだけです」


「ほう。言うじゃねえか。あれでも王国でそれなりの腕を持つ兵士だぞ」


「そうなのですよサトルさん。剣の腕に関しては確かなのです。何故、力負けしなかったのです?」


「その前にリリアナ。殿下には俺の事を何処まで話している?」


 二人の疑問に俺は質問を返す。


「サトルさんの転移能力の他に元の世界での立場まで報告させてもらっているのですよ」


 その言葉に俺は頷くと。


「じゃあさっきの質問に答えます。俺は別に腕力でヴェルガーの剣を受け止めた訳じゃないです。単に転移魔法を使っただけなんです」


「嘘なのですよ。もし転移で攻撃を避けたならヴェルガーさんはあんなに必死に木剣を押し込もうとしなかったはずなのです。あれは絶対に剣で受け止めていたのですよ」


「確かにな。あれが転移だというのなら可笑しな話だ。報告によればお前の能力はこの世界と異世界をゲートで繋いだり、手元に道具を引き寄せたり、温泉と呼ばれるお湯を引っ張ったりする程度だろ?」


「リリアナの報告はおおむねあってるけど、見ただけでは気付かない事もあるんですよ」


 そういうと俺は目の前にゲートを開いて見せる。


「ほう。これが転移魔法ってやつか。初めて見た」


 ゲートの先にはリリアナの私室が見えている。


「それで。これがなんだってんだ?」


「これはゲートと言ってを隔てる扉です。まず注目して欲しいのはこのゲート。表からは転移先が見えるけど裏からは何も見えないんですよ」


 俺がそういうと殿下とリリアナはゲートの裏手に回ってそれを確認する。


「確かにな。ゲートがあるはずの場所に何もなく、サトルの姿が見えやがるぜ」


「じゃあ殿下。そのまま俺に向かって手を伸ばしてもらえませんか?」


「……それに何の意味が。…………そういう事なのか?」


 俺の言葉に殿下は得心を得たように手を伸ばすと――。途中で壁に阻まれたかのようにピタリと止まった。


「なるほど。これが斬撃を受け止めた正体ってわけか?」


 ニヤリと笑った。


「えっ? どういう事なのです? 殿下はどうして悪人もびっくりの笑顔で笑ったのです?」


 余計な事を言ったリリアナは殿下に拳骨を落とされて頭を抱えた。


「つまり。ゲートには隔たりがある。それを解除しない限りあ不可視の壁としてそこに存在するって事だな?」


 そこまで理解されるのなら説明は不要だろう。


 以前、考えた事がある。


 目の前にはゲートの入り口があるのだが、裏はどうなっているのか。鏡を用いて確認すると裏側には何も映っていなかった。

 そして、何も映っていないのなら裏から物体が通過したらどうなるかという疑問が湧いた。


 その時に試したところ、ゲートの裏手は壁になっていて物体を通過させることは出来なかった。


 その時から俺はこの転移魔法を利用すれば自分に対する攻撃を防御する事が出来るのではないかと思い始めたのだ。

 現代で何度か実験を試みた。最初は木の棒だったりしたが、途中から鉄パイプや果物ナイフなどを使って。


 ゲートの強度がどれ程なのか、限界は無いのか確認していったのだ。

 その結果解ったのがこの壁は物理現象では破壊が不可能と言う事。


 ゲート自体は俺の魔法力を使っているので魔法で打ち消す事は可能だろう。

 だとするとどの程度の魔法をぶつければそれが可能かと言う話になるのだが……。


「恐らくだが、解除するのには俺がこのゲートに込めた魔法力と同等の魔法をぶつける必要があるはずです」


「流石に完璧な防御と言うわけにはいかねえのか。それで? どれだけの魔法まで耐えられる?」


 その言葉に俺は考える。1度の転移に必要な魔法力量は――。


「およそ500。それぐらいの魔法力を消費する魔法であれば打ち消せると思います」


「……まじかよ」


「出来る人いるわけないのですっ!」


 俺の言葉に二人は間抜けにも口を開けっぱなしにした。



 ・ ・ ・ ・


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「おいおいとんでもねえな。本当に。リリアナ報告と全然ちがうじゃねえか」


「そうなんですか? リリアナは俺の事をなんと報告していたんですか?」


 感心した様子の殿下にリリアナの報告内容を聞いてみる。他人の口からそうした評価を聞くのはドキドキする。


「『サトルさんはだらしなくて生活能力が皆無なのでリリーが世話をしてあげないと三日で駄目になるのです。リリーの耳と尻尾を執拗に撫でまわしてくる変態さんなのですよ』」


「おいっ!」


 殿下の物真似がいかにもリリアナが言いそうな言葉だけにそれが真実だとわかった俺は無言でリリアナの頭を鷲掴みするとキリキリと締め上げる。


「いたたっ、痛いのですよっ! 殿下。何故そこだけ言うのです。リリーはサトルさんの良い所もいっぱい報告したはずなのですよ」


 涙ながらに訴えるリリアナだったが。


「そういやリリアナ。お前頼んだ仕事まだ終わって無かっただろ。今日中に終わらせ無いと減給するからな」


「酷いのですっ! 今からじゃ徹夜しないと終わらないのですよっ!」


 俺の手を振り払ってゲートを潜ろうとする。


「あっ。その前に作るように言っておいた魔道具。【トランスレーションリング】を置いていけ」


「はいなのです。確かに渡したのですよっ! それじゃあ、サトルさん。殿下と仲良くしてくださいなのです」


 リリアナは何かを渡すと俺が開いたゲートを潜り抜けていく。リリアナが通ったらゲートが閉じる。


 二人きりにされても困るんだけど…………。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「さてと。これで邪魔者は居なくなったな」


 殿下はニヤリと笑みを浮かべた。


「あれ? なんで言葉が通じてるんですか?」


 リリアナとの接続が切れた状態にも関わらず言葉が通じている。俺は違和感を感じた。


「それはこの指輪の力だ。これはリリアナに作らせた特注の魔道具でな。この世界の言葉を異世界の言葉に自動翻訳してくれる機能がある」


「へぇ。それは凄いですね。そんなのがあるのなら最初から使ってくれればいいのに」


 今までリリアナ経由でしかコミュニケーションをとる事が出来なかったのだ。これがあれば様々な人間と会話が出来る。


「それは無理な話だぜサトル。こいつは今だからこそ作れる魔道具だからな」


「どうして今じゃなきゃ無理なんですか?」


 俺は気になったので殿下に質問をしてみる。


「こいつは二つの世界の言語を同時に伝えるアイテムだが作成時に両方の言葉を理解している人間が覚えこませる必要がある」


 殿下の言葉を信じるのならこれを作ったのはリリアナ。魔道具を作る際に二ヶ国の言葉を理解している必要があるらしい。

 リリアナが日本語を覚えたのは最近の事なのでそれまでは作れなかったに違いない。


「それで。どうして俺と二人で話をしたいと?」


 仮にも一国の王子だ。機密に絡む内容から重大な案件が隠されているに違いない。


「おう。その事なんだがな。お前、街へのゲートは出せるんだよな?」


 もしかしてお忍びでの外出か?

 悪徳貴族の元に颯爽と現れて身分を明かして勧善懲悪をするのだろうか?


「ええ。一応リリアナと出歩きましたのである程度の場所ならマークしてありますけど」


 俺のその言葉に殿下は。


「よし。遊びに行くぞっ! ゲートを開けっ!」


 殿下は二本の剣を携えると居ても立っても居られないとばかりに俺に命じた。


「もしかしてその為にリリアナを追い出したんですか?」


「ああ。あいつも煩い部下なんでな。俺が遊び歩くのをよく思わないんだ。お前の転移魔法の事を知ってから何度も会わせろと言って聞かせたのに「ダメなのです。殿下は絶対悪用するのですよ」と逆らう始末だからな」


 現に悪用しようとしてるからな。俺は何と返事をすべきか悩んだ。

 リリアナが駄目だと言っている事を俺の方から破るとあいつの機嫌が悪くなる。


 そうすると現代に戻った時にケモミミをモフモフにさせてもらえなくなり、結果的に俺自身が疲弊してしまう事もありえるのだ。


 俺がケモミミを取るか権力に取り入る事を取るかで悩んでいると――。


「今日は俺の奢りだ。綺麗どころが揃っている店に案内してやる。サトル。俺に続け」


「イエス。マイロード」


 俺は即座にゲートを開くと殿下のお供として街に繰り出すのだった。




 

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