第21話少女の為に模擬戦を受ける男

 ―バキンッ―


 木剣が砕け散る音がする。


『コッポイッ! モンダナニッ!』


 ヴェルガーが俺を指さしながら何事か叫び声を上げている。


「大声で叫ぶなよ」


 耳が痛くなるだろうが。俺は眉をしかめると。


「サトルさんっ! なんでここにいるのですか!」


 背後からリリアナの焦り声が聞こえてくる。


「ちょっと退屈だったから遊びに来たんだよ」


 ヴェルガーが木剣を振りかぶった瞬間。俺はゲートを開いてリリアナの元へと転移した。


「遊びにって…………ここは関係者以外立ち入り禁止なのですよ」


 そう言葉では言いつつもケモミミが嬉しそうに揺れている。


『ハラッペニャーノッ! モノクセッ!』


 ヴェルガーが何やら叫んでいる。言葉が解らないと不便だ。


「ちょっと能力使うぞ」


 俺はリリアナの頭に手をやると軽く撫でた。そして一言。


「煩い。ヒゲ親父」


「なっ…………!」


 金魚のように口をパクパクさせるヴェルガーに。


「リリアナを虐めるな!」


 俺は指さして宣言した。







 

「貴様っ! この前の平民では無いかっ! 一体どこから現れたのだっ!」


 ようやく立ち直ったのかヴェルガーが唾をとばして怒鳴りだす。


「そんな事よりあんた今なんで攻撃を仕掛けた? 勝負はリリアナの負けで決着が付いていただろ?」


 わざわざ俺が現れたのはこのおっさんがリリアナに対して寸止めをする意思が見られなかったからだ。もし俺が介入しなければ砕けていたのは木剣ではなくリリアナの骨だった。


「馬鹿な事を。戦場で戦う意志を放棄した場合命は無い。まだ魔法力があるにもかかわらずに杖を手放して降参するなど。魔導士の面汚しよっ! 恥知らずなそいつに罰を与えただけの事」


 ヴェルガーの主張はこの場において正しいようだ。他の戦士たちも批難をする様子が無くこちらを伺っている。


「そうは言ってもあんただって、いざ勝てないとなると降参するだろ? 相手との実力を察して投降するのだって立派な戦略の一つだろ?」


 死ぬまで戦い抜くなんぞ古い。命は一つしか無いのだから大事にすべきなのだ。


「そんな訳があるかっ! 我らは王国直属の部隊が一つである! 敵を前にして命乞いをするなんぞ恥知らずな真似をするはずもない」


 その言葉に俺は頭を悩ませる。居るんだよな。こういう自分の価値観が全てみたいな奴。

 自分の命だけで済むのなら構わないのだが、こういう奴に限って妙な権力を持っているのは声高く目立つからなのだろう。


 自信をもって発言をする人間と言うのはどこか優れて見えなくもない。たとえ実力が伴っていなくても指揮する立場の人間と言うのはこのような人物が選ばれ易いのが社会の構造なのだ。


「えー。そんな事言って。敵わない相手を目の前にしたら逃げ出すだろ?」


 俺は出来るだけ馬鹿にするような軽い口調でヴェルガーをからかうと。


「わしを愚弄するかっ! そこまで言うからには覚悟はできているのだろうな」


 簡単に挑発に乗ったヴェルガーが剣を俺に向けてきた。

 リリアナから手を放して向き合おうとするのだが…………。


「だっ、駄目なのです。サトルさんは一般人なのですよ。ヴェルガーさん。リリーが悪かったのです。リリーはどうなっても構わないのでサトルさんには手を――ムグッ!」


 リリアナが言葉をつづけるのを遮る。丁度転移の際に用意していたソーセージがあったので口の中にねじ込んだのだ。そういえば周囲には、飲む予定だったアルコール缶も転がっている。

 咄嗟とは言え足元にゲートを開いて移動したのは失敗だったか?


「そっちこそ。リリアナを痛めつけてくれたお礼をさせてもらうからな」


「ムグッ! ムームームー!!」


 俺の言葉にリリアナはソーセージを頬張りながらも泣きそうな顔をするのだった。




 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「覚悟は良いな小僧」


 訓練所の中央に黙って立つ俺にヴェルガーは憎々しい視線を送る。


「覚悟? あんたを再起不能にする覚悟の事?」


 俺の挑発でヴェルガーが青筋を浮かべる。


「使え。新しい木剣だ」


 放り投げられてきたそれを俺はキャッチすると…………。


「……結構重いんだな」


 渡された木剣は全長で1メートルを少し超えたぐらいだろう。重さは大体の感覚で1キロちょっとと言うぐらいか。


「……これ振り回すの面倒だな」


 振り回している内に腕が疲れてしまいそうだ。明日以降筋肉痛にならなければ良いんだけど。


「サトルさん。剣を使えるのですか? ヴェルガーさんは軍でも五指に入る力持ちさんなのですよ」


 リリアナが心配そうに話しかけてくる。


「へぇ……そうなんだ。やるじゃん」


 人は見かけによらないのだな。俺は珍しく心の底から相手を褒めたのだが。


「後悔はあの世ですると良い」


 何故か怒り出したヴェルガーは俺から背を向けて距離をとるのだった。




 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「それでは。模擬戦を開始するっ!」


 審判役の兵士が間に立ち勝負のコールを行う。


「試合開始っ!」


 開始の掛け声と共に俺は木剣を上段に構えると動きを止める。


「どうしたっ! 打って来い!」


 ヴェルガーが檄を飛ばしてくる。


「あんた。力自慢らしいからさ。その鼻っ柱を叩きやろうかと思ってね」


「なんだとっ!」


「ここから一歩でも俺を動かせたらあんたの勝ちで良いよ。その時はあんたのいいなりになってやる」


「貴様……何処までも人を馬鹿にしおって」


 顔を真っ赤にして血管が浮き上がっている。もう少しと言うところかな。


「馬鹿にしているかどうかは試せばわかるさ。あんたと俺じゃあ文字通り力のが違うからな」


 その瞬間プツンと音が聞こえた。


「吠えるな小僧ぅぅぅぅぅぅ―――!!!」


 ヴェルガーはそう言うと地を蹴ると一足飛びに俺の間合いに飛び込む。そして出鱈目な構えから木剣を振り下ろしてきた。


「唐山流剣術其の三。斬撃停止」


 ガンッ


 重苦しい音が頭上に響く。俺は木剣をヴェルガーの剣に合わせるとそのまま受け止めたのだ。


「なっ。くそっ!」


 ヴェルガーは顔を真っ赤にして力任せに木剣を押しこもうとしている。だが、俺は涼しい顔をしながらそれを受けていた。


「凄いのです。ヴェルガーさんの獣人形態の一撃を受けても体制一つ崩していないのですよ」


 周囲の観戦者達もざわざわと俺達の戦いを見ている。


「ぐががががっ! このっ! ぬぁぁぁあああぜぇぇっ!」


 俺が木刀を構えて微動だにしないのに対してヴェルガーは顔を真っ赤にして額に汗まで出し始める。


「いくらやっても無駄だって。が違うんだからさ」


 そう。どれだけ力で押し込もうとしても無駄なのだ。

 彼には俺を倒す手段は存在していない。いくら怪力自慢だろうが押し切るのは不可能だ。


 俺は冷ややかな目で押し込もうとするヴェルガーを見ていた。

 暫くして力が抜けていく。どうやら押し込むのを諦めたようだ。


 俺は木剣をヴェルガーに突き付けると。


「剣を引いたな? あんたが言った言葉を覚えてるか?」


「ぐっ」


「『戦場で戦う意志を放棄した場合命は無い』そう言っただろう?」


 リリアナに対して罰と言う名の暴行を働こうとした。俺はヴェルガーを追い詰めようと木剣を振り上げると――。


「おいおい。何やら面白そうな事をやってるじゃねえか」


 その行動は妨げられた。



 ・ ・


 ・




「なっ! 何故ここにっ!」


 突然ヴェルガーが声を上げる。その表情は先程までと比べて青ざめている。


「ヴェルガー補給隊隊長」


「はっ!」


 男の言葉にヴェルガーは敬礼をする。


「お前には馬車の点検及び、資材の在庫確認を命じて置いたはずだな?」


「はっ! その通りであります」


 その声は完全なる怯えをはらんでいて、赤髪の男が絶対強者である事を俺に印象付けた。


「ならばとっとと任務を果たせ。もうじき遠征が控えているのだぞ」


 その底冷えするような声に言われたわけでもないのに俺も緊張を強いられる。


「もっ、申し訳ありませんっ!」


 その男の言葉で何人かの兵士たちは慌てて訓練所を出ていく。恐らくは元の仕事場へと戻ったのだろう。


「処罰は追って言い渡す。わかったらお前もとっとと持ち場へと戻れ」


 その言葉にヴェルガーは足をもつれさせながら居なくなった。




 ・



「さてと……次はお前か」


 じろじろと遠慮なく見てくる男に俺は不満を抱く。


「なんなんだあんた。いきなり割って入ってきて。失礼にも程があるだろう」


 あと少しでヴェルガーにリリアナを虐めた報いを受けさせる事が出来たものを。


「なんだ。リリアナから何も聞いていないのかよ?」


 そういって含みを持たせた言葉を投げかけてくる。その態度が他人を馬鹿にしているように俺は感じた。


「リリアナから聞いてるのは仕事が多くて大変という話を除けば、上司が人間と思えないぐらい酷い人格破綻者らしくて毎日虐められてるって事ぐらいだな」


「さっ、サトルさんっ!?」


 一緒に飯を食ってる最中に愚痴っていたから間違いない。


「ほう。それは興味深い話だな。詳しく聞かせろよ」


「おう。いいぞ。なんでも、古文書の解読を三日でやれと無茶を言ったかと思えば、ダンジョンで魔道具を手に入れてこいと無謀を言うらしい。極めつけは難易度の高いポーションをたくさん用意しろと無理な仕事を押し付けられたらしい。リリアナには珍しく「あの人は悪魔の皮を被った魔族なのですよ」と悪態をついていたな」


「はっはっは。それは耳寄りな情報をありがとうよ。サトル・カラヤマ」


 その言葉に俺は固まる。


「…………俺の事知ってるのか?」


「ああ。リリアナから報告を受けているからな。異世界人なんだろ?」


 どうやら本当らしい。以前、リリアナが言っていた。俺の存在はこの世界の住人の間でも割と厄介らしく、王国でもしかるべき人物にしか報告をしていないとか。


「リリアナ。こいつ一体誰なんだ?」


 となると当然目の前のこいつはしかるべき人物という事になる。俺は初めて目の前の人物に興味を抱きリリアナに聞くのだが。


「うう……。最悪なのですよ」


 ケモミミを伏せてプルプル震える以外のリアクションをリリアナはとらなかった。


「どうやら殻にこもっちまったようだな」


 赤髪の男も呆れた様子でリリアナを見る。そして――。


「仕方ねえ。俺様自ら自己紹介をしてやろう」


 その言葉に俺は頷く。リリアナがこの調子ではそれが一番早かったからだ。


「俺様はシリウス=フォン=プリストン」


「ほう……プリストンと言えば確かこの国の名前だっけ?」


 確か王都を案内されている最中に耳に挟んだ気がする。


「……という事は」


 おくばせながら、俺はその名前が持つ意味に気付く。そしてリリアナと目を合わせると。


「ああ。察しの通りだ。俺は悪魔の皮を被った魔族にしてこの国の王位継承権1位。そしてリリアナ・フォックスターの上司だ。覚えて置くんだな」


 恨みがましい目をしたリリアナから俺はそっと視線を逸らすのだった。




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