第19話引き寄せる男
「なんだ……これは……?」
俺の前には一面に草が生い茂っている。
そして両手には軍手をはめ。右手には草刈用の鎌を装備している。
もし。ここが異世界ならこのチープな装備で冒険に出なければならないところだろうが、王様から50ゴールド与えられて魔王退治に駆り出される勇者に比べるとなんと優遇されているのだろうか。
「見ての通り雑草ですよ」
妄想の中で魔王退治に向かう勇者に敬礼している俺を、湯皆は現実に引き戻す。
「見りゃわかる。何故に俺がこんな格好をさせられなければならないのかと聞いてるんだが?」
あれから。俺は湯皆に手を引かれるままにこの場所まで連れてこられた。
道中で「私本当に困ってるんですよぉ。唐山さんだけが頼りなんです」などと、手を握られて上目遣いに懇願された時は年上属性しかない俺が不覚にもドキドキした。
咄嗟に脳内で金森さんに変換していなければ危うく落ちる所だったぞ。
そんな訳で。湯皆が俺の能力を当てにしているのなら力になってならない訳にはいかないなと奮起してついてきたのだが……。
「それはもちろん。唐山さんに家の庭の草むしりをしてもらうからですよ」
「ちょっと頭を撫でただけでそれって酷くない?」
どこの世界に一撫でして数時間相当の仕事を押し付ける奴がいる。
「ちなみに私との握手券は一枚1万円で販売されているようですよ。頭を撫でる券は発行されてませんが、値段をつけるといくらになるんでしょうかね?」
……居たよ目の前に。
「くっ。そういえばお前ってアイドルだったんだよな。テレビ見ないから忘れてた」
「最近はテレビ以外でもミーチューブなんかで動画も出してるんですけどねぇ」
自分の活躍している姿を見て貰えないのが不満なのか、湯皆は口を尖がらせる。
「ああ。そう言えば見たかも…………」
あれはリリアナに日本語を教えるために俺のスマホを使って適当な動画を再生していた時だった。
動画には衣装で着飾っている湯皆が映りこんだ気がする。
「そういえば唐山さん。スマホ持ち歩いてないんですか?」
湯皆の指摘に俺は考える。
スマホは現在家にある。リリアナが使っているのだ。
言葉を覚えるのにアニメなどを見て学習する方法がある。
外国人は日本のアニメをみて勉強をしていると聞いたので実践させているのだ。
その際にアニメ見放題のサービスに課金をしたのだが、最近のサービスは凄いのな。低コストで一日中アニメを見られるなんて……。
これがあれば家から一歩も出ないでも満足できるのではないか。何を隠そう、俺も家で暇なときはリリアナを抱き締めながら仲良くアニメを見ているのだ。
だが、それを説明するのは色々と詮索されそうだし面倒なので。
「スマホは家に忘れてきたんだよ」
「私が出ている動画を見てほしかったのに…………」
そう言って頬を膨らませる。惜しいことをした。今写真を撮ればレアなアイドルの姿を収められたものを。
「仕方ないなぁ。リンクを送っておくので後で見ておいてくださいよ」
そういってスマホをススッと弄ると湯皆は家の中へと入って行ってしまった。なんでも別にやる事があるらしい。
「さて。仕方ないから雑草を処理するか」
俺は一度溜息をつくと目の前の雑草に向き直るのだった。
・ ・ ・
・ ・
・
「とりあえず抜いてみるか」
俺は軍手を使って雑草を抜いてみる。なるべく根元を掴むように地面を踏みしめて引っ張ってみる。
「……なるほど。思ったより力がいるんだな」
見渡してみるとそれなりに広い庭だ。湯皆の実家らしいのだが、今は誰も住んでいないらしく湯皆も滅多に寄り付かない為に気が付けばこうなっていたらしい。
これを俺一人でやれとか、ちょっと難しいのではないだろうか。専用の道具があればあっという間に片付くのだろうが、用意されているのは原始的な手段だ。
一人で片づけるには大変と理解した俺は切り札を切る事にした。
「リリアナ召喚」
目の前の次元が歪むと次の瞬間リリアナが現れた。
『カッパラッポイッ! パルスッウェーイナーッ!』
突然呼ばれたリリアナは目を抑えて何やら異世界語を叫びながらゴロゴロと転がっている。
「リリアナ。俺だ。ちょっと手伝って欲しいんだけど」
放っておくといつまでもやっていそうなので俺は声を掛けるのだが。
「いきなり呼ばないで欲しいのです。凄く眩しかったのですよ」
そう言って目をごしごしとこすっている。突然呼び出したからな。陽の光にやられたようだ。
ぶつくさと不満そうな声をだす。ケモミミも怒りでピンと立っていた。
今回。俺が使った能力は
異世界で自身のステータスを見た俺は、転移魔法の使い方を考えるうちにこの使い方をマスターした。
以前より、コップや生活雑貨を転移で引き寄せたりしていたのだが、ゲートを経由すると最低でも魔法力を500消費する事が解った。
これはゲートを維持するのに多量の魔法力を使うからで、対象そのものを転移させるだけならば消費する魔法力はその質量に比例するのだ。
このお陰で俺は必要な荷物を家に置いたまま外出したり身軽に行動が出来るようになったのだ。
そんな訳で、リリアナを呼び出した訳は…………。
「雑草を抜くのが大変なんだ。悪いけど手伝ってくれ」
こういう時こそこのケモミミ少女を使わない手は無い。ここは壁が高いので道からは覗かれないのでリリアナを呼ぶのにはうってつけだった。
「なんだ……そんな事なのですか」
リリアナは素直に頷くとトコトコと雑草の前まで歩いて行き。
「えいっ! なのです」
太く根付いている雑草を一気に引き抜いた。
「おお。流石っ!」
ステータスの怪力はだてではない。俺が褒めると。
「えへへ。このぐらい軽い物なのです。あっちでの労働に比べれば楽なのですよ」
嬉しそうにケモミミが揺れる。とっさに撫でたくなる衝動に駆られたが、今は手が汚れているので自重した。
「その調子で奥からどんどん抜いていってくれ。俺は手前から片づけていくからさ」
「了解なのですよ。パパっと終わらせてアニメの続きをみるのです」
色よい返事を機にそれぞれ作業に取り掛かるのだった。
あらかたの作業が終わり。残すのは全体の1/4程になった。俺達は一度休憩の為に並んで軒下に座っていたのだが。
「リリー思ったのです」
「ん。何がだ?」
まだまが元気が残るリリアナに対して俺は結構疲れている。息を整えながら聞いてみると。
「サトルさんの
「……………………いやいやいやいや。無理だろう」
俺はリリアナの言葉を逡巡した後で答える。
「どうしてなのです?」
「だって。雑草は土に生えてるんだぞ。根から抜くのだから転移が働くとは思えないぞ」
「でも。サトルさんはリリーを転移させたのです。畳の上に寝転がっていたリリーは地面と接した状態だったのです。何処までを転移させるか判断するのはサトルさんなのです。出来るはずなのですよ」
確かにそうだ。例えば雪に足を突っ込んだ状態のリリアナを転移できないかと言えばやれる。根っこが土に埋まっているとはいえ、転移の原理は同じ筈。片方が出来るならもう片方も出来なければおかしい。
「じゃあ。試しにやってみるけどさ…………」
俺は引き寄せる対象に意識を集中すると――。
「
次の瞬間。手に触れる感触がある。そこにはきれいに抜けた雑草があった。
「出来ちゃったな…………」
俺が同意を求めると、リリアナが冷たい視線で俺を見ているのだった。
・ ・
・
「おーい。湯皆。終わったぞ」
玄関から声を掛けるのだが、湯皆からの返事は無く、リビングで音楽が流れていてゴソゴソと音がする。
俺は靴を脱いでリビングの戸を開けると。
「おいっ。湯皆。終わったって――」
「中学の頃の制服だけどまだまだ着れるもんですね。整理している内に懐かしくて着てみたけど…………やっぱり成長してるせいか結構きついなぁ」
鏡の前で湯皆がポーズをとっている。因みに配置は鏡があって湯皆が立っていて、戸があって後ろに俺と言う形なので、湯皆は俺に完全に背を向けている。
「そうだ折角だからちょっと練習してみよっと」
そう言って呼吸を整えると。
「あの……先輩。これ差し入れのドリンクです。受け取ってもらえませんか?」
擦り切れそうなか細い声が聞こえる。もしこんな声でドリンクを差し出されたら相手は一発で恋に落ちるんだろうな。
「うーん。こんなのじゃ決め手にかけますね。あの人基本的に私を妹属性でしか見て無さそうだし……」
演技に不満があるのか湯皆は顎に手をやり思案する。どうやらかなりの強敵を相手にしているようだ。オーディションのライバルを思い浮かべているのだろう。
「そうだっ! 折角だし水着も見ておこうかな。あの人私の事子供扱いしている節があるから水着姿で差し入れに行けば狼狽える姿が見られるか…………も…………」
そこまで言うと湯皆が固まる。ようやく俺が居る事に気付いたようだ。
「湯皆……お前…………」
俺は可哀想な子を見るような視線を送ると。
「ちっ! 違うんですっ! たまたま整理してたら気になって…………。中学の頃からどれだけ成長しているのかなって!」
「そうか。して。結果は?」
「腰回りはそんなに変わらないけど胸がきつくなって…………って何言わせるんですかっ!」
制服姿を見られたせいか普段に比べて余裕が無い。湯皆は熱でもあるんじゃないかと言うぐらいに顔を真っ赤にして言い訳を重ねた。
「とにかく着替えるんで出て行ってくださいっ!」
・
お互いに向かい合って飲み物に口をつける。湯皆がペットボトルを冷蔵庫で冷やしていたらしく、炎天下の中作業をしていたので染みわたる。
湯皆はペットボトルを差し出したきり顔を赤くしたままに目を合わせようとしない。
仕方なしに俺は周囲を見渡すと。
「なんだ。家の整理をしていたのか」
床には服が綺麗に並べられており、整理の途中と推測が立てられた。
「えっ? 違いますけど?」
「だったらなんで服なんて出してるんだ?」
「これは唐山さんにあげるつもりで用意してたんですよっ!」
俺は胡乱気な視線を湯皆に向ける。床に置いてある服は恐らく湯皆が子供の頃に着ていた服なのだろう。
幼少期から中学時代までの様々な服が所狭しと置かれている。
「俺の為に? いったいなんでさ?」
「孤児院に送るんですよね? だったら私も協力しようかと思って」
至極当たり前の事を言ったつもりなのか湯皆が不思議そうな顔をしている。
「だって。金森さんの所で衣装を貰ってましたよね? あれって孤児院に送るんじゃないんですか?」
なるほど。そういう風に解釈をしたのだと俺はようやく気付いた。
こうして俺を家まで呼んだのも、草むしりをして時間を稼いだのも。全ては俺の生活環境を思いやっての行動だったのだ。
そう考えると先程までの光景も微笑ましく思えてくる。手放しがたい衣服を懐かしんで着てみたくなったのだろう。
「湯皆。その…………」
「ん? 何ですか。唐山さん?」
首を傾げなら顔を寄せて質問をしてくる湯皆。すっかり余裕を取り戻している。
俺は無意識に手を伸ばして湯皆の頭の上に持っていくと、ふと思いとどまり手を閉じると。
「ありがとうな。わざわざ用意してくれて」
目の前には湯皆の頭がある。さあ撫でろとばかりに突き出された形で妙に気になるのだが。
「どういたしましてと言いたいところですが、唐山さんには草むしりをお願いしましたからね等価交換ですよ」
湯皆は距離を取るつもりが無いのか俺の手の下で頭を揺れ動かす。
俺は頭を撫でたい誘惑にかられるが、もやもやするものを何とか抑え込むと手を引いた。
・
「そんじゃ。俺はそろそろ帰るよ」
帰宅は楽なものだ。信頼できる人間の家の中からならそのままわが家へと転移すればいい。
「今日は色々ありがとうございました。男手があって大助かりでしたよ」
あれから、電球の交換や窓拭きなどを手伝った。湯皆の台詞は誇張ではなく、自分が居て良かったと思える。
「また何かあったら呼んでくれ。時間が合えば手伝ってやるからな」
「ありがとうございます。女手で届かないときは是非お願いしますね」
そうやり取りを終えると俺は荷物を持ちゲートを開く。ふと潜り抜ける前に先程思った事を言葉にしていこうと俺は考えた。
「そういえばさっきの事だけどさ」
「はい?」
俺はゲートに片足を通しながら振り返ると。
「制服姿似合ってて可愛かったぞ」
潜り抜けるとゲートが閉じ始める。
「なっ!」
顔を赤くした湯皆を見ながらゲートが閉じていく。完全に悪戯を成功させた俺は笑いながらそれを見送るのだった。
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