第18話服を貰う。女子高生に運ばせる男

「えーと。ここが金森さんのデザイン事務所かな?」


 俺はメモを片手にここが目的地である事を何度も確認する。

 お洒落な形をした目の前の建物はいかにもお金の臭いがするというか、とてもではないが一般人には縁が無い場所だ。


 俺のアパートから電車で10駅程。時間にして40分電車に乗り、駅から数分歩いた場所にその建物は建っていた。


「いつまでもこうしていても仕方ない」


 正直。緊張して仕方ないのだが、これも全てリリアナの為。俺は覚悟を決めるとインターフォンを鳴らすのだった。







「暑い中ごめんなさいね。遠かったんじゃないかしら?」


「いえ。電車から降りてすぐの場所だったのでそうでもないです」


 インターフォンを鳴らすと金森さんが出てきた。いつも通り濃いめの化粧に男らしい肉体をお持ちのようで。

 先日の撮影で衣装が入った重たい箱を軽々と運んでいたことからその筋肉は飾りでは無いと証明されている。


「とりあえず、打合せが途中なの。そんなに時間はかからないからそこに掛けて待ってて。飲み物は冷蔵庫にあるのを好みで飲んでね」


 そう言って出て行ってしまう。


 俺は初めて入るデザイナーの事務所と言うのを感心してみている。


「やっぱりお洒落な内装だな」


 白い壁に所々にある窪み。住む家ではなく、見せる家としての用途を持っているのだろう。その窪みには品の良い調度品が置かれており、場と調和を保っている。


「なんだか俺って場違いじゃないか……」


 こっちはただの大学生。デザインの良し悪しも解らなければこうしてここに出入りする権利も無い。


「まあ。リリアナの為だしな」


 今頃家で必死に言葉の勉強をしているリリアナを思い出す。


 何故俺が、こうして苦手とも認識している金森さんの事務所に来ているかと言うと。バイト代を貰うためである。

 元々今回のバイト代でリリアナの服を買い揃える予定でモデルのバイトをしていたのだが。

 ひょんなことから金森さんと話している時に「中学生ぐらいの子供の服って何処で買ったらいいですかね?」と聞いた所。


 「だったら。撮影後にしまってある衣装があるからそれをあげるわよ」とありがたい言葉を頂いたのだ。話に聞く感じだと結構な量があるようなのでタダで貰うには申し訳ないと思った俺は、「じゃあそれをバイト代という事にしましょう」と話を纏めたのだ。


 リリアナは魔導士をやっているだけあって頭が良いみたいで、現代に来てから1週間でそこそこの言葉を理解している。あと少し話せるようになればケモミミと尻尾を引っ込めて一緒に街を歩けるのだ。

 そんな時に着せられる服が俺のお古のシャツと言うのは不味いという事情だ。


 ちなみに、湯皆に新しい服を買ってもらったおかげで、古いシャツはリリアナの寝間着として活躍している。


「なんか落ち着かない。早く服を貰って帰りたい」


 誰もいない空間に一人きり。相手はいつ戻ってくるかもわからないという状況は割とプレッシャーになる。

 ましてやここは金森さんの事務所。他のデザイナーや関係者がいつ入ってくるかも知れないのだ。


 まさか不審人物として逮捕されるという事は無いにしても、何故ここにいるのか言い訳をするのも億劫なのだ。


 なので、今の俺は苦手な相手でも頼りたく。金森さんが戻るのを祈っていた。





 それから10分ほどして。金森さんは戻ってきた。


「ごめんなさいね。お待たせしちゃって。あら。飲み物取らなかったの? 遠慮しなくていいのに」


 そういいつつ冷蔵庫から缶コーヒーを二本取り出して一本を俺に放ってくる。


「とっ、と……」


 辛くもキャッチする。


「それで。早速なんですけど。貰える服と言うのは…………」


 金森さんがプルタブを開けるのに習って俺もコーヒーを開けながら聞く。


「それならそこの段ボールにあるのがそうよ」


 缶コーヒーを持ちながら器用に指さした先には3つの段ボールが積まれていた。


「こんなにですかっ!」


「ええ。本当はもう少しあったんだけど。そっちは痛んでいたので捨てちゃったの。私が若い頃にデザインした服なのよ」


 金森さんはアパレル業界でも大手の会社で服飾デザイナーとして働いていたそうだ。

 社内でも評判のデザイナーだったが25歳の時に独立。女性用の服飾を中心としたデザインの他にメイクアップからトータルコーディネートまで見る仕事をしている。


「すいません。助かります」


 だが、問題はどうやって運ぶかだ。外に持ち出してしまえば転移能力でどうとでもなる。異世界から戻ってきてからと言うもの。リリアナの努力に感化された俺は新たな能力の開発に余念が無かったからだ。


 配送してもらうか、もしくは二往復するか。俺が悩んでいると金森さんが入ってきたドアが開いた。


「それじゃあ金森さん。今日はありがとうございました。お先に失礼しますね」


 顔を出したのは湯皆。

 ピンクのタンクトップの上から白の柄がプリントされたTシャツを着ていて下は黒のスカートと靴を履いている。


 夏らしく肩を出して涼しそうな格好をしているようだ。


「って。唐山さんっ! なんでここにいるんですか?」


 俺が居ると知ると帰りもしないで寄ってくる。


「そっちこそ。どうしてここに?」


「私は次のイベントの時に着る衣装のデザイン決めと採寸ですよ。唐山さんこそこんな所に来るなんて変じゃないですか」


 俺にはデザイン事務所は似合わないと思ってそうだ。


「俺はバイト代の代わりに金森さんが昔作った服を貰いに来たんだ」


「それってこの段ボールですね。どれどれ」


 そういうなり段ボールを開け始める。好奇心が強いことで。


 湯皆は「わぁー」とか「懐かしい」とか言いながら服を広げて見せると。


「ん? なんで女物の服ばかりなんですか?」


 面倒な事を聞き始める。さて何て言い訳をしよう…………。


 俺が若干の後ろめたさを感じつつどうにか誤魔化せないかと考えていると。


「あっ……そっか……孤児の……」


 何やら小声でつぶやくと納得した。一体何に納得したやら。


 暫くの間気まずい雰囲気が場に流れる。俺はその雰囲気を切ろうと声をだす。


「そうだ湯皆。ちょっと手伝ってくれよ」


「あっ。はい。なんですか?」


「段ボールが3つもあるから俺一人で運べないんだ。お前1つ持ってくれないか?」


「えぇっ! そんなの郵送便を使ってくださいよ」


 先程と違って嫌そうな声。どうやら気まずいのは脱出できたようだ。


「嫌だよ。送料が勿体ないだろ」


「唐山さん。私がこの身体で一日どれだけ稼ぐか知ってます?」


 そういって手を胸元へと持っていき自分の存在意義を問いかけてくる。どうでもいいけど「身体で稼ぐ」って卑猥な感じがしないか?

 そう考えてしまう事が俺が汚れている証拠なんだろうな。純粋な湯皆にはそれがわからないのだろう。


「知らん。そんな長く拘束しないから頼むよ」


 俺がそういうと湯皆は溜息を吐いて。


「貸し一つですからね」


 手伝う事を承諾してくれた。




 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・


「それで。この荷物どうするんです?」


 金森さんに見送られて事務所をでた俺達は即座に裏手に回り荷物を下した。


「もちろん家まで送るんだよ」


 そう言うと俺は荷物の足元にゲートを開いて落とす。三つの段ボールはゲートに吸い込まれるように落ちていくと「なっ、なんなのですっ!」一瞬リリアナの声が聞こえたが無視してゲートを閉じた。


「はぁ。本当に便利な力ですよね」


「まあな」


 湯皆が呆れるような顔を浮かべる中。俺は運送屋に就職しても問題ないかもと考えている。

 ネット通販も驚きのスピードで荷物が届くのだ。キャッチフレーズは「クリックしてから1分で荷物」に決定だな。


「ところで今。その入り口の中から女の子の声しませんでしたか?」


 ちっ。耳ざとい奴だ。


「さあ? テレビでもつけっぱなしにしてたんじゃないか?」


「唐山さんってテレビ無いんじゃなかったでしたっけ?」


 疑わし気な視線。俺が貧乏なのは知っているからな。


「そんな事より。次の仕事に行かなくて良いのか? アイドルなんだからスケジュールは分刻みなんじゃないのか?」


 湯皆から時折届くメッセージではドラマの撮影やら雑誌の取材。イベントの打合せと毎日多忙だと聞いている。


「人のこと運送屋みたいに扱っておいてこの仕打ち。唐山さんは私に対する扱いがなってないですね」


 目が吊り上がっている。これは割と怒っている様子だ。仕方ないので俺は湯皆の頭に手を置くと。


「悪いな。湯皆が居てくれて助かった。こんな事頼めるのってお前しかいないからさ」


 何せ、現代で俺の能力を知っている唯一の人間なのだ。間違った事は言っていない。

 だが、湯皆はパシリと手を叩くと耳を若干赤らめる。


「き、気軽に女の子の頭を撫でないでください。セクハラで訴えますから」


 いかんいかん。ついついリリアナや孤児院の年少にする対応をしてしまった。

 俺は年下相手にはあまり物怖じしない。それは孤児院で扱いに慣れているからだ。だが、湯皆はそれが不服らしくそっぽを向いている。


 ここは素直に謝っておこう。


「孤児院の頃からの癖みたいでな。本当に悪かったよ」


 俺が素直に頭を下げた事で彼女の溜飲が下がった。


「ふ、ふーん。普段から子供の頭撫でてるんですね。じゃ、じゃあ仕方ないから許してあげます。でも条件がありますから」


 湯皆はそう言うと俺に条件を突き付けてくるのだった。

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