第17話お湯を出せる男

「はーい。サトル君。次はこっちの衣装を着てみてくれるかな?」


 衣装コーディネーターの女性が新たな衣装を持ってくる。


「解りました。そこらで着替えてきます」


 俺はその衣装を受け取ると、一目がつかない場所へと移動する。


 現在は真夏真っただ中である気候だ。そんな中。薄手とはいえセーターを着るのは拷問に等しい。

 何故、このような衣装を用意されているかと言うと、これは秋に発売される雑誌の為の撮影だからだ。


 理由を聞けば納得。前回は春夏どちらでも着られる衣装がメインだったので気付かなかったのだが、ファッション誌と言えば流行を先取りした衣装を載せなければいけない。

 撮影から雑誌の発刊までは大体1か月はかかる。


 つまり、秋に売り出したい衣装を秋に撮影していては本当に売りたいタイミングには間に合わないのだ。

 そんな訳で、俺は暑い日差しの中こうして厚めの衣装を身に着けているのだった。






「サトル君。今の撮影で一応終わりだけど。これから写真のチェックをするからもう暫く待っていて頂戴ね」


 そういってスタッフ共々が仮設のパラソルの元ノートパソコンに集まり何やら打合せをしている。

 今回の撮影場所は前回の公園と違い河原だった。


 早朝に駅に集合して車に乗せられた俺は、揺られること2時間。地元でも絶景と言われる撮影スポットである山奥の河原へと来ていた。


 最初。どこに連れていかれるのか不安で。湯皆に――。


『撮影と聞いて現場に言ったら車で山奥に連れていかれてる。俺が連絡を絶ったら捜索願いを頼んだ』


 などとメールをしたところ。


『何慌ててるんですか。あれ使って戻ってくれば良いじゃないですか。近くの風景をスマホで撮って送ってくださいね』


 などと軽くかわされてしまった。


 ある程度の場所まで車で移動するとそこから徒歩での移動なのだが。


 俺はモデルという事もあり手ぶらで良いのだが、他のスタッフは椅子やら衣装やらを持っているので非常に大変そうだった。


 俺もそんな様子に気が引けたので「手伝いますよ」と言ったのだが、彼らは「それはこっちの仕事だから気にしなくていい。それより撮影時に疲れた顔をされたら困る」とがんとして聞いてくれなかった。


 その甲斐もあってか体力面で一切削られる事無く。今回は人目も少ないという事もあって撮影は順調に進んだかのように見える。


「あの…………」


「んっ? なにかしら?」


 俺は金森さんに声を掛ける。


「友達にその辺の風景を写真で送るように言われてるんです。少しだけ散歩してきてもいいですかね?」


「そうね……こっちのチェックも後15分はかかるから構わないわよ」


 そういってウインクをしてくる。これさえなければいい人なのに。本当に何が目覚めてお姉系になったのやら……。



 俺は荷物からスマホを取り出すと散歩に出かけた。






 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「それじゃあ。今日の撮影はこれで終了。お疲れ様。後は各自電車で帰って頂戴」


 あれから戻る事数時間。駅に車をつけた撮影班は解散を宣言した。


 写真のチェックも内心ではNGを出されるのではないかとビクビクしていたのだが、問題なく終了したのだ。


「おっと。帰る前に買い物していくか」


 慣れない一日の作業に加えて、季節に合わない衣装で汗を掻いた俺は普段よりも疲れているのだが、それでも最後の気力を振り絞ってスーパーへと向かうと大量の食材を買い込むのだった。




「ただいま」


 俺は玄関に現れると部屋の中に向けて言葉を発する。

 ドタバタとした音をさせて。


「おかりなさいなのです」


 そこに現れたのはケモミミに尻尾をフリフリさせた少女。リリアナだ。


 異世界で知り合って面倒を見て貰った仲なのだが、戻る際についてきてしまった。


 彼女は両手を広げて俺にとびかかる体制を作る。


 これも毎度の事なので俺はスーパーの袋を足元に置いて身構えるのだが――。


「サトルさん汗臭いのです」


 嫌そうな顔をして距離をとる。獣人らしく鼻が利くのか自分では解らないが汗臭いのだろう。

 だが、そんな顔をされるとこちらとしても考えざるを得ない。


「誰のための労働だと思ってる。俺は疲れたんだから黙って抱きしめさせろ」


「ぎにゃーー。べたべたするのです。鼻が曲がるのですよーーー」


 俺は嫌がるリリアナに抱き着くとその頭を乱暴に撫でまわしじゃれついた。

 リリアナとて本気で嫌なら振り払うはずなのだが、言葉では抵抗するが尻尾は嬉しそうに揺れている。



 そもそも。俺がモデルのバイトを続けなければならなくなった理由は目の前の少女だ。いきなり増えた二人分の生活費を考えるとチラシ配りのバイトに新たなバイトを加えるしかなかったのだ。



「ううう。汗臭いのです。お風呂入れてくるのですよ」


 しおしお倒れるケモミミ。お風呂にお湯を張ろうとするリリアナを俺は制する。


「ちょっと待ったリリアナ」


「なんなのです? もしやシャワーで済ませろと。御無体な話をするつもりなのですか?」


 こう見えてリリアナはお風呂好きだ。異世界でも文明が発達しているのでお湯ぐらいはすぐ沸かせる。

 むしろ魔法力主体なので、水道代が自分の魔法力という事でプライスレス。


 最近はリリアナが魔法を使える事もあってその恩恵を授かっていたわけだが…………。


「今日は俺が風呂のお湯を張るよ」


「サトルさん。魔法使えるようになったのです?」


 俺の言葉にリリアナは首を傾げる。


「まあいいから黙ってみてろよ」


 俺はそういうとリリアナを押しのけて風呂場へと立つのだった。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「あの…………やっぱりサトルさん疲れてるのですよ。同じお湯を出すだけならリリーの魔法力を使った方が楽なのですよ」


 確かに同じお湯を出すのならばそれで良いだろう。俺はリリアナを視線で制すると、その魔法を実行した。


「これが俺の力だっ!」




 【ザーーー】という音と共に浴槽にお湯が流れてくる。


「これはっ! 確かにお湯なのです。でも変なのですよ。色が濁っているうえに臭いがするのです」


 リリアナは出てくるお湯を見つめながらケモミミをぐるりと動かす。やがて浴槽にお湯が張られると俺は魔法を解除した。


「どうだ。俺にもお湯を出す魔法ぐらいはできただろ?」


 得意満面でリリアナに言うと。


「もしかして転移魔法なのです? 入り口を何処かのお湯が出る場所に設定して出口を浴槽に繋げた…………」


「御名答」


 リリアナの言う通り。俺はある場所にあるお湯をこの場へと引っ張ってきたのだ。


「なんという魔法力の無駄遣いっ! リリーが出せば魔法力消費5で済むのになのですよ」


 実際その通りだ。お湯を出す魔法は生活魔法なので消費が少ない。対して転移魔法は1度使えば魔法力を最低でも500は消費するのだ。

 効率を考えるとその通りなのだが――。


「そう思うだろ。ただのお湯ならな」


 だが、俺が取り寄せたお湯はただのお湯ではない。リリアナが浴槽からそれを掬い取っている。


「これはっ! 普通のお湯じゃ無いのです」


 不思議そうにチャプチャプさせているリリアナ。何故このようなお湯があるのか不思議でならない様子だ。



 先程の撮影現場で俺は時間が余ったので湯皆に送る風景を撮影しようとうろうろしていた。



 暫く歩いていると俺は遠目に湯気が立ち上がっている場所を発見した。

 いったい何なのかと思ってその場にゲートを繋いでみた所。湧き上がる天然の温泉を発見したのだ。


 汗を掻いており出来れば入りたいと願ったのだが、こんな場所で無防備に裸になる訳にもいかず。かといって目の前の温泉をスルーする気にならなかった俺は一つのアイデアとしてこの方法を思いついた。



「家の浴槽と温泉を繋いでみたんだよ」



「温泉……なのです?」


 首を傾けた。


「温泉と言うのは地中から湧き出す温水の事を指すんだ。細かい説明は省くが、これが身体に良くていろんな効能を持ってる。肩こりや腰痛に効果があったり。肌を艶々にしたり」


 今では都内でも温泉を楽しめる浴場は少なくない。これは現代の掘削技術が進んでいるからだ。

 地球の地下にはマグマが流れており、温度が高い。100メートル掘り進むごとに地中の温度は2度上がるのだ。つまり水源に当たるまで掘り進めれば熱い温泉が湧きだすというわけだ。


 そんな訳で温泉は老人だけではなく、仕事に疲れたサラリーマンから美容効果を狙ったOLなどなど様々な人種が気軽に楽しめる場となっている。


 俺が温泉のすばらしさについて説明を終えると――。


「なるほど。早速はいるのです」


 リリアナは服を脱ぎだした。


「ちょっと待てっ!」


「なんなのです?」


 お預けをくらった犬のように振り返るリリアナに。


「一番風呂は譲らないぞ」


 俺は制止をかけるのだった。 




 ・ ・


 ・


「あああぁぁーー気持ちいいのですよぉーー」


「そうだろそうだろう」


 あれから涙目になって退室しようとしたリリアナが可哀そうになった俺は「一緒に入るなら許可しよう」と言ってしまった。


 リリアナは喜んでその提案を受け入れたので今は一緒に風呂へと入っている訳だ。


「気持ちいいのです。温泉最高なのですよ」


「おい。暴れるな。お湯がこぼれるだろうがっ!」


 狭い浴槽に二人並んで入っているので少し動くだけでもお湯が流れてしまう。仕方ないので追い湯をしておこう。


 俺は再びゲートを開くと熱々のお湯が流れ込んでくる。


「ふぁー。熱いのが当たって気持ち良いのです」


 お湯が出る場所をいち早く陣取ったリリアナは頭から温泉を被って喜んでいる。濡れたケモミミが生理現象なのかブルブルと震えてお湯をはじくので俺の顔に飛沫が飛んでくる。


「寝るなよ?」


 次第に力が抜けてきて俺に寄りかかってくるリリアナ。


「ふにゃあ。気持ち良くてふわふわなのですよ」


 そのまま沈んでしまいそうなので抱きしめてやる。

 腕の中で気持ちよさそうにするリリアナを見る。完全に温泉の魔力に憑りつかれてるようだ。


「温泉って人を駄目にするよな……」


 これからは数日に一日ぐらいの頻度にしておこうと考えを固めるのだった。

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