第16話底なしの男


「やっぱりサトルさんは底なしだったのですよ」


 手を繋いでギルドを出た俺達。リリアナは嬉しそうに俺の手を握ってきた。


 先程まで。俺は多くの女の子と手を繋いでいたのだ。

 魔法力を送信側から受信側に送る腕輪を嵌めさせられていたのだが。これだけでは魔法力を譲渡する事は出来ない。


 お互いの身体を接触させる必要があったからだ。


 錬金術師や治癒師には女の子が多かった。

 俺は次から次へと列をなす女の子達と握手をし続けたのだが、どの子も「お、お願いしますっ」と顔を赤らめていた。


 魔法力が切れそうで倦怠感でもあったのだろう。大変そうなので全力で魔法力を分け与えた。


「お陰で十分なお金とついでに魔力回復剤も貰ったからな」


 あくまで仕事として引き受けたので俺は握手した女の子全員から報酬を貰っている。


「それを飲めばサトルさんの魔力も回復するはずなのですよ」


 リリアナは俺の手の中にある回復剤をみてそう答えた。


「大体どれぐらいで回復しきる?」


 俺としてはなるべく早く元の世界に戻りたいのだが…………。


「うーん。多分後4日程なのですよ。無理をせずにいた場合なのですが」


 頼まれなければ無理はしない。実際今日の活動も十分にこなせる範囲だったしな。

 俺はその事をリリアナに伝えると。


「いや。普通はあの人数を相手に魔法力が持つなんてないのです。サトルさんだからこそ魔法力がもったのですよ」


 そうは言ってもな。普段転移魔法を使うのに比べて全然疲れないのだから仕方ない。

 だが、折角のリリアナからの忠告なのだ。聞いておくに越したことは無いだろう。


「じゃあ、残りの日数は宿にでも泊まって過ごすとするかな」


 部屋から出なければ危険は無いだろう。言葉も話せないし、いらぬトラブルになるのがこういう時のお約束だ。


 自らトラブルに巻き込まれに行くような度胸は俺に無い。


「えっ? リリーの部屋に戻らないのです?」


「せっかく金貰ったんだからな。緊急時でも無いのだから宿に泊まる事にするよ。すまないけど宿までは一緒してくれ。毎日の飯と風呂以外は部屋から出ないと通訳してくれればいいからさ」


 いつまでもリリアナを拘束しておく訳にもいかないだろう。彼女のケモミミと尻尾の感触は手放しがたいが、本人の自由もあるのだ。


「それは良いですけど…………。黙って帰らないとして欲しいのですよ」


 ぎゅっと手を握る力が強くなる。俺は不安そうに見上げてくるリリアナの耳を柔らかく触れると。


「うみゃぁーなのです」


 気持ちよさそうな声がする。


「解った。勝手に帰らないとする」


「ならいいのですっ! さっさと宿を見つけるのですよっ!」


 そういうとリリアナは俺の手を引っ張ると歩き出した。



 ・ ・ ・ ・


 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「それじゃあ。世話になったな」


 あれから四日が経過した。

 俺の魔力ダメージはすっかり回復しており、今では魔法力と共に満タンなのをステータスで確認できるまでになった。


「名残惜しいのです。また戻ってきて欲しいのですよ」


 リリアナは四日間顔を出さなかったかと思えば風呂敷を背中に担いで現れた。安定のケモミミと尻尾は相変わらず可愛らしく俺も名残惜しさで押しつぶされてしまいそうになる。


「とは言っても能力が制御できないからな。こればかりは出来ないぞ」


 今の感覚的にゲートを開くことは出来ると思う。だが、恐らく一度ゲートを開けばまた魔力経路にダメージを負うに違いない。

 今はそれだけで済んでいるが、いつダメージが振り切れて魔量経路が破壊されるかは解らないのだ。安易に移動するのは危険ではないだろうか?


「うう。仕方ないのです。最後に頭を撫でてほしいのですよ」


 そういってスススと近寄ってくるリリアナ。俺は甘えてくるリリアナを愛おしく思うとそのケモミミと尻尾を心行くまで撫でまわすのだった。





「それじゃあ。そろそろ戻る。リリアナも元気でやるんだぞ」


 そう言うと俺は意識を集中してゲートを開く。

 これまでと違って枠が赤く光るゲート。異世界と現代を繋ぐためなのか特殊な力が働いているように見える。


「ええ。サトルさん。するのですよ」


 俺はリリアナの言葉を背に受けながらゲートを潜る。そして俺がゲートを潜ると赤い枠が閉じる。これで異世界と現代は隔絶されたのだ。


「もしまた逢えたらあのケモミミを撫でまわしてやらないとな」


 そこは自分の部屋だった。数日開けただけなのに懐かしさがこみ上げると同時に寂寥感が押し寄せる。どうやら俺はあの世界に未練が残ってしまったようだ。


「そんなに撫でまわしたいのなら今すぐでもリリーは構わないのですよ」


「これは重症だな。おかしなことにリリアナの幻聴が聞こえてくる」


 自分がどれだけリリアナに依存しているのかと思った。それだけリリアナのケモミミと尻尾が自分を虜にしてしまったのだろう。


「ここがサトルさんの世界なのですか。思ったよりも狭くて汚いのです。リリーは何処で眠ればよいのですか?」


 後ろを振り返ってみるとそこには先ほどまでと同じ格好をしたリリアナが佇んでいた。


「ふむ。幻聴どころか幻覚まで見えるとは…………。異世界転移の後遺症だろうか?」


 乾いた声が自分から発せられる。俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じつつも幻覚へと手を伸ばす。そして――。


「ひゃうっ! くすぐったいのですよ」


 頬に手をやるとすべすべとした感触にもっちりとした柔らかさを感じ取る事が出来た。

 俺はもう片方の手も頬にやると左右に引っ張ってみる。


「ひはいのれすよー」


 変幻自在のその柔らかさに夢中になっていると手を叩かれてしまった。


「なにするのです。リリーのほっぺはおもちゃじゃないのですよ」


「悪い悪い。あまりにも触り心地が良くて伸びるからさ」


 俺は謝るのだが――。


「ってなんでいるっ!?」


 遅れて突っ込みを入れた。


 そんな俺に対してリリアナは――。


「折角なのでサトルさんの世界を見学しようと思って。ついてきちゃったなのです」


 満面の笑みを浮かべて答えるのだった。

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