第13話年下に色々お世話になる男

「えっ? 街に出てみたい……のです?」


 あれから休憩をとりにリリアナの部屋に戻った俺達は和気あいあいとお茶を飲みながら雑談をしていた。

 もう少し休憩をしてから帰ろうと思っていた俺だったのだが、ふとこの世界の外が気になった。


 この世界と言ったが、俺の中ではここは異世界という事でほぼ間違いないと思っている。

 そうであるのならちょっとぐらいは街並みを見てみたいと思うのは当然の好奇心だ。


「うん。折角なんで観光とかしてみたいんだけど駄目か?」


 いざとなれば一人でも行くつもりだが、勝手の知らない場所を一人で歩いてもつまらない。


「でも……リリーには仕事があるのですよ。殿下に依頼された――」


 あまり乗り気ではない様子。これは仕方ない事なのかもしれない。


「わかった。俺一人で見てくる事にするよ」


「あっ。でもヴェルガーさんがサトルさんを見かけたら叩き斬ると言ってたのです。一人にするのは不味いのですよ」


 何やら不審な言葉が聞こえた。だが、どうやら同行してくれるらしい。ケモミミ少女が同行してくれる事で受かれた俺はその不穏な言葉を聞き流す事にした。




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「おおっ! 凄いっ!」


 城門をでて暫く歩くと色々な建物が並ぶ街並みが見えてきた。


「サトルさん。あまり先に行かないでほしいのです。迷子になったら困るのですよ」


 街が見えるなり早足で進んだ俺にリリアナは急いで追い付いて服の裾を掴む。


「ごめんごめん。感動しちゃってさ」


 何せ所々に用途が解らない道具の数々が見えるのだ。


「あっちの水晶みたいな球体は何に使うんだ?」


「あれはガイドクリスタルなのです。王都の周辺施設の場所から個人の家までの情報があるのです。初めて来た人が道に迷わないように設置されているのですよ」


 どうやら案内板みたいなものらしい。それにしても王都全域といえばそれなりに広いだろうに……。情報は何処にしまわれているのか。


「じゃああっちの買い物している人がかざしてるカードは?」


「あれはマジックカードなのです。あのカードは国営銀行が身分を保証する人物に発行しているのです。なので、あのカードがあれば現金を持ち歩くことなく決済が出来る魔法のようなカードなのですよ」


「ちなみにリリアナは?」


「持ってないのです。リリーはお金を貯めるのが苦手なのですよ。ついついほしい物を買ってしまうので。あれは100万リコル貯金していないと審査してもらえないのですよ」


 リコルと言うのはこの世界の通貨単位ぽいな。まあ。リリアナは割と欲望に忠実そうなのでお金が貯められないのだろう。


 それにしても。魔法があるのは解ったが、似たようなシステムが生まれるもんなんだな。


 銀行を国が運営していたり、クレジットカードみたいな者が発行されていたり。


「それにしてもこんな事も知らないなんてやはりサトルさんは異世界――」


 何事かをぶつぶつ言うリリアナ。俺はそんなリリアナの思考を遮ると。


「いいからさっさと先に行こうぜ。時間も無いんだからっ!」


「わっ。引っ張らないでほしいのですよ」


 リリアナの手を取って歩き出した。




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「はい。なのです。これも美味しいのですよ」


 そういってリリアナが差し出してきたのは蒸された料理だ。


「さっきから悪いな」


「いえいえ。仕事を手伝って貰ったお礼なのですよ。アチチッ……もう少し冷ましてから食べるのですよ」


 ふーふーと息を吹きかけているリリアナ。尻尾がご機嫌に揺れているので好物のようだ。

 獣人だと言っていたのでもしかして熱い物が苦手なのかもしれない。


 俺はそんなリリアナを見ながら目の前の料理に齧り付く。


「美味しいな……」


 それは果物程甘く無いのだが、ほくほくとした食感にほのかな甘みを感じさせる。


「ふふふ。良かったのですよ。ラズリームは栄養も豊富で安価なのでリリーの主食なのです」


 聞いたことも無い食材だ。だけど、これ使ったら新しい料理とか思いつくんじゃないかな。友人へのお土産に買って帰りたい所ではあるのだが、何せ文無しなのだ。


「さて。ここまで来たらロジニーのお菓子屋さんは外せないのですよ。サトルさん今度はあっちなのですよ」


 リリアナはそういうと俺の手を引いて歩き出した。


 俺は手を引かれるのに懐かしさを覚えながらも苦笑するとついていくのだった。



 ・ ・


 ・


「満腹なのですよ。もうご飯はいらないのです」


 あれからお菓子屋に立ち寄ってリリアナと別々なお菓子を注文して分け合った。

 目の前の少女はその小さな身体の何処に入るのかと言うぐらい食いまくった。


 周囲では行き交う人たちが楽しそうに会話をしている。俺はその何気ない会話を聞いている。

 近くの砦を近々奪還する噂があるだとか。王子が指揮を執るとか…………。


「なあ。リリアナ聞いていい?」


「はいなのですよ」


 ベンチに座りながらも俺達は手を繋いでいる。迷子にならないための措置だが、孤児院で年少を相手にしていた時を思い出す。


「なんでか他の人の言葉が理解できるんだが。言葉が通じないのはリリアナだけだったのか?」


 通り過ぎる全ての人が日本語を流暢に話しているのだ。


「それはリリーと手を繋いでいるからなのですよ」


「ふむ。続けて……」


「リリーの能力は【認識共鳴】なのです。お互いの意思を言葉を介さずに共有する能力なのです」


 そのお陰でこうしてリリアナと話を出来ているのだ。そこは解るのだが。


「リリー達はいま、手を繋いでいるのです。認識共鳴はお互いの距離が近づくほどに効果がでるのですよ」


「つまりは?」


「サトルさんが聞いているのは通行人の声じゃないのです。リリーが聞いた言葉がそのままサトルさんに共有されている状態なのです」


 つまり。リリアナを介して他国の言葉を理解しているという事なのか。凄いな。外国語の授業の時に是非欲しい能力だ。


「もしかしてその為に俺と手を繋いでたのか?」


 少しでも俺に楽しんでもらう為に言葉が解った方が良いだろうというリリアナの配慮だったのか。

 だが、リリアナは首をコテンと傾けると。


「別にそういうわけじゃないのです。ただ、サトルさんの手は安心できるのです。リリーはサトルさんと手を繋ぎたかっただけなのですよ」


 無垢な瞳で見つめられる。ケモミミがフルフルと震えている。


 俺はその言葉を聞くと何となくリリアナの頭を撫でていた。


「ふみゅぅ……なのです」


 気持ち良いのか目が細くなる。昔はこうやって頭を撫でてやったな。

 孤児院生活を思い出すと俺はリリアナを撫で続けていた。




 ・ 



「おかしい。ゲートが出ない」


 俺は自分の手を見つめると困惑を露わにする。


「ふむぅ。帰れないのです?」


 あれからリリアナの部屋に戻ってきた俺達は、ようやく重要な事を話し合った。

 俺は自分が異世界から来たことをリリアナにカミングアウトし、リリアナはそうだろうと思っていたと返してきた。


 なんでも、先に俺が送っていた漫画雑誌を発見してお偉いさんに調査をするように言われていたらしい。


 過去にこの辺で転移にまつわる伝承が残っていたらしく、その事から漫画雑誌が異世界の物だという事まで突き止めていたらしい。


 そんな訳で、異世界交流を果たした俺達は握手でお別れをしようとしたのだが。


「おかしいな。来られたからには帰れる筈なんだけど……」


 今までもなんだかんだで帰れたのだし。


「ちょっと失礼」


 俺は少し先にある花瓶の下にゲートを開くと出口を自分の眼前にする。


「出来ているのです」


 花瓶は俺の眼前に落下していき地面に落ちそうな所でピタリと止まる。


「浮かんでいるのです」


 リリアナが興奮気味にその様子を見ている。


「どうやってるのです?」


「転移ゲートを花瓶が潜らない程度の大きさで展開してるんだ」


 大きさを調整する訓練の過程で発見したのだが、物が潜るよりも小さなゲートを開いて置けばそこに接した物体を維持する事が出来る。


「あっ。サトルさんの身体の魔力経路にダメージがみえるのですよ」


「魔力経路。なんだそれ?」


「魔力を通す経路の事なのです。魔法を使うとき、魔法使いは体内の魔力経路に魔力を流すのですよ。そして魔法力を消費して魔法を使うのです」


 なにやら血管のようなものなのか?


「サトルさんの魔力経路は無茶な魔法を使った後みたいにボロボロになっているのです。この状態では魔法を使った際の魔法力の消費も大きいですし、何より更に魔力経路を痛める可能性があるのです」


 リリアナの説明を聞いて背筋に寒いものが伝う。


「えっ……。それ大丈夫なのか?」


「恐らく異世界から転移してきたダメージだと思うのですよ。今まで転移魔法を使えていたことから考えてもそれほど重傷では無いのです」


 こちらの世界に来た時。身動きが取れない状態だった。あれは二日酔いではなく、転移魔法の反動によるダメージだったのか。


「これってどのぐらいで治るんだろう?」


 今までも何度か転移できたのは恐らくだが、ダメージが回復したからだと思われる。だとすると回復するまで俺はこの世界に滞在しなければならない。


「サトルさんはお困りなのです?」


「ああ。帰りたいのに帰れないようだからな」


 小説やゲーム何かだと冒険者になったり魔王を倒したりして無双して楽しそうにするのだろうが、生憎。俺は元の世界に未練がある。


「ふむぅ。魔力経路のダメージだけならリリーが何とか出来るとおもうのですよ」


「どうやるんだ?」


金狐ゴールデンフォックスの能力を使うのです。リリー達金狐の獣人は体内で作りだした魔法力を他人と共有する事ができるのですよ。そして金狐の魔法力は普通の魔法力と比べて治癒効果があるのですよ」


「おおっ。助かるっ!」


 流石に黙って待つわけにもいかない所を助けてくれるのだ。

 俺はこの提案に乗る事にした。


「俺はどうすればいい?」


「そこのベッドに横になるのですよ」


 リリーは自分が使っているベッドを指さした。触診でもするのだろうか?


「こうか?」


 俺はベッドに横になる。

 そうすると次にリリーがベッドへと潜り込んでくる。


「リリーの頭を撫で続けるのですよ」


「こ、こうか……?」


「ふにゃーなのですよ。良い感じなのです」


 蕩けるような顔をしたリリアナ。ケモミミの感触が気持ち良いのはこっちもなのだが……。


「これになんの意味があるんだ?」


「今からリリーの魔法力を譲渡するのです。それにはお互いに密着していなければならないのですよ」


「頭を撫でるのも密着させる面積を増やすため?」


 それならば仕方ない。貰う身なのだから無下にはするまい。


「それはリリーがしてほしかったからなのです。駄目でしたか?」


「このぐらいなら構わないけど」


 孤児院で年少を寝かしつけているような気分に陥る。


 リリアナは俺が頭を撫でている間に眠ってしまったようだ。

 俺は久しぶりに誰かと眠る感覚に安らぎを覚えると、リリアナを抱き寄せて眠りに落ちるのだった。

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