第12話モフモフを堪能する男

※『 』の会話は悟が認識できない言語での会話です。




『与えられた仕事は終わったのかリリアナ』


「いいえなのです。これからやる所なのです」


『まだ終わっていないのかっ! 遠征は三日後に迫っておるのだぞ。貴様は国家に属する意識が無いのか?』


「い、いえっ。決してそのような事はないのです。でも、殿下から例の書物について急ぎで調べるように言われてるのです」


『なんだ貴様? 殿下の名前をだせば俺がビビるとでもおもったか』


「いえ。決してそのような事はおもっていないのですよ」


『だったら。すぐに作業にかかるんだな。一秒でも遅れたらひどいことになるとおもえ』


「わ。わかりましたなのです。早急に作業にとりかかるのです」


『……ところでそいつはなんだ?』


「あっ…………えっと。ただの平民なのですよ。仕事を手伝わせるためにギルドから派遣させたのですよ」


『ふん。不愉快な顔をしおって。よいか。部外者をあまりうろつかせるでないぞ。知らぬ間にあったら叩き斬ってしまうからな』


「はいなのです。勝手に出歩かせるような事はしないのです。ちゃんとリリーが面倒みるのですよ」




 ☆





 二人の会話が終わると、男は出ていった。

 出ていく際に、俺を睨みつけていった気がするのだが、何を話していたのだろうか?


「ふぅ…………酷い目にあったのです」


 冷や汗を拭うリリアナ。ケモミミと尻尾が元気なく垂れている。


「今の奴が何か気に食わない事でもいったのか? なんなら文句言ってきてやるけど」


「だ、駄目なのです。リリーが頼まれた仕事をしていなかったから怒られたのです」


 必死な態度で俺に縋りついてくるリリアナ。そのケモミミは「余計な事しないで」とばかりに震えている。


「えっと。サトルさん。質問は一旦終了なのですよ。リリーは仕事をしなければならないので、暫くここから出ないで欲しいのです」



 ・ ・ ・ ・


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「これ全部運ぶのか……?」


 目の前に積まれた木箱は大小含めると全部で200はある。


「はいなのです。三日後に始まる遠征の物資がはいってるのです。これを倉庫から馬車置き場まで運ぶのがリリーの仕事なのです」


 あれから。俺はリリアナについていく事にした。訳の分からない場所に一人で待つより、ケモミミの少女と行動を共にした方が圧倒的に癒されるしお得だと思ったからだ。


「それにしても本当に手伝ってくれるのです? 結構重いのですよ?」


「ははは。余裕だって。俺もバイトで力仕事には慣れてるからさ」


「そうですか。ではサトルさんはそちらの箱をお願いしますなのです。リリーはこっちをやるのです」


 指さした先にあるのは一抱え程の木箱だった。俺はその一つを持ち上げてみると…………。


「重っ! いったい何が入ってるんだこれ?」


「中身は日持ちする食料なのです。軍用なので結構な量が入っているのですよ」


 ただでさえ重たい物資に対して、木箱自体も重い為、俺の手が震える。俺は根を上げて「無理」と発言をしようと考えていたのだが――。


「では。リリーも…………えいっ! なのです」


「は? えっ……?」


 俺は信じられない光景を目にしていた。背の低いリリアナが自分よりも大きい木箱を軽々と持ち上げたのだ。


「さあ。量もあるのでさっさと片付けるのですよ」


 ケモミミが「このぐらい余裕ー」とばかりにピコピコと動く。尻尾はバランスをとるためなのかフリフリと左右に揺れる。


 俺は、一瞬その愛らしい姿に目を奪われるのだが、すぐに現実に引き戻された。何故ならばリリアナが歩き出したからだ。

 目的地は彼女しか知らないわけで、ここで見失うと俺は一人で知らない場所に放置される事になる。


 軽やかにあるくリリアナを俺は必死に追いかけた。



 ・ ・ ・


 ・ ・


 ・



「サトルさん。平気なのです?」


 下から覗き込むようにリリアナは俺に話しかけてくる。眼前に突き付けられた愛らしいケモミミも心配してくれている気がする。


「……ごめっ。……ちょっと……待って…………息整える……から」


 俺は時間をかけて空気を吸い込むと息が整えた。


「これ。本当にリリアナ一人でやるつもりなのか?」


 正直舐めていた。木箱は重い上に中の物が動く。重心が安定せず、持ち運ぶのに重さ以上に気を使わなければならない。

 これをリリアナ一人に押し付けるとか虐めじゃないかと思うぞ。


「はいなのです。遠征は三日後からなので、明日中に運べれば問題ないのですよ」


 特に気負う事無く答える。


「こっちの人って皆そんなに力持ちなのか?」


 もしかするとこの世界の人間にとっては大した作業じゃないのかもしれない。俺はそう思いなおして聞いてみるのだが……。


「いえいえ。リリーが特別なのです。普通の人はサトルさんの倍持てる程度なのですよ」


 それでも倍は持てるんだ……。俺はこっちの世界の人間の筋力に恐れ慄くと……。


「そんな事よりあと99往復なのです。さあさあはりきっていくのですよ」


「うげぇっ」


 やる気満々のリリアナに対して俺の口から不満が漏れる。よく考えると二日酔いなんだよ…………。


 俺は悩んだ末に一枚のカードを切る事にした。翻訳能力に怪力と、リリアナは俺の常識ではありえない行動をとってきた。

 それならば俺も奥の手を温存しなくても構わないだろう。


「リリアナ。全部の荷物をこっちに運べれば良いんだよな?」


「はいなのです。だから時間がかかるのですよ」


 そらそうだろうよ。台車もなしに1キロ近く離れた場所まで一個ずつ運ぶとか。俺は精々できてもあと2往復で限界だと思う。


「ちょっと手を貸してもらえればすぐに終わらせられるんだけどいいかな?」



 ・ ・


 ・



「あの。サトルさん?」


 目の前では俺を見上げるようにリリアナが見つめてくる。


「ん。なんだ?」


 そんな俺は手を動かしつつもリリアナに答える。


「手を貸すという話だったとおもうのです。何故リリアナを抱きしめて撫でる事が手を貸すことになるのです?」


 俺がケモミミに触れるたびにリリアナは身体をよじってくすぐったそうにする。


「俺の奥の手はモフモフ成分を摂取しなければ使えないからだ」


 正直。さっきから堪らなかったのだ。目の前に可愛らしいケモミミと柔らかそうな尻尾があるのに触れないなんて。


「そ。そうなのですか。でもあまり遅くなるとヴェルガーさんに怒られてしまうのです。早く補充して欲しいのですよ」


「ヴェルガーってさっきの軍人ぽいやつ?」


「はいなのです。ヴェルガーさんは補給部隊隊長さんなのです」


 何やら偉そうな態度な上にむさい顔をしていた。あんなおっさんがリリアナを虐めるとは許せん。


 このケモミミも尻尾もリリアナも愛でるべきなのだ。異論は許さない。


 それから暫くリリアナの感触を楽しんだ俺は彼女を開放する。モフモフしてて可愛らしいとか小動物的に最高の癒しだったと記録しておく。



「それで。一体どうするつもりなのです?」


 リリアナは大量に積まれた荷物を前に俺に質問をしてきた。心無しか元気が無い。ヴェルガーとかいう奴の話を出したからだなきっと。

 俺が長時間撫でまわしたからでは多分無いだろう…………。無いよな?


「それはこうするんだよ」


 俺は荷物の横に転移ゲートを開いた。


「ななな、なんなのですっ!」


 ケモミミがピンと立って尻尾の先が立っている。


「これは俺の唯一の能力である転移魔法だ」


「転移魔法っ! 実在していたのですっ!」


 リリアナが感動した声を上げている。だが、時間制限があるので――。


「とりあえず荷物をどんどん運ぼうか」


 俺はそういうと順番に荷物をゲートに放りこんでいった。




「サトルさん。大きい荷物が通らないと思うのです」



 暫くするとリリアナが当然の疑問を口にした。先程まで通していたのは小さい箱だ。これは俺が両手で持ち上げられる程度の大きさしか無いので今広げているゲートで通す事が出来る。


 だが、残る99個の荷物は横幅が広くて今のゲートでは通す事が出来ない。


「うん。だからここからはゲートを広げるよ」


 俺は有言実行とばかりにゲートの入り口を広げる。これは転移の回数を複数消費するのだが、ゲートの大きさをある程度まで広げる事が出来る。

 人目に付かない場所でやってみた所、三十メートル程まで広げる事が出来た。


 今回はとりあえず荷物を運べるぐらいの大きさにしてみる。


「リリアナ。悪いけど荷物をどんどん向こうに運んでもらえないだろうか?」


 通常のゲートと違い、これは維持するのに集中力がいる。気を抜くと形が崩れるのだ。


「了解なのです。どんどん運ぶのです」


「ゲートの枠には気を付けてな。ぶつかると箱が傷つくかもしれないから」


 いつしか行った実験で、ゲートの境目はどうなっているのか確認したことがある。

 枠の部分はかなりしっかりしているようで。試しに鉄パイプでぶっ叩いてみた事があるのだが、金属音がして跳ね返された。そして鉄パイプを見るとへこんでいた。

 恐らく、もっと強い力でたたけば折れていたに違いない。



 リリアナは俺の指示を聞くと次々に箱をゲートの向こう側へと運んでいく。その時間は実に10分ほど。

 すべての荷物を運び終えたリリアナから声が掛かると俺もゲートの向こうへと移動する。


 これも実験の成果なのだが。本来なら三分しかもたないゲートだが、コントロールをしてやると気力が続く限りは維持することが出来る。もっともこれも使用回数を消費しているぽいのだが。


「あっという間に片付いたのです。サトルさん凄いのです」


 恐らくは丸二日はかかる面倒な作業だったに違いない。リリアナは嬉しそうに尻尾をパタパタさせると俺を称賛した。


「じゃあ、後は良いよな。部屋に戻るとしようか」


 俺がリリアナの部屋にゲートを開くと。


「はいなのです。早く終わった分余裕が出来たのでお茶を御馳走するのですよ」


 リリアナは上機嫌でゲートを潜っていった。


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