第11話酔って起きたら異世界に居る男

「うぅ……頭がガンガンするぞ」


 意識が覚醒すると、猛烈な頭痛が鳴り響いた。


「なんでこんな状態に…………?」


 俺は二つの意味で呟いた。


 まず一つ目は。


「確か昨日は、前期の試験が終了したって事で…………」


 俺は朧気に漂う記憶のパズルを拾い集める。


 以前より友人たちと試験が終わったら酒を飲みに行こうとしていた。


 そんな訳で予約してあるお店を訪れたら、そこには同じ大学の学生がたくさん集まっていた。

 友人に聞いた所。ノートの交換やらしているときに仲良くなったらしく今日は一緒に飲むことになったとか。


 数人で楽しく飲むはずが、見知らぬ人間に囲まれる事になった俺は即座に帰宅を選択したのだが、友人から「一緒に酒を飲むだろ?」と肩を掴まれた。


 仕方なしに、出来るだけ話しかけられないように縮こまってお酒を飲み続けていたのだが。


 途中で友人が話し掛けてきて、一緒に一気飲みをした辺りからどうにも記憶が曖昧になった。頭がふわふわして何でも出来るような気になっていたような気がするのだが…………。


 俺は周囲を見渡すと、石造りの壁の部屋にいた。


 ちなみにこれが俺が呟いた二つ目の理由だ。足元は相変わらず魔法陣のような模様が描かれていて気持ち悪い。


「記憶が無い……。酔っぱらった状態で転移したって事だろうか?」


 

 見覚えがある場所だ。俺が転移魔法に目覚めるきっかけとなった場所だったな。


「とりあえず水が欲しい」


 そんな事よりもこの気分の悪さだ。

 酒は飲みすぎると碌な事が無いとバイト先のおっちゃん達が言っていた。確かにこの気持ち悪さはわりにあわない。


 思考が定まらず、吐き気に耐えて震えていると、扉が開いた。

 石造りの壁にはめ込まれた木の扉だ。


「ハニャペニョロン?」


「は?」


 入ってきたのは金髪の中学生ぐらいの女の子だった。耳を覆うような長い金髪に金色の瞳。まだ美人と呼ぶには幼い容姿の割には一部が突出しており、何となく湯皆のそれを思い浮かべると比較してしまう。


「え、英語でOK?」


 イントネーションからして日本語ではない。ましてや英語かドイツ語ですらない。一応、外国語の授業でドイツ語を専攻しているので三ヶ国語いけると自称している俺は、言語なんてコツを掴めばある程度解ると自信満々に彼女の次の言葉を聞く。


「ハニャペニョロン? ユピテキニャハ―?」


「オー。イエスイエース」


 うん。さっぱり解らない。とりあえず適当に答えてみたけど。どうしよう?


 彼女の方も困惑したのか眉をしかめて顎に手を当てて暫く考えこむと――。


「は?」


 彼女のが変化した。そして白い光が彼女を包み込む。


「リリ―の言う事解るですか?」


 なんと彼女は日本語を話し始めた。だが、俺は今はそんな事に意識が向かうことは無い。


「あれっ? 変なのです。リリ―の【認識共鳴】はあらゆる生物と意思の疎通をはかれる筈なのです。聞こえてないのです?」


 首を傾げて俺に近づいてくる。そのせいでその少女――リリ―の容姿を近くから観察できるようになった。


 肩をのぞかせる薄い衣装に年相応ではない胸部。スリットの入ったスカートから覗く眩しい太ももに愛嬌のある幼い顔立ち。穢れを知らない無垢な瞳が俺を見上げてくる。

 俺は意識が向かぬままに声を出す。


「いや。聞こえてるけど…………」


 俺の意識は何とか声を出すのだが、視線は二点に釘付けとなる。


「なら返事をして欲しいのです。あなたは誰なのです? ここは儀式場なのです。幾重にも防護が張られているから侵入は出来ないはずなのです。どうしてここにいるのです?」


 矢継ぎに発せられる質問に対しても俺は回答を持ち合わせていない。

 言うなれば「気付いたら居た」としか答えようがないからだ。


 だが、俺はそんな事よりもどうしても聞いておかなければいけない事がある。


「その前に一つだけ聞かせて欲しいんだが」


 彼女は「はいなのです」と聞き分けの良い返事をする。


 俺はまさかと言う思いと、そんな事はあり得ないという否定を裡に秘めると身体が震える。


 熱い眼差しがリリーに向けられ彼女のそれがピクリと動きを見せる。俺は喉を一度ごくりと鳴らすと彼女に対して決定的な一言を放った。


「…………そのって模造品イミテーションだよな?」


「いいえ。本物なのです」


 そう答えた彼女の頭部にはツンと尖った獣耳が。そして尻からはふさふさとした尻尾が生えていた。



 ☆



「それで。サトルさんはどうしてあんな場所に居たのです?」


 あれから場所を移した俺達。リリ―に先導されるままについていくと部屋へと通された。

 かなり広い部屋に本棚が並んでおり、隙間が無い程に本が敷き詰められている。


 読書や物書き用のテーブルの上には雑誌が開いて置かれている。

 他にはベッドが一つあるだけで、彼女はここに住んでいるらしい。


「ああ。昨日の夜に酒を飲んでたんだけど、酔っぱらってたらしくてな。記憶が無いんだ」


「……ふむぅ。それは妙な話なのです。ここに入ってこられるはずが……。何者かの妨害なのです? じゃあ次は…………」


 そう言って尻尾を振りながらメモを取る。真面目な学生のような態度だ。


「ちょっと待った」


「……何なのです?」


 このままでは質問責めにあってしまう。俺としても状況を把握したいのはやまやまだが、ここが何処なのか解っていないのだ。

 彼女の質問に迂闊に答える事は避けたい。


 あくまでお互いの関係は対等だと主張する必要がある。なので俺は――。


「交互に質問をしていこう。俺だって知りたい事もあるし。一方的に聞かれるのは抵抗がある」


 そう主張するのだった。





「解りましたなのです。それじゃあサトルさん。御質問をどうぞなのです」


「リリアナさんだっけ?」


 この場所についてからお互いに自己紹介した時の名前を思い出す。


「呼び捨てでいいのです。リリーの方が年下なのです」


「わかったリリアナ。じゃあ質問だ。ここは一体何処なんだ?」


 恐らくは日本ではない。俺はじっとリリアナを見るとその獣耳をみつめる。


「ここはプリストン王国の城なのです。その地下にある儀式場の手前にある図書室なのです。リリーの部屋でもあるのです」


「…………プリストン王国。……城」


 距離に換算するととんでもない長距離だろう。少なくとも海は渡っていると推測が出来る。因みに俺が転移魔法で一度に移動できる距離は50キロまでだ。

 転移回数はこれまでも増え続けているのだが、距離に関しては暫く前に頭打ちになっている。


 本来ならこの能力でいずれ海外旅行を楽しんだり出来ないかと目論んでいたのだが、距離の制限があり断念していた部分だ。


 考えられるパターンは二つあるのだが……。


 いずれにせよ聞いたことも無い国なのだ、これだけでは俺の推測を裏付けるには至らない。

 何故なら世界には324もの国が存在しているのだ。ここがその内の一つだと言う可能性は否定しきれない。


「次はリリーの番なのです」


 次はどんな質問が来るのだろう?

 恐らく彼女は俺の素性を疑っているのだろう。城の地下。侵入するのは実質不可能な場所である。


 そんな場所に居たのだ恐らくは鋭い質問が飛んでくるのだろう。


 リリアナは手元にあった雑誌を突き付けると聞いてきた。


「これが何かわかるのです?」


「はっ? 何処にでもある漫画雑誌じゃないか?」


 造作もない質問に肩透かしを食らった。そう言えばさっきから気になっている事があったのだ。

 相手も無駄な質問をしている事だし、一つぐらい聞いてみるのも良いだろう。


「さっきまで違う言葉で話してたよな。それに耳も尻尾も無かったはずだ。どうして?」


「今。サトルさんと話しているのはリリーの恩恵ギフトの【認識共鳴】なのです。これはあらゆる動物と意思の疎通をはかれる能力なのですよ。言語を持たない動物であれば簡単な感情がわかったり、こちらの意思を伝える事は可能なのです」


「何故尻尾と耳がでてきたかについては?」


「それはリリーが金狐ゴールデンフォックスの血を引く獣人だからなのです。与えられた恩恵ギフトを発動させるには金狐の血を開放する必要があったからなのですよ」


 ふむ。つまり変身をしなければ能力を使えないタイプという事なのか。どうやら異世界で間違いないらしい。


 何故海外を飛び越していきなり異世界なのかは解らない。だが、元々そういう運命だったのだと受け入れてしまえばダメージは少ない。


 いきなりで驚いたが、自分の転移魔法を出した時にその手の話は勉強済みだ。そんな事より……。


「こっちの世界の住人は全て、リリーみたいなケモミミと尻尾を持っているのか?」


「ケモミミ……? ああ。この耳の事なのですか? リリー達は希少種になるのです。この世界の一般人はサトルさんのような髪の色をして、サトルさんのような顔をしているのですよ」


 なるほど。俺はだんだんと自分の能力がとんでもない方向に開花した事実に気付き始めた。そして――。


「じゃあ次に聞きたいのだけど…………」


「サトルさんずるいのです。次はリリーが質問する番なのですよ」


 確かに連続で質問を重ねてしまっていた。カードゲームもルールを守って楽しくプレイしようと言われている。ここはルールに従うべきだ。


「この漫画雑誌についてですけど、これが解るという事はもしかしてサトルさんは異世――」


 リリーが雑誌を持ち上げて何かを俺に聞こうとしていると――。


「ハラペニーーニョーマッハッパーッ!」


 鎧を着て髭を生やしたおっさんがドアを乱暴に開けて入ってきた。

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